第56話~同級生~

 ナニワの町を出た後、ガイアスの町を経由してから、数日でヒートンの町に着いた。


「ここの温泉はよかったな。帰りも入っていくか」

「いいですね」

「ワタクシも賛成です」

「ここの温泉は疲れがとれるよね」


 みんな賛成のようなので一泊していくことになった。


「あれはなんでしょうか」


 町の広場の前を通りかかると、地面が少し焦げているのが確認できた。


「すみません。ここで何かあったんですか」

「ああ、昨日、最近この辺りを荒らしていた盗賊の処刑があったんだよ」


 通りすがりの人に聞いたらそう教えてくれた。


 どうやら俺たちが捕まえた盗賊たちに刑が執行されたらしい。

 王国の法律通り火あぶりにされたみたいだ。だから地面が焦げているのだろう。

 別に心は痛まないが、人の焼けた嫌な臭いが鼻につくような気がしてちょっとだけ不快感を抱いた。


 まあ、いい。先を急ぐとしよう。

 広場をさっさと通り過ぎた俺たちは、前に泊まった町一番の高級ホテルへ行った。


「これは、ホルスト様。お久しぶりでございます」


 受付にはホテルの支配人がいた。

 俺たちのことを覚えてくれていたみたいで歓迎してくれた。


「本日はご宿泊でございますか?」

「ああ、スイートを2つ頼む」

「畏まりました」


 とりあえず泊まる所は確保した。


「それではあとは自由行動ということで」


 この町には一度来ている。

 なので、今回は各々が町をぶらついて何か面白いものはなかったか報告し合うことにした。


「それでは、飯の時間になったら集合な」


 ということで、自由行動タイムがスタートした。


★★★


「エリカ様」


 ヒートンの町を歩いていると、私エリカ・エレクトロンは突然声をかけられた。

 えっ、と思い、声の方へ振り向くと、そこには見知った顔があった。


「ヒルダとベンジャミンではないですか」


 上級学校で同級生だったヒルダとベンジャミンだった。

 ヒルダとベンジャミンは私と同じ魔法使い養成コースにいた子たちで、魔力もそれなりで、確か中級魔法使いの実力はあったように思う。


 少なくとも、うちの旦那様に絡んできていたあの二人、何という名前だったかよく覚えていませんが、彼らより実力が上なのは間違いないですね。


「エリカ様、お久しぶりです」


 二人が私に近寄ってきました。


「こちらこそ、久しぶりです。何だか懐かしい気がしますね」


 最後に会ってからまだ1年も経っていないというのに本当に懐かしい気がした。


「まあ、折角再会できたというのに、立ち話もなんですから、そこらへんで飲み物でも飲みながら話しませんか」


 私はどうせならと思い、二人をカフェに誘った。


「はい、喜んで」


 二人が同意したので私たちはそのまま近くのカフェへ入った。


★★★


「お待たせしました」


 店員さんが注文した商品を運んできた。


「私の奢りですから遠慮なく飲んでください」

「「ありがとうございます。それではいただきます」」


 二人に飲むように促すと私も自分の飲み物を飲む。


 飲みながら考える。

 二人を誘ったがいいが、さて何を話そうかと。


 上級学校にいた頃、二人とは普通に話せていたと思う。

 ただ、話す機会が無くなってから随分と時間が空いてしまっている。

 正直何を話していいのかわからなかった。


 だから、とりあえず無難なことを聞いてみる。


「ところで、二人はここで何をしているのですか」

「仕事で来ました。エリカ様」


 私の質問にヒルダがそう答えた。


「実は私たち、今白薔薇魔法団に所属しておりまして」

 白薔薇魔法団。ヒッグス一族の女魔法使いだけで構成される部隊であり、王国でも精鋭として知られている。

 今の団長は私の母であり、旦那様と駆け落ちしていなければ、私も所属することになっていた部隊である。


「そこの請け負った仕事で、ここで捕まっていた盗賊たちの処刑執行のために来たのです」

「ああ、なるほど、そういうことですか」


 ヒッグス一族にはそういう仕事もある。

 王国における火あぶりの刑は魔法使いによって行われるのが習わしで、ヒッグス一族がその仕事の大半を請け負っているのであった。


 私も一度やらされたな。

 私は学生の頃を思い出す。


 旦那様も死刑囚の刑の執行をやらされたそうだが、私も同じことをやらされた。

 初めて人の命を奪った時の感覚は今でも忘れらない。


 ただ、おかげでこの前盗賊団と戦った時に気後れしなかったので、結果的には経験してよかったのだと思う。


「それで、エリカ様はどうしてここにいらっしゃったのですか」


 場の雰囲気が暗い方へ行きそうだと感じたのか、ベンジャミンが話題を変えてきた。

 私も暗い方へ行くのは嫌だったので話に乗っかる。


「私ですか?私も仕事……だけではないですね。正確に言うと仕事兼旅行ですね。ガイアスの町まで荷物を届けた後、旦那様たちとフソウ皇国へ旅行に行ってました。今はその帰りですね」

