第49話~古の魔獣~
司祭長が悔し紛れに煽ってきたので煽り返してやることにする。
「地獄へ道連れだと?はったりを言うな!お前には何も力など残っていないはずだ。目的も見事に達成できなかったわけだし、自分たちだけで地獄に堕ちて後悔しろ!」
「くくく、何もわかっていないようだな。小僧」
司祭長の高笑いがさらに激しくなる。
「我らの目的はすでに達成されておる。鍵はすでに我らの手中にあるも同然なのだ」
「ふん、強がりを。死にぞこないの分際で」
俺は司祭長を鼻で笑ってやる。
だが、俺の煽りもどこ吹く風で司祭長はさらに煽り返してくる。
「強がりではない!が、所詮、小僧にはわかるまい。しかし、私の命の灯が消えようとしているのもまた事実。だから、私はこの命と引き換えに貴様らを滅ぼすとしよう。貴様らは我らの計画に邪魔だからな」
そこまで言うと、司祭長は自分の懐から1本のナイフを取り出した。
それは皇子暗殺に使おうとしていたナイフだった。
それを見た俺は、司祭長が最後の絶望的な攻撃を仕掛けてくるのだと思って身構えた。
だが!
「ぐへっ」
俺の予想に反して、司祭長はナイフを自分の心臓に突き刺したのだった。
予想外の行動に驚いた俺は司祭長に問いかける。
「一体、何のつもりだ」
「ふふふふ」
しかし、司祭長は俺の問いかけには答えず、ナイフを放り捨てると、首にかけていた黒い宝石がはめ込まれたペンダントを握りしめる。
そして、おもむろにペンダントを傷口に移動させると、まるで黒宝石日でも吸わせるかのように、ペンダントを擦るように当てた。
すると、とたんにペンダントが怪しく輝き始め、司祭長がにやりと不気味に笑う。
「さあ、我の命と引き換えに、伝説の魔獣よ!今こそよみがえるのだ!」
最後にその言葉を叫ぶと同時に司祭長の体が燃え盛る炎に包まれる。
炎はものの10秒もかからないうちに司祭長を焼き尽くし消えてしまったが、炎が消えると同時に
空中に黒い点のようなものが出現する。
その黒い点は現れるなり急激に大きくなっていき、すぐさま50メートルくらいの大きさになる。
「きき、ききー」
黒い点の奥から雄たけびが聞こえてくると同時に空気が振動する。
まるで何かが黒い点から這い出ようとしている。そんな感じの揺れだった。
その揺れが収まると、黒い点から1本の黒い体毛に覆われた太い腕が現れた。
★★★
パリンと何かが割れるような音がした。
後でヴィクトリアに聞いた話によると、それは空間の境界が破られた音だったらしい。
空間の境界をぶち破ったその魔獣は、一気にこちらの空間に侵入してくる。
「ウホッ、ウホッ」
出てくるなり、そいつは自分の筋肉むき出しの胸をたたき始めた。
その行動は野生の猿がやるというドラミングという行動にそっくり、いや、ドラミングそのものだった。
そう。出てきた魔物は全身が黒い体毛で覆われたヤマタノオロチに匹敵するくらい巨大な猿の怪物だった。
猿のくせに頭に角まで生やしたそいつは、まるでこの世界に戻ってこれた喜びの感情を爆発させているかのようにドラミングを続けている。
「もしかして、キングエイプ?」
猿を見るなりエリカがそんなことを呟く。
「エリカちゃん。もしかしてキングエイプというとあのおとぎ話に出てくるあれかい?」
「そのあれで合っていると思いますよ。外見なんか物語に出てくるそのままですし」
こんな伝承がある。
かつて世界ができた頃、世界を支配しようとする邪悪な存在が4匹の凶悪な魔獣を従えていたという。
そのうちの1匹がキングエイプだ。
キングエイプは山のような巨体を持ち、頭に角を生やし、全身が黒い毛でおおわれているという。
まさに目の前の魔物とまったく同じ外見であった。
「さて、どうすべきか」
実は今結構やばい状況だ。
俺たちは既にヤマタノオロチと戦いでかなり消耗している。
この状況で連戦は正直言うときつい。
一時撤退も視野に入れるべきか?
