第43話~皇子誘拐~

 俺たちが通されたのは『茶室』と呼ばれる部屋であった。


 それほど広くはないが、床には畳が敷き詰められており、部屋の中央には茶を飲むための窯が置かれている。

 壁際には棚のような段違いの空間が設けられており、そこには書画が飾られている。

 ちょっと変わった部屋だが、この国では偉い人の家にはこのような部屋があるものらしかった。


 茶室には先客がいた。

 紫色の高価そうない服を着て、豪華な冠をかぶっていた。


「皇王陛下でございます」


 案内の役人がそう説明してくれた。


「皇王陛下におかれましては、ご機嫌麗しゅうございます」


 俺たちは先程役人に指示されていた通りに床に座り、挨拶をして、手をつき、頭を下げる。


「堅苦しい挨拶はよい、ここは公式の場ではない。朕ももっと気楽に話したいと思う。さあ、頭を上げるがよい」


 皇王陛下のお許しが出たので、俺たちは頭を上げた。

 窯を挟んで対面に皇王陛下の姿が確認できる。

 皇王陛下はがっちりとした体格の中年男性で顎髭が立派な人物だった。


「朕はフソウ皇国皇王ヤストシ20世である。それで、タカノリよ。この者たちがそうなのか」

「その通りでございます。皇王陛下」


 皇王陛下の諮問にタカノリさんが答える。


「この者たちこそ陛下の求める強者にございます。必ずや陛下のご期待に添える人物であると存じます。実績も十分でございますし」

「ほう。それは、どのようなものか」

「はい。この者たちはかつてヴァレンシュタイン王国を襲った10万の魔物の軍団とそれを率いていた邪悪なリッチーを滅ぼしております」

「10万の魔物の軍勢にリッチーだと!10万の軍勢だけでも大したものだが、リッチーと言えば英雄譚に出てくるような凶悪な魔物ではないか。それを滅ぼしたというのか」


 皇王陛下の目が見開かれ、視線がフワフワと俺たちの上を行き来している。


「間違いございません。多くの者がその現場を目撃しております。更に」

「まだあるのか」

「はい。この者たちはここへ来る途中、ガイアスとナニワの町の間の海で、海の主の危機を救っております」

「海の主と言えば神話に出てくる伝説の神獣ではないか。海の女神セイレーン様が我が国周辺の海を守るために遣わしてくれたという、あの」

「その海の主でございます。この者たちはその海の主が暴れているのを鎮め、正気に戻したそうにございます。これも多くの目撃者がおり、ナニワの町周辺では噂になっているとのことです」


「うむ、理解した。確かにこの者たちならば朕の要望をかなえてくれそうではあるな。しかし、たった4人か。人数的には少なすぎではないか」

「確かに少ないかもしれませぬが、今回の任務には隠密性が求められます。私はむしろ少数精鋭、一騎当千の強者を向かわせる方がよろしいのではないかと存じますが」

「なるほど、そういう考え方もあるか。……よし!朕は決めたぞ。この者たちに任せるとしよう」




 そう決断すると、皇王陛下は俺の方へ顔を向け、声をかけてくる。




「して、その方、名は何と申すのだ」

「ホルストでございます。皇王陛下」

「ホルストか。よい名であるな。では、ホルストよ。依頼について話しあおうか。まずは現状から話すとしよう」


 そう言うと、皇王陛下は今回の依頼について話し始めた。


★★★


「3日前のことである」


 皇王陛下が現在の状況について話し始めた。


「我が子アキラは中庭で遊んでいたのだ。むろん、周囲にはおつきの侍女や侍従、護衛の騎士もいた。そこに一陣の風が吹いた。強烈な突風で、その場にいた全員が一瞬だけ目を閉じた。そして、風が止み、全員が目を開けた次の瞬間、我が子の姿は消えていた」


 皇王陛下は話しつつもどこか興奮を抑えられないのだろう。唇をギュッと嚙んだ。


「その後、宮殿中の者を総動員して皇子の行方を捜索したのだが、皇子の行方は全くつかめなかったのだ。ほんのわずかな手がかりすらも手に入らなかった。朕と皇妃は心配で飯ものどを通らぬほどであった」

