第38話~納涼花火大会~

 結局、3人分のぬいぐるみを取るのに輪投げを30回ほどしてしまった。


 輪投げの挑戦料が1回銅貨3枚で、合計銅貨90枚。

 で、3人が持っているぬいぐるみが1個せいぜい銅貨7,8枚というところであろうから、合計で銅貨20数枚。

 うわ、輪投げ屋ぼろ儲けだな。


 まあ、3人の喜ぶ顔が見られたから良しとするか。


 ちなみに、ヴィクトリアは白狐、リネットさんは白猫のぬいぐるみを選んだ。

 二人ともエリカ同様ものすごく喜んでくれた。


 そこまでかわいいぬいぐるみでもないような気がするのだが、そんなにうれしいものなのだろうか。

 愛嬌のある顔をしたぬいぐるみではあるのだが。

 本当、女の子の感性はよくわからんが、喜んでくれて何よりだ。


 輪投げの後は金魚すくいに挑戦した。

 今度は俺だけでなく全員が挑戦した。


「ダメだ。また破けた」

「これは中々難しいですね」

「ああん。また失敗です」

「うまくいかないものだな」


 誰も一匹も取れなかった。


 4人で合計20回はやったと思うが、それでも1匹も取れなかった。

 大体こんな紙製の網で魚など本当に掬えるものなのだろうか。

 疑わしくなってきた俺は金魚すくい屋の主人に思い切って聞いてみた。


「おじさん、この紙のやつで本当にこの魚を掬えるんですか」

「兄ちゃんたち、さっきから見てたけど1匹も掬えてないねえ。よし、たくさんお金を使ってくれたことだし、おいちゃんがコツを教えてやるからよく見てな」


 そう言うと、店主は紙のやつを手に取り、俺たちの目の前でひょいひょいと金魚を掬って見せた。


「この紙のやつ、”ぽい”ていうんだが、ぽいで横から金魚を掬うのがコツかな。後、壁際のあまり逃げ道のない金魚を狙うのがいいよ」

「なるほど」


 コツを教わった俺たちは俄然やる気を出した。


 いや、出さされたという方が正解だろう。


 その後、各々1匹ずつ金魚を掬うことには成功したのだが。


「結構、お金使っちゃいましたね」


 結局、4人で合計50回もやってしまったのであった。


「まいどあり~」


 金魚すくい屋のおじさんは俺たちを快く送り出してくれた。

 50回もやってくれた上客だから当然と言えば当然だ。

 おじさんは透明な袋に一匹ずつ金魚を入れ俺たちに持たせてくれた。


「これは不思議な袋ですね。こんなものは初めて見ました」


 エリカが金魚を入れた透明の袋見て驚いた顔になる。

 俺もこんな中が見える透明な袋は見たことがなかった。


 おじさんに聞くと。


「この袋は、トウメイムーゴの木の樹脂から出来ていてね。この辺りではありふれたものだよ」


 とのことだった。


 これは珍しい物を見れたと俺たちは上機嫌でその場を離れた。

 が、しばらく歩くうちにある事実に気が付いた。


「旦那様。この金魚、どういたしましょうか」

「……」


 自分たちが旅の途中であることを思い出した俺たちは、金魚の扱いに困ることになるのであった。


 結局、その後俺たちは金魚すくい屋にまで引き返して、金魚鉢や馬車用の水槽、その他もろもろの道具が売っている店を聞き出し、そこで一式揃える羽目になったのであった。


 そして、その店こそが夏祭りで金魚すくい屋をやっていた張本人であると知ったのは、大分後のことであった。


 本当、この商売上手め。


★★★


 こうして俺たちが夏祭りを満喫している間にも時間はどんどん経ち、太陽が地平線の下に隠れ、すっかり辺りが暗くなった。


 ということで、いよいよ本日のメインイベントである。


 ナニワの港町名物”納涼花火大会”である。


 そして俺たちが向かっているのは花火会場近くの河川敷である。

 ここにはギルドが運営している有料の見学スペースがある。


 有料スペースの入り口にはギルドの女性職員がいた。


「すみません。予約していたホルストですが」


 そう声をかけチケットを見せると女性職員はにっこりと笑顔で出迎えてくれた。


「ようこそ、おいでくださいました。ホルスト御一行様」


 ちなみに俺たちが予約した席は最上級の席で、4人で金貨1枚であった。職員さんが愛想よくなるのも当然であった。


「こちらがご予約いただいたお弁当でございます。ギルド提携の割烹料理店が最高級の食材を使ってこしらえた贅を尽くしたしなとなっております。それと」


 職員さんは俺たちにお弁当を渡しながら入り口の一角を見る。

 そこには酒やジュースなど大量の飲み物が置かれていた。


「飲み物はこちらの中からご自由にお持ちになっていただいて結構でございます。それでは、素敵な夏の夜をお楽しみください」


 俺たちはその中から好きな飲み物を選んだ。


「俺はこのキンキンに冷えたエールがいいな」

