閑話休題6~淑女協定~

「やっと着いたな」


 魔物の砦を落としてから2日後。


 モンスターの砦を落とした俺たちは”タカタの町”に到着した。

 タカタの町はナニワの町と皇都を結ぶ街道の途中にある町である。


 モンスター砦攻略の依頼は元々この町から出たものであり、


「皇都に行く予定でしたら、タカタの町のギルドに報告したのでもいいですよ」


という話だったので、ナニワの町に帰らずこちらに寄ったのであった。


「それでは行ってくる」

「気を付けて行ってきてくださいね」


 ギルドには俺一人で行くことになった。

 エリカたち3人は疲れたので休みたいらしく、茶屋でのんびりしたいとのことだったので、俺が引き受けたのだ。


 戦闘の様子を報告したり、残敵掃討のことを頼んだりと色々やることが多いが、別に難しい仕事ではない。

 俺一人でも十分だ。


 このところ働きづめだったので、エリカたちにもしっかり休んで欲しいし、ここは俺が頑張るべきところであろう。

 こうして俺は一人でギルドに向かうのであった。


★★★


「やっと旦那様抜きでお話ができますね」


 テーブルの上に置かれたお茶を口に含みながらエリカが話を切り出した。

 喋りながらもエリカは目の前のヴィクトリアとリネットから決して目を離さなかった。


「先に言っておきますけど、正直に話さないと話はここで終わりですからね」


 いつにないエリカの醸し出す雰囲気にヴィクトリアとリネットはすっかり委縮してしまい、ただじっとエリカの話を聞くのみである。


「あなたたち二人、私の旦那様に気がありますよね。隠しても無駄ですよ。花火大会の時も妙にべたべたしていましたし、魔物の砦で空を飛んだ時も引っ付いてきましたよね」


 エリカは単刀直入。一直線に切り込んできた。


「さあ、どうなんですか。ちゃんと話してもらいますよ」


 エリカの気迫にタジタジの二人は、恐る恐る自分の思いを口にするのだった。


「はい、ワタクシはホルストさんのことが好きです」

「あ、アタシもホルスト君のことが好きだ」


 二人の思いを聞いたエリカは、もう一度お茶を口にすると、二人をじろっと見つめ、今度は自分の思いを口にする。


「なるほど。あなた方の思いは理解しました。私は人が誰を好きになるかは自由だと思っています。現に私も旦那様のことが好きになり、一生添い遂げようとしてこうしてついて来たのです。だから、あなた方が旦那様を好きだというのならその思いを尊重しましょう。ですが」


 二人を見つめるエリカの視線が鋭くなる。


「ですが、旦那様は私という妻がいる身です。それにもかかわらず、あなた方二人が割り込もうとするのはどういう了見ですか。そこのところをはっきり聞かせてください」


 エリカの問いかけにヴィクトリアとリネットの二人が答える。


「その点については前にもリネットさんと話したのですが、ワタクシたち二人、ホルストさんがエリカさんのものだというのはわかっています。それは尊重するつもりです。だから、エリカさんからホルストさんを奪おうとはこれっぽっちも思っていません」

「ただ、できればホルスト君の横にほんの少しでいいからスペースを作って、アタシたち二人をそこにおいて欲しい。そう思っている」


 以前、温泉で二人の気持ちが露呈した後、二人は話し合ってそう決めたのだった。


「ふーん。そうですか。ほんのちょっとでもいいから、旦那様の側にいたい。私と旦那様の仲を裂くつもりはない。そういうことですか。それにしては最近私に断りもなく旦那様に接近しようとしてましたね。それについてはどういうつもりだったのですか」

「ごめんなさい」

「申し訳ない」


 ヴィクトリアとリネットは同時に頭を下げた。


「ワタクシたち、ホルストさんとエリカさんの仲があまりにもいいので羨ましくなってしまって」

「一応、自重しようとはお互いに言っていたのだが、船旅だとか祭りだとか浮かれる行事が続いて、その……つい気持ちが弾んでしまって。本当に申し訳ない」

「本当にごめんなさい」


 もう一度二人は深く頭を下げるのであった。

 それを見たエリカはうんうんと頷く。


「まあ、ちゃんと反省しているというのならば、私もあなたたちのことを許しましょう」

「ありがとうございます」

「ありがとう」

「こちらこそあなた方が本当の気持ちを話してくれてよかったと思いますよ。せっかく仲良くなれたのに、ケンカ別れというのも悲しいですからね。それでは、これからのことを話しましょうか」


 そこまで言うとエリカの二人を見る視線が幾分優しいものになった。


「お二方が私から旦那様を奪う気がなく、それでも旦那様の側にいたいということの意味は、私を正妻として立て、側室として旦那様を支える。そういうつもりだと理解して構いませんか」