「それは、ご心中お察しします」

「そんなわけでずっと手詰まりであったのだが、昨日の夜になってこんな物が届けられた」


 皇王陛下が懐から何やら取り出した。


「皇王陛下。これは手紙ですか」

「その通りだ。許可するので読んでみよ」

「はっ」


 俺は手紙を受け取り、読んでみた。

 手紙には次のようなことが書かれていた。


『皇子は預かった。皇子を返してほしくば、宮殿の地下にあるアレを差し出せ。差し出す気になったなら、大神社の拝殿の前にそれを置け。猶予は2週間だ』


 俺は手紙を読み終わると、皇王陛下の方を再び向いた。


「つまり、皇子殿下を攫った首謀者どもの目的は、何かこの宮殿にあるものということですか」

「その通りだ。これは、話そうかどうか悩んでいたのだが、そなたたちならば信頼できると朕は確信した。目を見ていればわかる。そなたらの目は秘密を話すに値する者の目だ」


 そこまで言った皇王陛下は、立ち上がると俺たちのそばまで近づき、小声でささやくように話し出した。


「この世に1本の鍵がある。それが我が宮殿の地下に封印されておる」

「鍵ですか」

「そうだ。鍵だ」


 皇王陛下の声が一段と小さくなる。


「『アルキメデスの鍵』という。何の鍵か詳細は不明だが、一説によるとこの世の災厄を封じ込めているらしい」

「災厄ですか」

「うむ。何でも我が皇家の初代が女神アリスタ様より預かったそうだ。伝承によると、『厳重に封印しなさい』と頼まれて、預かったと伝えられている」

「アリスタ様からですか」

「そうだ。以来、宮殿の地下に厳重な封印を施して守っておる」


 このことは本当に厳重な秘密なのであろう。話している皇王陛下の額には脂汗が浮かんでいた。


「皇子のことも心配ではあるのだが、皇王としてこの鍵を外へ出すわけには断じていかぬ。万が一この鍵が外へ出てしまっては世界が滅んでしまう可能性がある。それだけは何としても阻止せねばならぬ。だから、朕としてはきゃつらめに鍵を渡す気はさらさらない。だが、親としては皇子を助けてやりたい。だから、こうして夜も眠れぬ日々を過ごしておる」


 皇王陛下のこの気持ちはなんとなくだが、よくわかる。


 俺にはまだ子供がいないが、エリカとは絶賛子作りの最中である。

 もし、そうやって二人が愛し合ってできた子供が、皇子殿下の様な目に遭わされたらと考えると、……とても放置して置けるものではなかった。


 だから、俺は皇王陛下の問いかけにイエスと答えた。


「のう、ホルストよ。そなたの力で、どうにかして皇子を助け出してくれぬか」

「承知しました。微力ながら全力を尽くさせてもらいます」

「よろしく頼む」


 皇王陛下が手を差し出してきた。

 俺はその手をがっちりと握り返した。

 これで契約は成立したのであった。


★★★


「それで、皇王陛下。皇子殿下の行方について何か手掛かりなどはないのでしょうか」

「それなのだがな。ホルストよ。実は今日の昼過ぎに情報が入ってきたのだ」

「それはどのようなものでしょうか」

「この国には『火の山』という聖域がある」


 そう言うと、準備のよい皇王陛下は1枚の地図を取り出し、その中の1地点を指し示した。


「今日の昼間、こちらの方へ怪しげな集団が向かっているという目撃情報が入った。今のところ有力な情報はこのくらいである」

「『火の山』ですか。して、そこはどのようなところで」

「火の山は先ほども言った通りこの国の聖域だ。アリスタ様が使わされた神獣が棲む聖なる場所とされ、下手に入ると神獣様の怒りを買い、国が亡ぶと言われておる。よって、禁忌の地とされ立ち入り禁止となっておる。最も、神獣の怒りを恐れて、我が国の者で立ち入ろうとする者など誰もおらぬがな」


 なるほど。大体事情は理解した。


 俺は皇王陛下を見て、コクリと頷く。

 それを見て皇王陛下も頷き、話を続けた。


「そんな場所であるがゆえに、目撃情報があってもだれも調査に行こうと手を上げず、朕も困り果てておったのだ。そんなところにそなたたちが来てくれた。朕はこれを天の配剤と思って居る」

