第42話~皇都、不穏~

 キョウの町。

 フソウ皇国の皇都だ。


 宮殿を中心にきっちりと碁盤の目状に区画整理された町並みは、風光明媚であるとして周辺諸国にも知られている。


 そんなキョウの町の入り口。

 『朱雀門』と呼ばれる大層立派な門の前で『竜を越える者』一行はなぜか兵士に誰何されていた。


「お前たちは本当に冒険者ギルドに所属する冒険者なのか!」


 先程から何度も同じ質問が繰り返されている。

 本当に耳にタコができそうだ。腹が立ってしょうがない。


 だが、ここで怒ってはいけない。

 怒っては面倒なことになる。ここまで来てトラブルはごめんだ。

 少なくとも態度に出してはいけない。

 俺は顔だけはニコニコさせながら、何度目かの同じセリフを吐く。


「間違いございません、お役人様。先程から何度もギルドカードを確認し、身体検査までされたではないですか」


 そう、俺はすでに身体検査まで済ませていた。

 別室に連れて行かれ、下着一枚まで脱がされ、マジックバックの中身まで全部出し、徹底的に調べられたのだ。


「それはそうかもしれないが、我らにも役目上の事情というものがある。そこはわかってほしい。

それに、その方の仲間の検査が終わっておらぬ。終わるまでは我慢してもらうことになる」


 目の前の兵士の言う通り、エリカたち3人は今ちょうど検査の最中だった。

 一応女性の審査官が検査してくれるとのことだが、ひどい目に遭わされていないか心配だ。


「しかし、お役人様。ずいぶんと物々しい警備体制ですね。私ども以外の旅人たちもかなり綿密に調べられているようですし、皇都だけあって、ここは普段からこんな感じでやっておられるのですか」

「それは……そういうことはないが……」

「何か事情があるのですね」

「それについては私の口からは言えんな」


 兵士の表情が固くなる。どうやら言いたくないようだ。

 まあ、別にこちらとしてもどうしても知りたいわけではないし、言いたくないというのなら無理には聞きださないでおくことにする。


「旦那様、終わりましたよ」


 兵士とそんな風にやり取りをしていると、エリカたちが戻ってきた。


「特に問題はないようです」


 エリカたちを調べていた女性審査官が兵士にそう報告している。


「お役人様、特に何もないようでしたので、もう行ってもよろしいですか」

「うむ、よかろう。歓迎する」


 ようやく審査が終わり、俺たちは町へ入って行った。


★★★


「おいしかったです」


 キョウの町へ入った俺たちは町のギルドへ向かった。

 途中、昼食を食べに寄って、今出てきたところである。


「この立ち食いソバというのは、速くて、安くて、うまい食い物だな。色々トッピングをつければ、お腹もいっぱいになるし」

「ただ、立って食べるというのはいただけませんね。私は座って落ち着いて食べるのがいいですね」


 本日食べたのは立ち食いソバという食べ物だった。


 値段の割には結構おいしかった。

 量的にはちょっと物足りない気もしたが、こんなものだという気もする。


 ヴィクトリアはお替りしていたけどね。


 それはともかく、食事を終えた俺たちはギルドに向かった。


「ここも木造なんですね」


 皇都のギルドは平屋の木造の建物だった。

 俗にフソウ風と呼ばれる独特なデザインの建物だ。

 平屋な分、他の大都市のギルドよりも敷地面積は広いようだ。


 とりあえず、中に入ってみる。


「中は他の所と大して変わらないな」


 外見と異なり中は普通のギルドだった。


 中央に依頼版があり、奥に受付があった。

 受付では多くの職員が働いている。


 その中の一つに俺たちは行く。


「Sランク冒険者?それに、ノースフォートレスの町の副ギルドマスター様がいらっしゃるのですか」


 俺たちに対応した女性職員さんが驚いた顔になる。

 リネットさんは現役復帰をしたが、別に副ギルドマスターの地位を降りてはいない。

 したがって、まだノースフォートレスの町の副ギルドマスターである。


 別に地位を利用してどうこうという意図があるわけでなく、折角なのでギルドの偉い人に挨拶をと思ったので名乗ったわけである。


 そもそも、ギルドに来たのだって挨拶ついでに簡単な依頼を受け顔を売りつつ、ついでにオリハルコンの情報でも手に入れば上出来かなと思ってきたのだ。

 特に明確な理由があってきたわけではなかった。


「ギルドマスターに連絡しますので少々お待ちください」


 自分の手に負える案件ではないと思ったのか、女性職員さんはすぐにギルドマスターに連絡を取ってくれた。


 数分後。

 俺たちはギルドの応接室に通された。


「ホルスト殿、よくおいでになられた」


 ギルドマスターは立派なカイゼル髭をはやした細身の体形の人物だった。


「タカノリと申します。以後、お見知りおきを」

「ホルストと申します。こちらこそよろしくお願いします」


 型通りの挨拶を済ませて握手を交わすと、俺たちは席に着いた。


「皆さんのお噂は聞いております。なんでも、魔物の軍勢10万を蹴散らすのに貢献なされたとか。さらにガイアスとナニワの間にいるという伝説の海の主を危機から救ったとか。その上、ギルドが何度も撃退された魔物の砦をたった4人で落とされたとか。まさにSランク冒険者の名に違わぬ功績ですな」

