第5章 希望の遺跡

第55話~神社、ただ今修理中~

 皇都を離れてから十数日後、俺たちはナニワの町に着いた。


「最初にここを訪れてからまだ1か月ちょっとしか経っていないのに、随分懐かしい感じがしますね」

「でも、1か月で雰囲気が変わった気がしますね」

「まだ残暑は厳しいけど、少しずつ秋の匂いが感じられるようになってきたからね」


 町に入るなり女性陣がそんな感想を漏らした。

 確かに以前来た時と違う気がするが、それはリネットさんが言うように季節が移り替わろうとしているからだと思う。


 まだ昼間は暑いが、夜が肌寒くなった。薄い上着を一枚羽織ったり、長袖のパジャマを着たりする必要が出てきた。


 それと共に木々の色が少しずつ変わり始め、木に実ができつつある。

 現に皇都とナニワの町を結ぶ街道沿いの栗の木には青い実ができていた。


 そんな風に秋の風情を感じながら、ナニワの町に着いた俺たちがまず向かったのは港だった。

 もちろん帰りの船を手配するためだ。


 『ガイアス商船協会 ナニワ支店』という看板の掲げられた建物の前で足を止める。

 建物の中に入ると、奥の方に懐かしい人物がいるのを確認し、声をかける。


「ルース船長、お久しぶりです」

「おお、これはホルスト様」


 俺たちの姿を見るなり、ルース船長がこちらに近づいて来た。


「また、うちの船に用ができたのかい」

「ええ、帰りの船の手配もお願いします」

「船は行きと同じメーン号でいいかな?ちょうど今港にいるんだ」

「へえ、そうなんですね。皆さんお元気ですか?」

「ああ、何せセイレーン様から加護なんてもらってしまったからな。元気でない方がおかしいだろう」

「それはよかったです」


 そう話すルース船長はめっちゃいい笑顔だった。


「それに会社の業績も順調なんだ。ほら、セイレーン様の像をもらっただろ。あれのおかげか、依頼が次々に来てね。てんてこ舞いさ」

「それはすごいですね」

「本当、セイレーン様様だ」

「どうぞ、お茶とお菓子をお持ちしました」


 その時女性職員さんがお茶とお菓子を持ってきてくれた。

 それを契機に俺たちとルース船長は来客用のテーブル席に移動し、仕事の話を始める。


「それで、船はいつ出せますか」

「今、船員に休暇を与えている最中だから、明後日には出航できると思いますぜ」

「それじゃあ、それでお願いします」


 その後細かい打ち合わせをした後、俺たちは会社を離れた。


★★★


 船の出航まで2日。

 ということで丸一日時間が空いた。


 そこで、ナニワの町でフソウ皇国最後の観光を楽しむことにした。

 とりあえず1泊した後、朝からお出かけする。


 まずは食品街からだ。


「さあ、じゃんじゃん、買っちゃいましょう!」


 ヴィクトリアの張り切り方がすごい。

 次から次へと店へ入っては、商品に手を伸ばしていく。


「リネットさん。私達も負けていられませんよ」

「だよね。ここは頑張るべきところだね」


 今日に限ってはエリカとリネットさんもヴィクトリアに追随する。

 ヴィクトリアに負けないくらい商品を買い込む。


 その気持ちはよくわかる。

 何せここの食い物はうまいからな。

 かくいう俺も、3人ほどではないが、結構買い込んだ。


 後、ここではエリカがたくさんの本を買った。

 何の本かというと、料理の本だ。


 前もここの町で同じようなのを買っていたが、専門の書店があるとのことなのでそこに寄ったのだ。


「ここから、ここまでの本全部ください」

「毎度、ありがとうございます」


 エリカはとにかく大量に本を買った。

 実際にこの国で色々珍しいものを食べて、彼女の料理魂に火が着いたのだと思う。

 本当に今から楽しみだ。


「うわあ、セレブの買い方ですね」