そんなことを考えていると、ヤマタノオロチの治療を終えたヴィクトリアが、終えたと言ってもオロチはまだ起き上がることができないでいるが、俺の側に寄ってきて言うのだった。
「ホルストさん、ここは引いていけませんよ。戦うべきです」
こいつ、実は人の心が読めるんじゃないか。
心の中を見透かされたように感じた俺はそんなことを考えたが、ただの偶然だろう。
今の状況がわかっていれば推察も難しくない考察だしな。
「どうしてだ?」
「簡単なことです。あいつをこのまま放置しておくと、この国、いやこの世界が滅びますよ。あいつの目を見てください」
ヴィクトリアはキングエイプの瞳を指さす。
キングエイプの瞳には怪しい光が宿っており、何かどす黒い感情を秘めているように見える。
「あれは憎しみの目です。あいつはかつて神々と人間たちの手によって、異界空間に幽閉されました。
あいつはそのことを非常に恨んでいます。今のあいつは復讐しか考えていません。放っておいたら本当に世界が滅んでしまいます。だから今倒すべきです。それに」
「それに?」
「今なら勝機は十分ありますが、時間を置けば勝率が下がってしまうからです」
「勝率が下がる?どういうことだ」
俺はヴィクトリアに聞き返した。
「簡単な話です。あいつは今復活したばかりで万全ではないからです。しかし、時間が経てば力を取り戻してしまうでしょう。だからその前に倒してしまわなければなりません」
なるほど、そういうものなのか。
俺がそう思った時だった。
「うほほほほ」
急にキングエイプのドラミングが激しくなったかと思うと、雄たけびを上げ始めた。すると。
ドン。
空気に衝撃が走る。
ドカン。
遠くの方で爆発音がする。
「旦那様、あれをご覧ください」
エリカが爆発音の方を指し示すと、でかい山が半分吹き飛んでいた。
その上吹き飛んだ山はどうやら火山でぁったらしく。
「あれは溶岩か」
えぐれた部分から溶岩まで流れ出る始末であった。
「ヴィクトリア、あれはなんだ」
「あれはキングエイプの必殺技『超振動波』ですね」
「『超振動波』?」
「そうです。物質を振動させせてありとあらゆるものを破壊する技ですね。普通の『振動波』ならこの世界のモンスターの中にも使うのがいるはずですよ」
「えらく詳しいな」
「ええ、昔おばあ様からお話を聞いたことがありますので」
なるほど。そういえばこいつはこれでも女神様だった。
知っていても不思議でも何でもなかったな。
「で、あれで全力でないと?」
「そういうことです」
ヴィクトリアがコクリと頷く。
「万全な状態だったら島の一つや二つくらい吹き飛ばせますからね」
「マジか」
「マジです」
ヴィクトリアが自信たっぷりに言う。
というか、ここでそんなに自信たっぷりに言われても困る。本当に空気の読めないやつだ。
まあ、ヴィクトリアらしいと言えばそれまでなので別に構わないが。
それは置いておくとして……さて、どうすべきか。
一応ヴィクトリアに対処法がないか聞いてみる。
「そんなの、どうすればいいんだ」
「対策はないことも無いですよ」
「本当か?」
「もちろんです」
ヴィクトリアがコホンと咳払いし、勿体つけながら言う。
「『振動波』って、無属性魔法に分類される攻撃なんですよね。だから無属性魔法への耐性を高めれば大分威力を緩和できます。例えば、ワタクシの『防御結界』ならば無属性魔法にも有効なので、その中にいれば、ほぼ完璧にシャットダウンできますね」
「ほお、それはすごいな」
俺はヴィクトリアに対処方法を聞いて素直に称賛するが、そこであることに気が付く。
「でも、防御魔法の中にいたら攻撃できないことないか」
「話は最後まで聞いてください。ワタクシは『無属性魔法への耐性を高めれば』と言いましたよね。ホルストさんにはその方法をすでに持っていますよ」
無属性魔法への耐性を高める方法を持っている?
俺は必死にそれが何か考えた。
考えた結果、すぐに答えは出た。
まあ、俺自身、自分の能力を高める手段は一つしか持っていないからな。
「『神強化』か」
「その通りです。神強化の力の一つにそういうのがあります。無属性体制付与と言います」
「へえ、そんな効果があるとは初耳だな」
「まあ、『神強化+2』で初めて解放される能力ですからね。今までは関係なかったですしね。実は普通に属性を付与するよりも難しくて、割と高度な能力なんですよ。だからこの力を使えば簡単にはやられません。ただ」
「ただ?」
「ただ、なるべく避けてくださいね。いくら『神強化』があるとはいっても当たり所が悪ければ危険ですから」
そう言うと、ヴィクトリアは本当に心配だという顔で俺のことを見てきた。
それはとても愁いを帯びていて女神にふさわしい顔だった。
何だろう、これ、かわいい。
普段と違うヴィクトリアの雰囲気にちょっとドギマギしてしまった。
いかん。今はそんなことを考えている時ではない。
俺は必死に妄想を振り払う。
「わかった」
力強く返事をする。
だが、返事をしたところで俺はもう一つの事実に気が付く。
「でも、『振動波』ってどうやって避けるんだ?見えないんだが」
「そういう時は、『神強化』を目に使って、『神眼』の力を解放してください。神眼は知覚能力を大幅に向上させてくれます。『振動波』も簡単に察知できるはずですよ」
「それも初耳なんだが」
「これも『神強化+2』で初めて使える力ですからね。まあ、とりあえず使ってみてください」
俺はヴィクトリアに言われるがまま、『神強化』を自分の目に使ってみた。
「!」
効果はてきめんだった。
今までわからなかった空気中を舞うわずかなホコリの動き、空気の流れ、鎧がこすれて出すわずかな物音。
そういうものが手に取るようにわかるようになった。
この力は「神眼」と名前がついているが、どうやら五感全般に渡って知覚能力を向上させることができるようだった。
「これで、なんとかなりそうだな」
俺はそうつぶやくと剣を抜き、キングエイプの方を向く。
そんな俺の背中にいつの間にかヴィクトリアの周囲に集まってきていた女性陣が声をかけてくれる。
「旦那様、お気をつけて行ってください」
「ホルスト君、武運を祈る」
「ホルストさん、終わったらみんなでおいしいご飯でも食べに行きましょうね」
「それでは行ってくる」
女性陣の熱い声援を受けた俺はゆっくりと地面を離れ、キングエイプへと向かって飛び立っていった。
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