第48話~神獣ヤマタノオロチ~

地面が揺れた。


 とはいっても別に地震が起きたというわけではない。

 それよりも、何というか、大きいものが動いた時の振動という感じの揺れ方だった。


 俺は揺れの震源の方、建物の近くの洞窟を見る。

 洞窟は周囲よりも一際大きく揺れており、ここが揺れの元凶なのは確実だった。


「来るぞ!」


 しばらく待っていると、その揺れの元凶が洞窟から這い出てきた。


「ぐおおおおおおお」


 洞窟から出てくるなり、そいつは咆哮し始める。

 その咆哮だけで周囲の岩や木々が揺れた。


 太陽の光がそいつに当たると、白い体が輝きだす。

 8つの頭と尻尾を持つ山よりも巨大な白い蛇。


 そいつこそが、ヤマタノオロチだった。


「さあ、ヤマタノオロチよ。この者たちを始末するのだ」


 いつの間にかヤマタノオロチの後ろに隠れるように移動した司祭長がヤマタノオロチにそう命令すると、ヤマタノオロチが襲い掛かってくる。


 海の主の時とは異なり、ヤマタノオロチの瞳は邪悪な輝きで満ちていた。

 これは完全に魔石に心を支配されている目だと思った。

 すべての良心が搔き消され、一かけらも残っていないように見える。


 実際、魔力探知を使うと、オロチの腹の方に凶悪な魔力が確認できた。


 まあ、この程度の事態は想定内だ。


 俺はすぐさまヴィクトリアのそばまで移動すると、その手を取る。


「ヴィクトリア、頼む」

「はい。お任せください!」


 ヴィクトリアが俺の手を握り返し、祈るように目をつぶる。

 途端に俺の体が光り出す。


『シンイショウカンプログラムヲキドウシマス』


 いつもの声が頭の中に響く。

 『神意召喚』が発動し、俺の体が不思議な力で満ちてくる。


「うまく発動できるかわかりませんよ」


 ヴィクトリアは作戦開始前にそう言っていた。

 彼女自身、自分でもどうすれば『神意召喚』できるのかよくわかっていないみたいだ。


 一応、今まで窮地の時ばかりに使えてきたので、絶体絶命の時にしか使えないのだろうということだけはなんとなくわかる。

 だから、今回もヴィクトリアの認識では危ないということなのだろう。


 実際、俺もヤマタノオロチがあんなに巨大だとは思っていなかったからな。


 とにかく戦闘準備は整った。

 俺は剣を構え、ヤマタノオロチへと向かって行く。


★★★


 歩きながら『神属性魔法』のリストを確認する。


『神属性魔法』

『神強化+2』

『天火+2』

『天凍+1』

『天雷+1』

『天爆+1』

『重力操作+1』


 すべての魔法が一段階上がっていた。

 いつも通りだった。


 今回新たな魔法は現れなかった。

 多分、これで十分対応可能ということなのだろうと思う。


「さて、行くか。『重力操作』」


 『重力操作』で体を地面から浮かせる。

 一気に高度を上げ、ヤマタノオロチを見下ろせる位置に陣取る。


「突撃!」


 オロチとの距離を一気に詰める。


「ぶおおおお」


 オロチが炎ブレスを吐いて迎撃してくる。

 俺はそれをできるだけ避け、避けきれない分は氷属性をまとわせた剣でたたき切った。


 ただ、さすがは神獣というべきか、ブレスの余波だけでも結構熱い。

 一応『神強化』で盾に炎ブレス耐性を得ているので、そのくらいで済んでいるのだろうと思う。

 無かったら結構ダメージを受けていたかもしれない。

 そのくらいの威力のブレスであった。


 俺はちらりとエリカたちの方を見る。

 ブレスの余波で被害を受けていないか心配だったからだ。


 だが、俺の心配をよそに4人は無事そうだった。せいぜい汗をかいている程度だった。


 アダマンタイトの鎧と盾で武装したリネットさんが、エリカにモリモリに強化魔法をかけてもらった上で、前面に立ち、他の3人を全力で守る。

 その上でヴィクトリアが『光の壁』を使いブレス攻撃に万全を期す。

 そうして3人が皇子を守っている間に俺がヤマタノオロチに対応する。


 今回、『皇子救出』と『ヤマタノオロチを元に戻す』という二つの依頼を同時にこなすために考えた作戦だった。


 4人の無事を確認すると、俺は攻撃を再開する。

 再びブレスの連弾をかいくぐりながらオロチに攻撃を仕掛けていく。


 ビュッ、ビュッ。


 俺の剣がオロチの皮膚を切り裂き、鮮血が飛び出る。

 白狐の話によると、ヤマタノオロチの皮膚はドラゴンをもしのぐ硬度を誇るらしい。


 だが、『神強化+2』を使えばこの通りだ。

 次々にオロチの体に傷が入っていく。


