第50話~VSキングエイプ~
俺はゆっくりとキングエイプに近づいて行った。
「やはりというか、猿は猿だな」
キングエイプという大層な名前を持っているが頭の中身は猿そのもののようだ。
俺が近づいているのに俺の接近に全く気が付いていなかった。
出てきて以来、出てこられた嬉しさのためかどうかよくわからないが、1発だけ『超振動波』を放った以外は、ずっとバカみたいに自分の胸をたたき続けているだけだった。
実は俺たちのことなど歯牙にもかけておらず、無視しても大丈夫だとでも思っているのではとも疑ったが、キングエイプのアホ面を見る限り考えすぎだと思った。
要は、目の前のこいつは自己抑制のできない猿と同程度の頭だということだ。
「しかし逆を言えばこれはチャンスでもある」
何せ今なら目の前のキングエイプは隙だらけだ。
となればやることは一つ。
先制攻撃だ!
「『天火』」
魔力を集中し特大の火球を放つ。
火球はキングエイプに一直線に向かって行き、顔に命中すると破裂する。
ドゴオオオン。
途端にキングエイプの顔の周囲が大火事になる。だが。
「どうやらあまり効果がなかったようだな」
『天火』の魔法は思っていたほどのダメージを与えることができなかった。
顔に何カ所かやけどの跡ができただけであった。
「これは長くなりそうだな」
俺は戦いの長期化を予想せずにはいられなかった。
★★★
俺とキングエイプは一進一退の攻防を繰り広げていた。
「きききききぃー」
キングエイプが『振動波』を連続で放ってくる。
『超振動波』ではなく威力が小さい『振動波』を放ってきているのは、前者だと動作に隙が大きいのとリキャストタイムが長いせいで、ちょこまかと動き回る俺には当てにくいからだと思う。
ただ普通の『振動波』でも十分な威力だ。
ドガ、ドカン。
俺が『振動波』を避けるたびに地面がえぐれ、岩が粉砕されるのが確認できる。
そんなキングエイプの激しい攻撃の合間を狙って俺も攻撃する。
「『天火』、『天雷』」
立て続けに魔法を放ち、
「ちぇすとお」
そして、斬り込んでいく。
ただ、どの攻撃もさほどダメージを与えているようには見えない。
キングエイプがタフすぎるのだ。
特に全身を覆う黒い体毛がやばかった。これが攻撃のかなりの部分を防いでしまうのだ。
『天火』が命中しても皮膚にちょっとしたやけどを残すことしかできないし、『天雷』も威力を大幅に減衰させられ、ちょびっとしびれさせる程度のことしかできない。
斬りつけても斬撃を体毛に阻まれ、かすり傷程度しか傷つけることができなかった。
それでも痛みは感じるらしく、「きー、きー」と喚く声がうるさく感じられる。
というか、こいつ。タフではあるけど、実は痛みに弱いのか?
まあ、『神属性魔法』が無ければ、俺もこいつにダメージを与えることができなかったはずだ。
ということは、世の中の大半の連中はこいつにかすり傷一つつけられないはずだ。
となると、こいつは今までほとんど痛みなど感じたことがないはずであり、痛みに弱いというのも、まあ、納得できるかなという感じではある。
それはともかく、お互いに決め手を欠くこの状況は俺にとってあまり好ましいものではない。
持久戦になってしまうからだ。
その場合、既にヤマタノオロチ戦で大分消耗してしまっている俺の方がきつかった。
現に魔力も大分枯渇してきている。
一応、まだ聖石に魔力が残っているのでそれでやりくりをしているのだが、これもいつまで持つことやら。
さて、どうやってこいつに勝つべきか。
俺は今までの人生で一番真剣に考えるのであった。
★★★
戦況が動いたのはそれからしばらくしてからのことだった。
先に動いたのはキングエイプの方だった。
「ききいい。きききいいい」
突然、『振動波』を俺ではなくそこら中の山や岩に向けて放ち始めたのだ。
それもかなり威力を抑えた上で、だ。
だから、山や岩が完全に破壊されず、土塊や岩塊が弾き飛び、俺に襲い掛かってきた。
いわゆる”数の暴力”というやつだ。いや、この場合は”数を打てば当たる”という方がしっくりと来るか。