 一人、ヴィクトリアがエリカの買い物の様子を見てそんな訳の分からないことを言っていたが、たまに出る病気なので放っておくことにする。


 買った商品は片っ端からヴィクトリアの収納リングに放り込む。

 ヴィクトリアの収納リングなら生ものでも腐らないので安心だし、何より大量にものが入るのがよかった。


 ノースフォートレスに帰ったら、そのうちの一部をお土産として知り合いに渡して、残りは俺たちのおやつとして徐々に消費していく予定だ。


 一通り買った後は昼飯の時間だ。


「やったあ。今日はお寿司だ」


 ヴィクトリアがどうしてもお寿司が食いたいというのでお寿司屋さんに行った。

 俺がいいよと言うと、めっちゃいい笑顔になった。

 喜んでもらえて何よりだが、寿司って確かこの前も食ったよな。多分、稲荷ずしだったと思う。

 今回はそれよりも高級な品だというが、どう違うというのだろうか。


 そんなことを考えながら、期待半分不安半分で待っていると、料理が出てきた。

 それを見て俺は首を傾げた。


「ご飯の上に、生魚?」


 というか、生で魚を食べて大丈夫なのか?


 エリカやリネットさんも俺と同じ疑問を持ったらしく、


「生魚、とか、大丈夫なんですか」

「うーん、さすがにこれは」


 としきりに言い合っている。


 対して、ヴィクトリアは全然平気なようで、嬉々として食べようとしていた。


「これは、ね。こうやって醤油につけてから食べるんですよ。……うん、おいしい!」


 ヴィクトリアがうまそうに食べるのを見て、俺も恐る恐る手を出してみる。

 あれ?おいしくね?


「うまいじゃないか」


 一度お寿司のうまさを知ってしまった俺はバクバク食い始めた。


「旦那様が、お食べになるのでしたら」

「そんなにおいしいんだったら」


 俺が食べるのを見て、エリカとリネットさんも意を決したらしく、お寿司を口に入れる。


「「?!」」


 途端に二人も寿司の虜になったらしく、4人で無我夢中で寿司を食べることになったのであった。


★★★


 その後は町の中をぶらぶらした。


「旦那様、この国の絵はちょっと変わった画風ですが、きれいなものが多いですね」


 美術館へ行って、この国の絵やら壺やらといった美術品を眺めてみたり。


「ホルストさん、見てください。魚が泳いでいますょ」


 最近できたという生きた魚を展示している水族館とかいう場所に行ってみたり。


「ホルスト君、ここから見える景色は最高だね」


 ナニワの町で一番高い建物である展望台に上って港の景色を眺めたりした。

 途中、着物屋へ寄って3人のためにこの国の装束である着物を買ってやろうともしたが。


「少し、お時間がかかりますよ」


 そう数日政策にかかるらしいことを言われたので、着物はあきらめて、”反物”とかいう布地を買った。


「「「家に帰ったら、これで服を作ります」」」


 とのことだったので、そのうち出来上がったらお披露目してくれると思う。


 そうこうしているうちにいい時間になってきたので、俺たちは白狐の神社へ向かう。


★★★


「あれ?工事中?」


 白狐の神社へ行くと、どうやら工事中みたいで、立ち入り禁止になっていた。

 結構大規模な工事をやっているみたいで、かなりの人の出入りが確認できる。


「さて、どうしたものか」


 これでは参拝ができそうもなかった。

 とりあえず、道行く人に事情を聞いてみることにする。


「すみません。今、ここの神社結構大きな工事をやっているみたいですけど、何かあったんですか」

「ここの工事かい?これはね、この前宮殿から偉い人が来てね、急遽立派な建物を建てろとお達しがあったらしくて、今、工事が行われているということさ。あっ、もしかして参拝したいんだったら、あっちに仮の拝殿があるから、そっちへ行くといいよ」

