6章 王国武術大会
第80話~指名依頼~
希望の遺跡から帰って来て半年ほど経った。
季節は移り変わり春となり、平原は青い草の香りで溢れていた。
「この辺りで間違いないのか」
「はい、間違いないです」
俺の問いかけにヴィクトリアが答える。
「よし、それじゃあ、準備して夜まで待機だ」
「ラジャーです」
「心得た」
俺の指示でヴィクトリアとリネットが行動を開始する。
まず、パトリックと馬車を森に隠す。
次に、周囲に警鈴を設置する。
最後に、結界石を使いモンスターに備える。
これで準備万端だ。
後は夜まで待機するだけだ。
なぜ夜まで待機かと言うと、今回の獲物が夜行性だからだ。
実は今回の仕事は指名依頼である。
俺たちは今現在エリカが妊娠していることもあって、あまり積極的に仕事をしていない。
それはギルドにも伝え了承してもらっている。
だが、今回指名依頼が来たのは、俺たちでないと手に負えない魔物がノースフォートレスの町の近くに現れたからだ。
その名もコカトリスエンペラー。
雄鶏とヘビを合わせたような魔物であるコカトリスの上位種だ。
こいつは通常のコカトリスよりもでかく、強力な石化攻撃も持ち合わせている強敵だ。
実は俺たちより前に、ノースフォートレスの町のAランク冒険者パーティーが一度討伐に向かったのだが、返り討ちに会い、全員石にされてしまった。
今現在、彼らは町で治療を受けている最中である。
ということで、Aランクでは無理だということで俺たちにお鉢が回ってきたわけだ。
まあ、これも上級冒険者の義務だから仕方がない。
実際、コカトリスエンペラーのせいで道行く旅人や商人にもすでに被害が出ている。
ここは俺たちの出番だった。
「よし、これで準備はできたな」
「「はい」」
待機の準備ができたので俺たちは馬車の中で時間まで待機することにする。
「みなさん、お疲れ様です」
馬車ではエリカが出迎えてくれる。
この半年余りでエリカのお腹は大分大きくなり、もうすぐ子供が生まれる予定だ。
医者の診断によると、母子ともに健康そのものだそうで、元気な子供が生まれるだろうとのことだ。
父親になる身としては本当に今から楽しみである。
また、この半年でエリカの髪が大分伸びた。
ショートヘアだったのが、肩甲骨くらいまで伸びていた。
「邪魔なのであまり長くしたくないのですが」
そう言いつつもエリカは俺の我儘を聞いてくれて、ここまで伸ばしてくれたのだった。
ところで、妊婦を揺れの激しい馬車なんかに乗せても大丈夫なのかという意見もあるだろう。
その点は問題ない。
なぜなら、そのために大金をかけて馬車を大改造したからだ。
まず馬車の車輪を木製の物からフソウ皇国から輸入した天然ムーゴ製の物に交換した。
天然ムーゴはとても弾力性のある素材で、非常にクッション性に優れ悪路でも揺れが少なかった。
馬車の車体も大幅に改造してもらった。
車体のあちこちにサスペンションを取り付け、揺れをなるべく吸収するようにし、さらに車内にも魔法をかけまくって、どんな道を走っても絶対に馬車の中が揺れないようにした。
「地震が来ても、この馬車の中だけは揺れませんぜ」
改造を頼んだ魔道具職人さんはそう自信満々に話していた。
これだけの馬車は王国でもそうないだろうというだけの物に仕上がっている。
おかげで金貨が数十枚飛んで行ってしまったが、エリカと生まれてくる子供のためなら惜しいとは思わなかった。
ちなみに、この魔道具職人さんはリネットパパの紹介だ。
王国でも1,2を争う腕の持ち主だそうで、この人にやってもらえてよかったと思える。
本当、顔が広いリネットパパに感謝だ。
リネットパパ、フィーゴさんと言えば、希望の遺跡から帰ってすぐ、武器の制作を頼みに行った。
「オリハルコン製の武器を作ってくれだと?任せとけ。最高の武器を作ってやるぜ」
伝説の金属とも言われるオリハルコンを手掛けられると聞いて、フィーゴさんは大張り切りだった。 熱砂のハンマーを片手に、他の仕事を投げうってまで制作に没頭してくれた。
そのおかげで、真なるオリハルコン製の剣1本、オリハルコン製の盾とハーフプレートメイルが1個ずつ。
リネット用に、オリハルコン製の片手斧と両手斧、フルプレートメイルに盾が1つずつ手に入った。
