第39話~神様のお使い?~

祭りの翌日は、この国の皇都に行くための準備に当てた。


 まずは食料品からだ。


「肉のみそ漬け?」


 旅の途中の保存食を買いに行くとそんな物が売っていた。

 なんかすごく気になる。


 店員に聞くとミソとかいうこの国特有の調味料であるみそで作った保存食ということだ。


「一つ焼いてみましょうか」


 店員さんはそう言うと一枚肉を取り出して焼いてくれた。

 何というか、とても香ばしい香りが周囲に広がり、食欲がわいてくる気がする。


「どうぞ」


 店員さんが焼けた肉を差し出してくる。


「どれどれ」


 口に入れてみる。


 ミソの濃厚な味が口の中に広がる。


 結論を言おう。滅茶苦茶うまい!


 普段旅の途中で口にしている干し肉やら肉の塩漬けよりもはるかにおいしい。

 惜しむらくは干し肉や塩漬けよりも多少日持ちしにくいらしいことだが、うちにはヴィクトリアがいる。


 あいつの収納リングに入れておけば腐らない。

 そんなに問題にならない。


「これは、癖になりそうな味ですね」

「おいしいですう」

「大豆でできた調味用で作った料理か。お土産にいいな」


 女性陣にも好評のようである。


 俺の心は決まった。もう迷いなどない。

 ここは大人買いの時間だ。


「30樽ほどください」


★★★


 肉のほかにもいろいろと食料品を買いあさった俺たちは店を出た。

 店を出て買った物をヴィクトリアの収納リングに入れる。


「ヴィクトリアちゃんのマジックアイテムはたくさん入っていいなあ」

「それほどでもないです」


 リネットさんに褒められたヴィクトリアがうれしそうにする。


 まあ、こいつのリングは神器だからな。人間が作ったマジックバッグなど比較にもならないくらい入った。

 おかげでずいぶん助かっているので、その点はヴィクトリアに感謝している。


 店では共通の食料品以外に個人的に買ったものもあるのでそれらは各自が自分のマジックバッグに入れる。

 俺やヴィクトリアやリネットさんなどは自分用のおやつを買っていたのでそういうものを入れている。


 そんな中、エリカは本を何冊か大事そうにバッグに入れている。


 この国の料理の本だ。


 食料品コーナーの横に置いてあったのをエリカが目敏く見つけ、買い求めたのだった。

 本にはもちろんこの国の料理の方法が書かれているのだが、エリカが買った本の中にはミソなどの調味料の作り方が書かれた本もある。


 何でもこの国には自家製の調味料を作る家庭が多いらしく、こういう本がよく売れるらしかった。

 エリカもノースフォートレスに帰ったら作ってみるつもりのようで、


「楽しみにしてくださいね」


と、俺たちに宣言している。


 この国の料理はおいしいものが多いからな。

 本当に今から楽しみだ。


 食料品の次はポーションなど道具類の補充だ。


 俺たちは次の目的地に向かって歩き始めたのだが、しばらく歩くと、ヴィクトリアが立ち止まり、おもむろに腕をあげピタリとあるものを指し示す。

 そこには、『お茶処 祇園屋』と書かれていた。


「なんだ。お腹が空いたのか?」


 コクリとヴィクトリアは頷く。


「はい。朝、あまり食べなかったもので」

「?」


 俺は一瞬こいつの言っていることの意味が分からなかった。


 あまり食べてない?確か、こいつは米とかいうこの国の主食を一人で5杯も食っていたような気がするのだが。

 あれは俺の見間違いだったのだろうか?


 まあ、朝から買い物のために動き回って、腹が減ってきたところだったのでちょうどよいが。


「じゃあ、何か食ってから行くか」

「はい」


 俺たちは茶屋へと入った。


★★★


 この店もちょっと変わっていた。軒先に長椅子が並べられていて、その上で食べるスタイルだったのだ。


「普通はテーブルとか置いておくものじゃないのか」


 俺はぼやいたが、それがこの国で一般的なスタイルだというのだから仕方ない。

 そもそもこの国が自分の国と変わっているのは十分見てきた。

 今更言っても仕方がないので、素直に受け入れるしかない。


 慣れるしかないのである。


 店に入って注文を済ませるとすぐに品物が出てきた。

 どうやら作り置きしているらしい。


 串に刺さった団子というお菓子が皿にてんこ盛りで出てきた。

 一応種類ごとに皿は分けられている。


 その中から俺が選んだのは。


「このみたらし団子というのは甘くてうまいな。香りもいいし」


 みたらし団子という団子であった。

 これがこの国のフソウ茶とかいうお茶と非常に合う。

 俺は立て続けにみたらし団子を食った。


「みたらし団子。最高ですよね」


 ヴィクトリアも気に入ったらしく、みたらし団子をほめているが微妙に説得力がない。

 というか、みたらし団子と草団子を一緒に口に入れるな。味がわからなくないか?