とにかく、無数の土や岩による攻撃が俺に迫ったわけだ。
「くっ」
もちろんそんなものをまともに受けては危ないので、俺は避けようと軌道するわけであるが、
「きききー」
キングエイプは動きが鈍くなった俺に対して、『超振動波』を放ってくる。
「しまった」
俺は『超振動波』を正面から食らってしまう。とっさに盾を構え防御したが。
ベキ。
愛用の鉄の盾がひしゃげた。幸いなことに盾が犠牲になったおかげで、体の方にダメージはなかった。
もう一撃耐えるのは無理だな。
俺は半壊した盾を見てそう思った。
というか、『神強化』があってこれだ。
無ければ今の一撃で俺の体がやられていたはずだ。
そう考えると、背中に冷や汗を流さずにはいられなかった。
「このクソ猿め!小賢しくも猿知恵を使いやがって!」
俺はキングエイプに悪態をつきつつ、使い物にならなくなった盾をポイっと地面に投げ捨てる。
続いて剣を両手で握り、真正面に構える。
「こうなったら、接近戦だ!」
俺はキングエイプに接近戦を挑むことにした。
離れていては土やら岩やらで攻撃されるが、接近してしまえばその攻撃は難しくなるからだ。
「ききいいいいい」
代わりに『振動波』での攻撃が激しくなる。
「うほほほほ」
さらにキングエイプは、俺を殴り、あるいは握り潰そうとしてその太い拳を繰り出してくる。
「くっ」
俺はそれらの攻撃のうち、『振動波』については全部避け、
「はああああ」
拳による攻撃については剣で受け流した。
こうして戦況は徐々に俺の不利に進んで行くかのように見えた。
★★★
さらに戦況が動いたのはそれから数分後だ。
「ホルスト殿!我も戦いますぞ!」
何と治療が終わり体力を回復させたヤマタノオロチが加勢してくれたのだった。
というか、お前喋ることができたのかよ。
まあ、こいつの友達の白狐は喋ることができたわけだし、こいつが人の言葉を話せても不思議ではない。のかな?
それはともかく、ヤマタノオロチの助力は素直にありがたい。
「たのむ!」
「承った!」
俺の頼みを受け、オロチがキングエイプに攻撃を開始する、
ゴオオオオ。
先程俺に放たれていた強力な炎ブレスがキングエイプを襲う。
ドッゴオオオン。
さらにオロチは尻尾を振り回してキングエイプに殴打攻撃をも加えていく。
「きいいいいいい」
一気に手数が倍になった俺たちの攻撃に耐え兼ね、キングエイプは絶叫する。
「旦那様、私も加勢します」
おまけにエリカも攻撃に参加してきた。
「『火球』、『火球』」
オロチの陰に隠れながら魔法を放っている。
ボン。ボン。
立て続けに火球がキングエイプの至近で炸裂する。
あまり効果は薄いようだが、目や鼻など急所を的確に狙ってきているので十分牽制にはなっている。
キングエイプにしてみれば蚊がうっとおしいくらいには感じているのだろう。
「うがあああ」
エリカの方めがけて岩を放り投げたりもするが、
「させませんよ!」
オロチが攻撃を防いでくれていたので、特に被害はなさそうだった。
「皇子のことは任せろ」
時々皇子の方にも攻撃の余波が行くことがあるが、こちらはリネットさんがきっちりガードしてくれている。
皇子の身に何かあったら困るので本当に頼もしい限りだ。
「『中治癒』」
ヴィクトリアは自分たちの代わりに攻撃を受け止めてくれているヤマタノオロチに対して、治癒魔法をかけ続けている。
オロチの加勢で心に余裕ができたのか、
「まさかここで、本物の『怪獣大決戦』が見られるとは思いませんでした」
と、相変わらず暢気に訳のわからないことを言ってアホ面を晒していた。
さっきは女神らしくかわいかったのに、どうしてこいつはすぐボロを出すのだろうか。
まあ、それがこいつなのだろうと思うことにする。
とにかくオロチが加勢してくれたことで、エリカたちも攻撃に参加できるようになり、大分こちら有利になった。
「よし、一気に行くぞ!」
剣を構え直した俺は再びキングエイプに突っ込んでいくのであった。
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