なお、オリハルコンはそのままだと金色で目立ちすぎるので、俺の鎧と盾は青色に、リネットの鎧と盾は赤色にそれぞれ塗装してもらっている。
フィーゴさんはこれらの制作料を俺たちから取らなかった。
「お前さんたちには娘が世話になっているし、娘の分のオリハルコンも出してくれたし、何より、オリハルコンの武器を作ったというだけで名を売れて宣伝になる。だから料金は受け取れない」
そう言って決して受け取らなかった。
ただ、それでは気が引けるので、「これを好きに使ってください」と、残ったオリハルコンを少し置いて行ったら、ものすごく喜んでくれた。
単純にお金を渡すより、そちらの方が彼には喜んでもらえたと思う。
後、俺は自分の剣に名前をつけた。
「こういう特別な剣には名前をつけるとカッコいいと思いますよ」
そうヴィクトリアに促されたので、それもありかなと思ってつけてみることにした。
色々考えた結果、『クリーガ』という名前にした。
これにした理由は語感がカッコいいと思ったからだ。
『クリーガ』というのは他の世界の言葉で『戦士』という意味らしく、これを提案したのはヴィクトリアだ。
あいつは本とかよく読むだけあって、こういう雑学に詳しかったりする。
なんか、あいつの手の平の上で踊らされている気もするが、カッコいいので結果オーライとする。
ちなみに、エリカやヴィクトリアのベヒモス製の杖やローブはまだ作っていない。
それらを扱える職人を見つけられていないからだ。
どうせ作るのなら腕のいい職人に作ってもらいたいしね。
だから、そちらはとりあえず保留にしておく。
さて、話を元に戻そう。
「食事の用意はできてますよ」
待機準備を終えた俺たちをエリカは暖かく出迎えてくれた。
馬車のローテーブルにはたくさんの食事が並べられていておいしそうだった。
エリカは最近こうした裏方の仕事中心でやっている。
当然だ。妊婦に激しい戦闘などさせられないからだ。ただ。
「妊婦にも多少の運動は必要なんですよ」
と、運動がてらの魔法の練習は欠かしていないので、今でも魔法を使えば魔物たちをバシバシ倒して行けると思う。
「「「いただきます」」」
俺たちは用意してもらった料理を早速食い始める。
うん、おいしい。
わかっているがエリカの作った料理はとてもおいしかった。
俺たちは料理を食べ終えると夜へ向けてしばし休んだ。
★★★
夜になった。
俺とヴィクトリアとリネットの3人は馬車から出て、近くの茂みに隠れている。
3人とも石化防止用のマジックアイテムを身に着けている。
これは希望の遺跡で手に入れた物の中にあったものだ。
非常に珍しく、市場にもほとんど出回っていない代物だ。
現に、俺たちに先んじてコカトリスエンペラーと交戦したAランクパーティーの連中も持っておらず、石にされてしまったのだ。
「どうやら、来たようです」
魔物の出現に気が付いたヴィクトリアが小声で言う。
「リネット、行くぞ」
「おう」
俺たちは風下からコカトリスエンペラーに接近していく。
抜き足差し足。慎重に気付かれないように進んで行く。
「コケコー」
このまま暗殺できるかとも思ったが、残り5メートルほどのところで気付かれてしまった。
いい線まで行ったが、まあ、こんなものだろう。
俺は胸にかけてある通信用のペンダントを手に取り、ヴィクトリアに指示を出す。
「やれ」
「ラジャーです」
ヴィクトリアが最近買ったスリリングショットを手に取る。
このスリリングショットは攻撃手段に乏しいヴィクトリアの補助武器として買ったものだ。
そこまで強力な武器ではないが、薄い鉄板なら貫通するだけの威力は出せるので、普通に石を投げたりするよりは魔物にダメージを与えられるので使わせている。
ガチコン。
この時もヴィクトリアの一撃は見事コカトリスエンペラーの頭に直撃した。
コカトリスエンペラーは一瞬頭をくらくらさせるが、すぐに立ち直るとヴィクトリアを見る。
これはコカトリスエンペラーの必殺技『石化睨み』であるが、当然石化耐性を持つアイテムを持っているヴィクトリアには通じない。
「『聖光』」
逆にヴィクトリアに魔法攻撃を食らって目を焼かれてしまう。
「コッコー」
目をやられて、コカトリスエンペラーが悲鳴をあげる。