「どうも、ご丁寧にありがとうございます」


 俺は懇切丁寧に教えてくれたおじさんに礼を言うと、みんなで仮の拝殿へ向かう。

 その道すがら、女性陣がこんな会話を交わす。


「皇子様、やりますね」

「本当、小さい子とは思えませんね」

「アタシもこんなふうに思われてみたいね」


 意味がよくわからないことを言っているので聞いてみる。

「どういうことだ」


「ホルストさん、鈍い。鈍すぎです。この工事は皇子様のプレゼントですよ」

「プレゼント?」

「旦那様、まだわからないのですか。この工事は皇子様のお愛しい人への贈り物ですよ」

「愛しい人?」

「ホルスト君はこういうのは本当にダメだな。見ていてわからなかったのかい?皇子様、狐の女の子に滅茶苦茶惚れてただろ」


 えっ、そうなの。


「全然気が付かなかった。普通に子供同士、仲良く遊んでいるものだとばかり思っていた」

「そんなわけありませんよ。旦那様。あの子たち、まだ口には出していないようでしたが、お互いに好意を抱いていましたよ」

「ホルストさんはもっと女の子の気持ちに敏感になるべきです」

「ヴィクトリアちゃんの言う通りだ。ホルスト君はもっと女性のことをちゃんと見るべきだと思う」


 頓珍漢なことを言った俺に、女性陣は鋭い視線を向け、容赦なくツッコミを入れてくる。

 なぜか、特にヴィクトリアとリネットさんの視線がきつい気がする。


 俺の気のせいだろうか。

 特に2人に何かした覚えはないのだが。


 そうこうしているうちに拝殿に着いた。


★★★


「無事にノースフォートレスに帰れますように」


 拝殿で旅の無事を祈った俺たちは帰路についた。


 拝殿を出て参道を歩いていると、草むらからカサカサと音がした。

 もしやと思い近づいてみると、やはりいた。


「ホルスト様、お久しぶりでございます。白狐でございます」


 白狐だった。横に小さな子狐を1引きつれている。


 この前の狐少女かなとも思ったがちょっと小さすぎる気がした。


「その子はこの前の子ではない……のかな?」

「はい、この子は私の下の娘です。ほら、挨拶なさい」

「銀です。よろしくお願いします」


 そう言うと子狐はぺこっと頭を下げた。

 うん、礼儀正しい子だな。


「この前の子はいないのかい」

「金のことでございますか」


 そういえば、あの子の名前を知らなかったが、金という名前なのか。


「あの子はアリスタ様の所へ修行へ戻りました。何でも、早く一人前になって皇子様の所へ遊びに行くのだと、えらく張り切っていましたね。あの分なら、あと10年もすれば一人前になれるでしょう」

「修行って、大変なの?」

「大変ですよ。神様のお世話をしながら、礼儀作法や術を身に着けたりするのですが、結構大変なのです。ですが、神獣になるのなら避けては通れぬ道です。現にこの子ももうすぐ修行に出すつもりです」

「そうなの?」

「はい、ただ」

「ただ?」

「今アリスタ様の所は定員いっぱいで、新規の受け入れができないのです」


 ふーん、神様の世界でもそういうのがあるんだな。


「だから、他に受け入れてくださる方がいないか探しているのですが、中々見つからないのです」

「そうなんだ。早く見つかるといいね」


 どこの世界も大変なんだと思いつつ、白狐と折角再会できたことだし、俺はある提案をしてみる。


「それはそうと、折角だし何か食いながらゆっくり話さないか。おい、ヴィクトリア」

「は~い」


 ヴィクトリアが収納リングから稲荷ずしを取り出した。


 俺はマジックバックから敷物を取り出し、地面に敷くと、その上に稲荷ずしを置く。


「大したものではないけど、もしかしたらお前たちに会えるんじゃないかと思って買ってきたんだ。さあ、一緒に食おうぜ」

「はい、喜んで」


 その後、白狐たちと夕方までいろいろと話してから帰った。


 こうしてフソウ皇国最後の休日は終わった。

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