「もったいなきお言葉。このホルスト全力を尽くさせてもらいます」

「うむ。よろしく頼む。では責任者を読んであるので細かい打ち合わせをしようかの」

「皇王陛下!」


 さて、これから打合せをしようというときになって、そいつは突然現れた。


★★★


「皇王陛下!」


 ドンと荒々しく茶室の扉を開けて中へ入ってきたのは、恰幅のいい中年の男だった。

 顔は何というか豚の様に丸々としていて、油が顔に浮いている。目の色も濁っていて醜悪そのものだ。


「大臣閣下!陛下は今謁見中ですぞ。お許しもなく入ってくるとは無礼ですぞ」


 どうやら入ってきたのはこの国の大臣のようだ。

 だが、大臣は役人の静止を聞いて自分の行いを反省するどころか、逆に怒り始めた。


「小役人風情が!このワシに意見するなど100年早いわ!」

「いや、しかし」

「黙れ!貴様のような奴など、明日にでも免職してやるわ!覚悟して置け!」


 何なんだろう。この大臣!

 どうしてここまで自分の地位を利用して他人に圧力をかけたりするのだろうか。

 まるで物語にでも出てくるような悪徳大臣を絵にかいたような奴だ。


 気に食わない。

 俺も何か言ってやろうと思い口を開きかけた。


 しかし、俺が何かを言う前に皇王陛下が間に入ってきた。

 皇王陛下も大臣の言動に腹が立っているのだろう。態度に怒りの感情がこもっているのが見て取れた。


「いい加減にせぬか!大臣!その者は職務に忠実なだけである。その行為を咎めるなど、上の立場にあるものとしてあってはならぬことであるぞ!」


 皇王陛下にそう注意されたものの、大臣はふてぶてしい態度を崩そうとしなかった。

 怒ってきた皇王陛下を睨むように見る。

 だが、皇王陛下に言われてさすがにバツが悪いのだろう。

 渋々皇王陛下の意見を認める。ただし、決して謝罪しない。


「皇王陛下がそうせよおっしゃられるのならそうするとしましょう」


 あくまでも自分の非を認めるのに留めるのだった。皇王陛下も諦めているのかそれについて追及しなかった。


「そうか。理解してくれたのなら、それで構わぬ。しかし、そなたはどのような理由で朕の話し合いを邪魔するようなことをしたのだ」

「それなのですが、陛下」


 大臣は皇王陛下に対しても鷹傲岸不遜な態度を崩さず、俺たちと皇王陛下の間にドカンと座り言う。


「恐れながら、皇王陛下。皇子殿下の捜索をどこの馬の骨ともわからぬ冒険者どもに任せるとはどういうことですか」


 馬の骨……だと?


 あまりの言い草に俺はイラっと来た。


 思わず口から文句を吐き出しそうになったが、ぐっと堪えた。

 なぜなら、俺の後ろにいた女性3人が俺の服をこっそりと、それでも力強くつかんで俺に暴発するなと無言で言っていたからだ。


 確かにこんなのでも大臣だ。

 ここで文句を言ったりするのはまずかった。


 俺は内心の怒りを抑えつつ、皇王陛下と大臣のやり取りを見守るのみであった。


「馬の骨……とは失礼であろう。大臣。この者たちは実績確かな冒険者たちである。それを見込んで朕は皇子の捜索を頼むのだ。であるのに、反対するとは。それは朕の考えを否定するに等しい。少し、朕に対しても無礼であろう」

「それは誤解ですぞ」


 皇王陛下に注意されても、大臣は態度を改めるどころか、むしろより傲岸不遜になる。


「私は、皇国の将来を心配したにすぎませぬ。このような者たちに任せて失敗したとなれば、陛下の恥、ひいては国の恥となりましょう。となれば、民の心が皇室から離れるやもしれません。私はそれを心配しておるのです」

「それでは、そなたはこのまま見ていろと申すのか」

「いや、いや。そのようなことは申しませぬ。ただ、もう少し国のためを思った行動をしてほしいと思うだけです」

「ふむ、大臣の考えは一応理解した。では、もう下がるがよい」

「では、ごめん!」


 皇王陛下に促された大臣は退出した。


 本当にかき乱すだけかき乱してくれて迷惑な奴だった。

 大臣のせいで皆疲れてしまって、しばらく部屋の中を沈黙が支配したが、やがて気を取り直すと、話し合いが再開されるのだった。

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