 まあ、この大食いの味音痴は置いておくとして、他の二人にもここの団子は好評なようだ。


「アタシはこの醤油団子がいいな。何と言っても香りが香ばしいのがいい」

「私はこのあんこのついた団子ですね。食感が好みですね」


 二人ともそう言いながら笑顔で団子を食べている。

 彼女たちのこの顔を見られただけでも寄ってよかったと思った。


「ご注文のいなりずしをお持ちしました」


 俺たちが団子を食していると、店員さんが追加の商品を持ってきた。


 そんなもの頼んだっけ?

 俺が首をかしげていると、すぐに犯人が名乗り出た。


「はい、は~い。ワタクシが頼みました」


 頼んだのはヴィクトリアだった。


「ヴィクトリアさん、あなた今もお団子を大量に食べたのに、そんなに食べても大丈夫ですか」

「大丈夫ですよ。エリカさん。もし、食べられそうになかったらお持ち帰りすればいいんですよ」


 そう言うとヴィクトリアは山盛りに盛られたいなりずしの山から一つ掴み取ると、満面の笑みを浮かべながら口へ入れた。


「うん、おいしいです」


 本当にこいつは食べるときだけは実にいい笑顔になる。

 そんなヴィクトリアを見ていると俺も何だか食べたくなってきた。


 一つ食べてみる。

 結構うまかった。


 お酢の酸っぱさとほのかな甘みが混ざった味は新鮮な感じがする。

 この甘いお揚げとかいうものもおいしい。


「あら、これもおいしいですね」

「うん。いけるな」


  いなりずしもエリカとリネットさんにも好評なようで、最後は全員で貪るように食うのであった。


★★★


 結局いなり寿司は食いきれなかった。

 その前に大量の団子を食べていたのだから当然だ。


「すみません。残った分はお持ち帰りにしてください」

「畏まりました」


 残った分は店員さんに頼んで折に詰めてもらった。


 さて、腹も膨れたことだし買い出しの再開である。

 ナニワの港町はこの国で1,2を争う海港都市であり、職種ごとに店が集まって商売をしている。

 簡単に言えば、たくさんの店が集まって、武器屋街、道具屋街などを形成しているのだ。


 俺たちはそれらを1つ1つ回って必要なものを集めていく。


 それぞれの場所へ行けば、武器屋街なら武器が、道具屋街なら道具が大抵揃うので効率が良い。

 ただ、店が多すぎるともいえるので、目移りがしていけないというのはある。


 もっとも女性陣にはそれが楽しいようで、店をくまなく回っては、


「これ、かわいいです」

「これ先程の店より2割安くてお得ですね」

「このポーション、ノースフォートレスだと貴重だけど、ここにはたくさんあるな。ギルドの皆に買って帰ってあげるか」


と、大はしゃぎである。


 俺も地元では見たことがない武器などを見られて満足だ。

 この刀とかいう武器は刃の紋様がきれいでいいな。

 一つ買って、部屋にでも飾っておくといいな。


 そんなこんなで買い物をしているといつの間にか夕方になっていた。


「大体、必要な物は買ったな?」

「はい、旦那様。大体揃ったと思います」

「よし、それじゃあ、宿屋のおかみさんが言っていたことをしていたことをして帰るか」


 買い物を終えた俺たちは次の目的地に向かう。

 行先は昨日の夏祭りでお参りした神社だ。


 何でも宿屋の女将さん曰く、ここでは町を離れるときに神様に旅の無事を祈願するのが習わしなのだそうだ。


 俺たちは旅の途中でもあるので今更という気もするが、折角女将さんが勧めてくれるので行くことにしたのだった。


 神社に着くと、昨日と同じように拝殿に行き、


「どうか、無事に旅を終えられますように」


 そんな風に祈願する。


 お祈りが終わると少し休憩してから帰ろうということになり、拝殿のすぐ近くの長椅子に全員で腰を下ろした。

 みんな朝から歩き回ったせいで疲れているのだろう。椅子に座ると途端に脱力し、だらんとする。


 しばらくはみなそのままだらだらと過ごしていたが、そのうちに椅子の後ろの草むらからカサカサと音がするのが聞こえてきた。