 いくら神獣と言えど、傷を受ければ痛いのだろう。

 感情を失っているはずのオロチの瞳に怒りの感情が混じるのが見える。


 オロチの吐く炎攻撃がさらに激しくなる。

 その上、首や尻尾を振り回して打撃攻撃まで加え始めた。


 それらをかいくぐりつつ、オロチに攻撃を続ける。


 ドクッ、ドクッ。


 オロチの体に傷が徐々に増えていき、同時に体から流れる血の量も増え、血が流れる音が聞こえるようになる。


 それでもオロチの攻撃は緩まない。

 むしろ、攻撃は激しくなる一方だ。


 だが、これでいい。


 俺はこの結果に満足している。

 なぜなら、今回の目的はヤマタノオロチを倒すことではない。

 絶え間なく攻撃を続けることによってオロチに隙を作ることだからだ。

 だからオロチには生きてもらわなければ困るのだ。


 こうして俺はオロチに対する攻撃の手を緩めないのだった。

 そうしているうちについにその時が来た。


★★★


 突然オロチの炎ブレスが止まった。


 炎ブレス攻撃というのは自分の魔力を消耗しながら使用するものだ。

 今のオロチのように理性を失った状態でむやみやたらとブレス攻撃を繰り出していては、いつか魔力切れになることは火を見るより明らかだった。


 魔力切れを起こした生物は途端に体の動きが鈍くなるものだ。

 それは神獣であるヤマタノオロチとて例外ではなかった。


 さっきまであれほど激しく動いていた頭と尻尾の動きが緩慢になる。


 俺はその隙を見逃さず、さっとオロチの首の間を通り抜け、オロチの背中に降り立つ。

 そして、気合一発、魔法を唱える。


「『天凍』」


 俺の魔法でオロチの首が凍り始める。

 ただ、オロチの体は山よりも大きい。大き過ぎる。

 +1になった『天凍』でも1発では凍らせられない。


「『天凍』、『天凍』」


 何度も繰り返し魔法を唱える。

 徐々に凍っている部分が拡大する。


 少し頭がくらくらしてきた。

 多分魔法の使い過ぎで俺も魔力が枯渇してきたみたいだ。


 ここで俺はあるものを自分のマジックバッグから取り出す。

 それは光輝く宝石。

 海の主の戦いの時に得た聖石だった。


 聖石は魔力を貯めていくとこのように光輝くのだ。

 ここ数日、こうなることを見込んで魔力を注ぎ続けたのだった。


「聖石よ!我に力を与えたまえ!」


 俺が祈りをささげると、聖石から俺に魔力が流れ込んで来るのが感じられる。

 何日も頑張って魔力を注ぎ込んだ甲斐があるというものだった。


「『天凍』」


 魔力が満タンになった俺は再び魔法を唱える。

 五分もしないうちに、オロチの頭ともう一カ所。

 オロチを狂わせている魔石に一番近い腹の部分を除いて、オロチの全体が凍り付く。


「今だ!」


 俺はオロチの背中から飛び降りると地面に降り立つ。

 そして、オロチに思い切り蹴りを入れる。


 ドゴオオン。


 凄まじい音と同時にオロチが横倒しになる。

 同時にオロチの腹の部分がむき出しになる。


「チェストオオ!」


 そこに全力で斬撃をたたきこむ。


 ドバッ。


 オロチの腹が裂け、大量の血とともに魔石が出てくるのを確認する。

 すぐさまヴィクトリアに指示を出す。


「ヴィクトリア、回復魔法を!」

「ホルストさん、ラジャーです!」


 ヴィクトリアがすぐさま駆け寄ってきて、回復魔法をオロチにかける。


「『大治癒』」


 ヴィクトリアの魔法によって、たちまち傷が癒えていく。


 俺はオロチの目を見た。

 ダメージを受けたのと魔力切れを起こしたせいなのであろう。

 意識を失いかけ、どこかトロンとした目つきになっていた。


 だが、先程までオロチを支配していた邪悪な狂気の光は消えていた。

 これでオロチの方も終わったかな。ということは、後は。


 俺はオロチの後ろにこそこそ隠れていた司祭長の方を見た。


「ふはははは」


 計画がすべて失敗しさぞかし絶望しているだろうと思ってみたのだが、司祭長は先程までと同じように高笑いを続けていた。


 正直、なんでここで笑えるのか不気味だったが、まあ、いい。

 これで終わりだ。もう何もできないはずだ。


「さあ、覚悟しろ!」


 俺はゆっくりと司祭長に近づいて行く。


 だが、司祭長は相変わらず高笑いを続けながらこう言うのだった。


「よくもやってくれたな、小僧!こうなったら我らとともに、貴様らも、この国も地獄に行ってもらうぞ!」

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