「いや、それほどでも。たまたまです。運がよかっただけですよ」

「ご謙遜なさらずともよろしい。あなた方は超一流の冒険者で間違いありません」


 そこまで言ったところで、それまでニコニコとした顔で話していたタカノリさんの顔が急に真剣なものになった。


「今日初めて会ったばかりで言うのもどうかと思うのですが、そんなあなた方の腕を見込んで、是非ともお願いしたい依頼があるのですが」

「依頼ですか?なんでしょうか」

「ホルスト殿は、今この皇都が厳重な警備課に置かれているのはご存じでしょう?」

「ええ、まあ。俺たちもここへ来るときに事細かく調べられましたからね」


 俺は先程の城門での出来事を思い出した。

 やはり、あれには理由があったのだなと思った。


「それで何があったのでしょうか」

「これから話すことは内密に願います」


 タカノリさんは椅子から立ち上がると、部屋の入り口の扉を開け、廊下に誰もいないのを確認した。

 さらに部屋のカーテンまで閉め、会話が外に漏れないようにすると、タカノリさんは再び席に着いた。

 そして、ぎりぎり聞こえるかどうかというくらいの声量で話し始めた。


「実は我が皇国の皇子殿下が攫われたのです」


★★★


 その日、夜も大分更けた頃。


 俺たち4人は皇都の宿屋の一室にいた。

 結構広い部屋で、床には畳が敷き詰められていて、4人がそれぞれくつろいでいる。


 食事はもう済ませていた。

 ここの宿屋には食堂はなく、すべて部屋まで持ってきてくれた。

 この国では高級な宿屋ほどそうしているらしかった。

 まあ、その方が手間も費用もかかるだろうから、なるほどなと思った。


 そう。ここは結構お高い宿屋だった。


 だから、出てきた料理もかなり質が良く、おいしかった。

 ここ皇都は内陸の都市なのに、新鮮な海魚の料理が出てきて驚いたくらいだ。

 なんでも特別な契約を結んでいる業者が取れたての魚を毎日運んでくれるそうだ。

 おいしいわけである。


 あろうことか。ヴィクトリアなど、この高価な魚料理をおかわりまでしやがった。


「これおいしいですね。おかわりください」

「ヴィクトリアさん。この後の予定もあるのですから、食べすぎはダメですよ」

「大丈夫です。『腹が減っては戦はできぬ』です。むしろ、ここは食べておくべきです」


 エリカに注意されてもどこ吹く風だった。

 本当にしょうがない奴だ。


 それで、食事を終えた俺たちは、今ここで待機しているというわけだ。

 ちなみにここの費用はギルド持ちだ。

 なぜならここへは仕事で来ているからだ。


 コン、コン。


「失礼いたします」


 部屋の入り口をたたく音がして、誰かが入ってくる。


「女将でございます」


 宿屋の女将さんであった。


「ホルスト様、お客様がお見えになられております」

「わかった。すぐに行く」


 俺たちは女将さんの案内で外に出た。

 女将さんに付いて宿屋の入り口まで行くと、1台の馬車が止まっていて、横にはタカノリさんが立っていた。


「ホルスト殿。長らくお待たせした。では、これからご案内するので、御同道願いたい」

「心得ました。お願いします」


 俺たちは宿屋を離れた。


★★★


「ギルドマスターのタカノリである。皇王陛下のお呼びにより参上した」

「タカノリ様ですね。連絡は受けております。お通りください」


 馬車の窓を開け、門番の兵士とタカノリさんがそんな会話をすると城門が開かれる。


 俺たちが向かった先。それはこの国の宮殿であった。

 正門ではなく裏門からこっそり入ったのだが、そこは宮殿。裏庭もかなり広く、立派だった。

 門のすぐそばにある駐車場に馬車を停めてから歩いて行ったのだが、中々目的地に着かなかった。


 なんで偉い人の家って無駄に広いんだろうか。

 俺はそんなことを考えながら、淡々と歩く。


 そう言えばここほどではないがエリカの実家も広かった。

 前にも言ったと思うが、エリカの実家はヒッグス一族の本家である。

 それと同時にヒッグスタウン周辺の領主でもあった。

 しかも、領地を持っているのに爵位を持っていないという変わった家である。


 これは以前にも言った通り始祖であるヒッグス様の思想が影響しているからであるが、爵位を持っていないにもかかわらず王国での地位は高かった。


 当主は代々『王国筆頭魔術師』を名乗ることを許され、王宮では公爵家並みの待遇を受けていた。

 多数の魔法使いを育成し召し抱え、王国各地に派遣し活動さている上、魔道具の生産をほぼ独占し莫大な富を得ていた。

 おまけに王国各地に魔法学校を建設し、在野の魔法使いの発掘などにも力を入れていたりする。

 今や王国ではなくてはならない存在となっていた。


 それだけ力のある家なので、貴族連中からの婚姻の申し込みも多いのだが、魔法の才能を持つ者を多く輩出するために、一族同士で結婚することが多かった。

 魔法の才能は遺伝によるところが大きいからだ。


 かくいう俺も魔力が高いのを見込まれてエリカと婚約したりもしたのだ。

 まあ、昔の俺は魔法を使えないポンコツだったので婚約破棄されちゃったけどね。


「お待ちしておりました」


 そんなことを考えているうちに目的地に着いたようだ。


 ある建物の前で役人が出迎えてくれた。


「ご案内しますのでこちらへどうぞ」


 俺たちは役人の案内で建物の中へと入って行った。

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