 見ると、小さな白狐がちょこんとお行儀よく座りこちらを見ていた。


「うわあ、かわいいです。こっちにおいで」


 そう言いながら、ヴィクトリアは白狐に近づくと、頭をなでなでしてやる。


 そんなことをしたら逃げ出すんじゃないか。

 俺はそう考えながらヴィクトリアのことを見ていたのだが、俺の意に反して、白狐はヴィクトリアに撫でられるに任せている。

 それどころか、終いには仰向けになり、腹を見せ、服従のポーズをとる始末だ。


「そうだ、いいものをあげますよ」


 すっかり機嫌のよくなったヴィクトリアは収納リングからあるものを取り出す。


「残り物で悪いけど、これをあげるから、お食べ」


 それは昼に食ったいなりずしの残りだった。


 ヴィクトリアは折から1個いなりずしを取り出すと、すぐ側にある石灯篭の上に置いてやる。


 白狐はいなりずしを見ると、むくりと起き上がり、目を輝かせながら、置かれたいなりずしに食らいついた。

 それはそれは見事な食いっぷりだった。


「へえ、豪快に食べるね。この子はいなりずしが好きなのかな」

「ええ、狐はみんなおいなりさんが好きですよ」

「そうなんだ。じゃあ、アタシもやってみようかな」


 ヴィクトリアの話を聞いたリネットさんも狐の目の前にいなりずしを置いてやる。


「コーン」


 白狐はいなりずしを見るとそんな風に喜びの声を上げ、再びいなりずしに食いつくのであった。


 その光景を見てエリカが何だかそわそわしだした。

 これは自分もやってみたいと考えているのだと俺は思った。


 ただ、ちょっと出遅れてしまったので後出しジャンケンみたいで言い出しにくいのだろう。それがこの態度に表れている。

 普段は大人びた態度を崩さないのに、たまにこんな子供っぽい態度をとるエリカはとてもかわいらしい。


 俺はエリカの背中を押してやることにした。


「お前も遠慮せずにやったらいいじゃないか」

「でも、……そうですね。やってみます」


 俺に言われたエリカはパッと笑顔になると、早速白狐にいなりずしを差し出すのだった。

 もちろん、白狐はそれも遠慮せずに食う。


 ガツ、ガツ。


 相変わらずのいい食いっぷりだが、いなりずしを3つも一気に食ったことで腹が膨れたのだろう。

 エリカの分を食い終わると、地面に這いつくばるように横になった。


 それを見て女性陣が白狐を撫でまわしにかかる。


「モフモフで気持ちいいです」

「野生の狐がここまで大人しいなんて、すごいですね」

「昔、家で飼っていた猫を思い出すな」


 女性陣、大歓喜である。

 白狐もそこはよくわかっているようで、餌をくれた3人に対して抵抗することなく、目を閉じ、気持ちよさそうにしている。


 というか、人に慣れすぎじゃね?

 まあ、こんな町中にいる狐何だから、人に餌をもらったり、触られたりするのに慣れていても不思議ではないのかもしれないが。


 そこまで考えてからふと思う。


 そう言えば、白い動物は神の使いだとかヴィクトリアが言ってたな。ということは、こいつも。


 俺はヴィクトリアを見た。


 狐が本当に神の使いだとすると一番用事があるのはこいつだろう。

 なのにこいつは無邪気に狐を撫でて喜んでいる。

 実に滑稽だ。


 それから30分ほどで狐はいなくなった。

 最後にこちらを振り返り、会釈するように頭を下げてから去って行った。

 やはり、普通の狐にしては賢すぎる。俺は自分の考えに確信を持った。


「楽しかったですね」


 3人とも非常に満足気であったので、この時俺は自分の考えを言えず、楽しそうに狐について

話している3人を横目に見ながら宿に帰るのであった。


★★★


 ちなみに宿屋に帰ってからヴィクトリアにその話をしてやると、非常に驚いた顔になり、


「えっ、もしかして、ワタクシこっそり監視されたりしてます?」


と、目をパチクリさせていた。


 今頃気付いたのか。このマヌケめと俺は呆れるしかないのであった。

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