「はい、構いません」

「同じく」

「側室となる以上は、旦那様の子を産み、育て、旦那様や子孫たちを盛り立てていく。その覚悟はありますよね」

「はい」

「当然だ」

「あなたたちの気持ちは受け取りました。いいでしょう。あなた方のことを歓迎します」


 そう言うとエリカはにっこりと笑った。

 エリカの許しを受けて、ヴィクトリアとリネットの二人もほっとした表情になった。


「ただし、身内となる以上はいくつか決まりは守ってもらいますよ」

「決まりですか?」

「そうです。家庭内に余計ないさかいを持ち込まないための決まりです。ちゃんと守ってもらいますよ」


 そう言うと、エリカは一度立ち上がった後、椅子に座り直し、改まって二人に決まりとやらを告げる。


「まず、あなたたちが旦那様にアタックしたいとおっしゃるのなら、しても構いません。ただし、時と場所を考えてください。特に私の前でするのはなるべく控えてくださいね。絶対にするなとは申しませんが、私、こう見えて焼きもちを焼くタイプなので」

「それはエリカさんがいないときは何でもありということですか」


「それは……何と言いますか……ご自由にと、しか。まあ、旦那様は二人きりになるとかなり積極的になるし、本人は気が付いていないようですが、旦那様はあなたたち二人のことも憎からず思っているみたいですので、そういう状況をうまく作れば、自分から行かなくても、向こうからいろいろ手を出してくれと思いますよ。まあ、旦那様にあなたたちの気持ちを気付かせるのに苦労するでしょうが、そこはうまくやってください。ただ、最初から女性の方からがっつかれるのは旦那様の好みではないので、その点は注意した方がいいですよ」


 エリカは言っていて自分でも恥ずかしくなったのであろう。顔を真っ赤にしていた。

 聞いているヴィクトリアとリネットも同様だったようで、彼女たちの顔も真っ赤かである。


「とにかく、旦那様と二人きりの時は自由にやってもらって構いませんが、子作りをするときは順番は守ってください」

「順番?かい?」

「そうです。私に跡継ぎの子ができるまでは子作りは控えてください」

「跡継ぎ……ですか?」

「そうですよ。あざといと思われるかもしれませんが、その辺はきちんとしておかないといけません。


旦那様ほどの立派なお方になると、その辺のことで揉める可能性がどうしても高くなってしまうのですよ。言っておきますが、私は自分の子供たちが骨肉の争いをする様など見たくはありませんからね」

「それはワタクシもです」

「アタシもだ」


 3人は顔を見合わせながら、うんうんと頷きあう。


「その間、多少あなたたちには待ってもらうことになるでしょうが、心配しないでください。私、必ず、最初に旦那様の後継ぎとなる立派な男の子を産んで見せますから。その後は3人で旦那様の子供をたくさん産みましょう。何なら3人で一斉に産んで、一気に子供を3人増やして旦那様をからかってみるのもよいかもしれません」

「それはいい考えですね」

「今から、ホルスト君が慌てふためくさまが目に浮かぶね」


 エリカのその発言を聞いて3人がクスクスと笑う。


「決まりはそのくらいなのですが、最後にもう一つ言っておくことがあります」

「なんですか?」

「なんだい?」

「それは私たち3人以外の女が旦那様に近づいてこないように、協力しましょうということです」


 エリカがテーブルの上に置かれた手をぎゅっと握る。


「あなたたちも知っているように旦那様はものすごくモテるのです。本人は自分は普通で女の子にはあまりモテないと思っている上に、女の子の気持ちに鈍いので全く気が付いていませんが」

「そういえば、この前も女の子に道を聞かれているのを見たね。ホルスト君自体は淡々と対応していたけど、女の子の目には確かにハートマークが浮かんでいたね」

「まあ、ホルストさんって女の子にもてる条件をそろえていますからね。背が高くて、強くて、お金も稼げて、見てくれも悪くないですし、いざという時には頼りになる人ですからね。普通の女の子なら放っておかないですよ」


 3人はうんうんと頷きあう。


「ここはワタクシたち3人で協力し合うとしますか」

「賛成だな」

「皆さんも私に賛成していただけるようですね。それでは協力していきましょう」


 3人はがっしりと手を取り合った。


「それでは、堅苦しい話はこのくらいにして、旦那様が帰ってくるまではまだ時間がかかるようですし、後は女子会でもして楽しく過ごしましょうか」

「賛成です」

「うむ、心得た」


 こうして、エリカ、ヴィクトリア、リネットの間に淑女協定が成立したのであった。


 なお、この後3人はホルストが戻ってくるまで心行くまで女子会を楽しんだのであった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る