「今だ」
その隙に俺とリネットが突っ込む。
ズブリ。
まず俺がクリーガで心臓を一突きにする。
さすがオリハルコンの剣。
コカトリスエンペラーの発達した胸筋をたやすく貫通する。
これだけでも致命傷だが。
「うおりゃあああ」
今度はリネットがコカトリスエンペラーの首めがけてオリハルコンの斧を振り下ろす。
ゴト。
斬り落とされたコカトリスエンペラーの頭は、地面に落ち、2,3回コロコロ転がって止まる。
「これにて、依頼完了」
こうして俺たちの指名依頼は完遂された。
★★★
翌朝、俺たちは朝から冒険者ギルドの受付にいた。
「ホルスト様、今お帰りですか」
ギルドの女性職員さんが恭しく挨拶してくれる。
その態度は以前よりも丁寧になっており、明らかに上客に対するものだ。
というのも、俺たちは冒険者ギルドと商業ギルドを大儲けさせてやったからだ。
希望の遺跡から帰還後、俺たちは収穫物の大放出を行ったのだ。
遺跡で手に入れた貴重な鉱石、薬草、不要なマジックアイテム、珍しい魔物の素材など、多くの物を売り払ったのだ。
特にアースドラゴンや炎の獅子が高く売れたそうだ。
何せ普通のドラゴンでも年に数匹という取引量である。その上位種ともなるアースドラゴンともなると、何十年に一度出るか出ないかというレベルであった。
競売にかけられると王国中から貴族や大商人が集結し、大金で買い取って行ったそうだ。
炎の獅子もそこまでではないが高く売れたらしい。
「これほどの大商いは生まれて初めてです」
そう言う商業ギルドの支配人のマッドさんは終始ニコニコ顔だった。
「これで、冒険者ギルドの設備を新しくできる」
冒険者ギルドのギルドマスターのダンパさんもニコニコしていたので、冒険者ギルドにも結構な金額が入ったのだと思われる。
また、この競売にはベヒモスの素材も杖1本分、ローブ1着分だけ出品した。
最初俺たちはベヒモスを自分たちで使う分以外は売るつもりだったのだが、エリカが「生まれてくる子供たち用に残しておきましょう」と言うので置いておくことにしたのだ。
ヴィクトリアとリネットがどう言うかなと思ったが、二人とも、「子供たちのために残しておいたらいいんじゃないですか」というので、置いておくことになった。
二人の言い方に少々違和感を感じたが、まあいいかと、この時の俺はあまり気にしなかった。
二人が俺の子供を産む気満々で、自分たちの子供のためにもベヒモスを残しておく気で言っていたのを、この時の俺は知らなかった。
ただ、ダンパさんとマットさんにはベヒモスを討伐したことは報告していたので、
「ほんの少しでいいから売ってくれ」
と、せがまれたので少量だけ出品したのだ。
しかし、それだけでもすごい金額で売れた。何せアースドラゴン1体分より高く売れたのだ。
何でも王宮から偉い人が来て、競売で最高額を提示し続けて力ずくで買い取って行ったらしい。
そう言えば、エリカのお父さんにも当主就任のお祝いということで少しだけプレゼントしたが、すごい量の返礼品が返ってきていたからな。
うん、それだけ価値のある物なら、子供たちのために置いといて正解だった。
これらの功績で俺たちのギルドランクが上がった。
エリカはSランクに、ヴィクトリアとリネットはAランクになった。
これで、俺たちの地位は上がりさらに多く稼げるようになり、世間的にも名声を得たわけだ。
万々歳である。
さて、話を元に戻そう。
「ああ、終わったよ」
職員さんの挨拶に対して、俺はそう返事する。そして証拠となるコカトリスエンペラーの納品書を渡す。
コカトリスエンペラーは大きいので、先に商業ギルドに納品してきたのだ。
「確かに、確認しました」
職員さんは納品書を確認すると、奥へ行き、報酬を取ってくる。
「それでは依頼料の金貨3枚となります」
「どうもありがとう」
「またのご利用を」
これで依頼はすべて完了したので、俺隊は冒険者ギルドを出た。
徹夜仕事で結構眠いので帰ったら、ゆっくり休む予定だ。
「本当に疲れたなあ」
俺たちは春の暖かな日差しを浴びながらゆっくり家に帰るのだった。
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