「「それはうらやましいです!」」


  私の話に二人が食いついてくる。


「私も素敵な旦那様と旅行したいです」

「というか、まず彼氏を作らないと」


 二人ではしゃいでいる。


「ところで、エリカ様の旦那様って、あのホルスト君ですよね」

「そうですよ」

「聞くところによると、なんでも最近急に魔法に目覚め、魔法1発で10万の魔物を滅ぼしてしまったとか。本当なのでしょうか」

「本当ですよ。私も目の前で見ましたので」

「すごいですね!そんなすごい魔法が使えるなんて。憧れちゃいます!」


 旦那様の話を聞いた途端、ヒルダとベンジャミンがうっとりした顔になる。


 おやっ、と思いながら見ていると、2人が勝手に語り始めた。


「今、白薔薇魔法団の魔法使いの間ではホルスト君大人気なんですよ。愛人でも何でもいいから、一緒になって、強い子供を産みたいという人が多いですね」

「えっ、そんなことになっているのですか」


 私は驚いた。


 確かにヒッグス一族の女魔法使いはすごい魔法使いの子を産みたかる傾向にある。

 その方が強い子孫を残せるからだ。それはある種生物の本能とも言える。


 しかし、この前まで皆旦那様のことをバカにしてたのにこの手の平返しは何だろうと思った。

 ちょっと引きそうなくらいだった。


 まあ、愛しい旦那様がモテるというのは妻として悪い気分ではないが、これでは旦那様が種馬扱いされているようで、なんとなく嫌だった。


 その点、ヴィクトリアさんとリネットさんは旦那様のことを純粋に愛してくれているので、二人を仲間に引き入れておいて正解だった。


「あっ、ごめんなさい。私たち、奥様の前でとんだ失言を」


 私が不機嫌そうになったのを見て、自分の失言に気が付いた二人が謝ってきた。


 私は不機嫌にこそなったが別に怒っていたわけではない。それに彼女たちの気持ちもよくわかる。

 彼女たちもただ旦那様にあこがれて口を滑らせただけで、別に私から旦那様を奪おうとしたわけではないのだ。

 彼女たちに私に対する悪意など無いのだ。


 だから、私は二人を許した。


「別に怒っていないので気にしないでください。それよりも、ヒッグスタウンで何かほかに変わったことがないか聞かせてください」

「「ほっ」」


 私に許されたと知って二人はほっと胸をなでおろした。


「何か変わったことですか。うーん。あっ、そうですね。そういえば、本家の御当主様が交代なさるそうですよ」

「えっ、おじい様が引退なさるのですか」


 私は再び驚いた。

 というのも、ただの年寄りになるのは嫌だと、いろいろと理由をつけては当主の座に居座り続け、中々お父様に当主の座を譲らなかったからだ。


「どういう風の吹き回しでしょうか」

「なんでもホルスト君のせいらしいですよ」

「旦那様の?」

「はい。何でもホルスト君を追い出したせいで、『始祖ヒッグス様に匹敵する魔術師を追い出した愚か者』と一族会議で糾弾されて、当主を交代することになったみたいですよ」

「まあ、それは」

「後、ホルスト君のお父様も防衛軍の司令官を解任されて、魔法騎士団長に左遷されるみたいですよ」

「そうなのですか」


 それはエリカが以前予想した通りの結末だった。

 祖父や義父には悪いがいい気味だと思った。


「ただ、引継ぎとか手続きとかいろいろしなければならないので、実際の当主交代はまだ先になるということですよ」

「そうですか、それはいいことを聞かせてくれました」


 これは旦那様にいい土産話ができたと思った。


「さあ、話も盛り上がってきましたし、もっとお話ししませんか。もう午後のティータイムの時間だから、小腹も空いているでしょう。何でも頼みなさい」


 その後も私は二人を引き留め話を続け、結局二人と別れたのは夕方になってからだった。


★★★


 夜、ご飯を食べ、風呂に入って部屋で二人きりになってから、エリカにヒッグスタウンで起こっていることを聞いた。

 何でもエリカは同級生と再会したらしく、その同級生から聞いたそうだ。


「へえ、エリカのじいちゃん、引退するんだ。それに親父も左遷されたのか」

「はい。これで旦那様の復讐が多少なりともかないましたね」


 そうエリカは言うが、正直もうどうでもよかった。


 復讐心がないと言えば嘘になるが、エリカたちと楽しくやっているうちにすっかり忘れていた。

 というか、俺としてはエリカと幸せにやれているので、既に連中に復讐を果たせていると考えている。

 だから、連中が今更悲惨な状況に陥ろうと興味がわかないのだが、折角だから再会する機会があったら煽ってやろうとは思っている。


 それはそうとさっきからエリカの様子がおかしい。


 なんかいつにも増して俺に甘えてくる。


「旦那様は私のことを愛してくれてますよね」

「今更何を言うんだ。当たり前じゃないか」

「私を捨ててどこかへ行ったりしませんよね」

「当然だろ」

「だったら私のことを愛しているとおっしゃってください」

「ああ、エリカ。愛しているよ」

「旦那様あ」


 ずっとこんな調子だ。


 昼間同級生と会ったという時にでも何か言われたのだろうか。


 まあ、いい。


 俺たちが相思相愛なのは確かだし、俺がエリカを捨てることなどありえないのだから。

 エリカが愛してほしいというのなら俺はエリカを愛し続けるだけだ。


「エリカ」


 俺はエリカにそっとキスをする。


 その後は……ごめん。今日のエリカめっちゃ可愛かったから、たっぷり遊んじゃった。


 こうしてヒートンの町の夜は暮れていく。

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