「私はこのフソウ酒の冷酒というのが気になります」

「ワタクシは甘い果実酒がいいです」

「アタシはブドウジュースとオレンジジュースをもらおうか」


 飲み物を取ると俺たちは自分たちの席に移動した。


 席は木の枠で囲まれていて、畳とかいうこの国独特の床素材が置かれていた。

 その上に座布団とかいう敷物が置かれていて、広さも4人が寝転がっても余裕があるくらい広かった。


「うわあ、おいしそうですね。どれから食べましょうか」


 席に着くなりヴィクトリアは早速弁当を開けて食べ始めた。


「ヴィクトリアさん。あなた、昼間もあれだけ食べていたのに、よくまだ昼間と同じ勢いで食べられますね」

「大丈夫です。ワタクシは鉄の胃袋を持つ女と呼ばれたこともありますので、このくらいへっちゃらです」


 お前、胃袋が鉄でできていたらあまり食い物が入らないんじゃないのか。まあ、単に丈夫だと言いたいのだろうけど。


 そんなくだらないことを考えながら、喉が渇いていた俺はエールのビンを開け、コップに注ぎ、一気に飲み干す。


「ぷはー、生き返る~」


 暑いときに冷たい酒を飲むのは最高だった。


「旦那様、2杯目はお注ぎしますね」

「ああ、すまないな」


 エリカはそう言うとお酒を注いでくれた。更に。


「食べさせてあげますね。あーんしてください」

「あーん」


 弁当まで食べさせてくれた。

 奥さんにこうやってちやほやされるのはとても気分が良いものだ。


「ホルストさん。3杯目はワタクシがもらってきた甘いお酒はどうですか。おいしいですよ」

「アタ、アタシは弁当のエビの殻をむいであげよう」


 エリカが俺に食べさせるのを見て、なぜかヴィクトリアとリネットさんも世話を焼いてきた。

 何だろうか。


「どうしたんだ。急に」

「さっき、ぬいぐるみくれたんでそのお礼です」

「アタシも、だ」


 何だ。そう言うことなら受けておくか。


「じゃあ、頼むよ」


 俺はコップを差し出し、殻をむいでもらったエビを食べた。


 ちなみに、この時エリカの瞳が怪しく光ったみたいだが、俺はずっと後までそのことを知らなかった。


★★★


 俺たちが弁当を食いながらワイワイやっているうちに花火の打ち上げが始まった。


 ドーン。ドーン。


 会場に花火の音がこだまする。


「ここの花火は昔ヒッグスタウンで見たのとは違って色々なのがあるんですね」

「だよなあ。うちのはポンと派手に爆発して終わりだったものな」


 どういう仕掛けなのか知らないが、ここの花火はただ爆発して終わりではなく、一度爆発したあともう一度爆発したりするなど、凝った作りのものが多かった。


 俺とエリカだけでなく、ヴィクトリアとリネットさんも興奮して、


「今の爆発した後、滝のように火花が流れ落ちるのはよかったです」

「アタシはさっきの円を描きながら爆発するやつがよかったな」


と、褒めっぱなしである。


 それは他の観客たちも同じらしく、


「たまや~」

「かぎや~」


と、花火が上がるたびに歓声が上がっている。


 というか、たまやとか、かぎやってなんのことだ。この国は花火の時の掛け声まで変わっているな。


「会場の皆様にご案内申し上げます。これより、30分ほど休憩時間となります」


 そうこうしているうちに休憩時間になった。


「冷やし白玉ぜんざいはいかがでしょうか」


 休憩時間になると先程の職員さんがおやつを配り始めた。


「すいません。4つください」


 もちろん、俺たちも貰う。


 冷やし白玉ぜんざいは花火を見て興奮して火照っていた体を冷ますのにはちょうど良かった。


「興奮から覚めたら、少し疲れちゃいました。横になってもいいですか?」


 はしゃぎすぎて疲れたのだろう。ぜんざいを食べ終えるなり、エリカがそんなことを言い出した。

 まあ、十分な広さがあることだし横になるのは問題ない。俺は了承することにした。


「大丈夫か?しんどいんなら横になって休めよ」

「では、遠慮なく」


 ここでエリカがとんでもないことをし始めた。


 俺はてっきり座布団を枕にして畳に横になるものだとばかり思っていたのだが、エリカはさも当然であるかのように俺の膝に頭を預け、そのまま横になった。

 普段の彼女なら絶対にしない行動だった。


 当然、俺は面食らった。慌てて、エリカをたしなめようとするが。


「おい、人前だぞ」

「膝枕。……ダメですか?」


 エリカは、今にも涙が零れ落ちそうなくらい瞳を潤ませながら、悲しげな顔で俺を見つめ返してきた。

 奥さんにこんな顔をされては降参するしかない。


「いや、特に問題ないよ」

「ありがとうございます」


 エリカはパッと笑顔になると、うつぶせになり、俺の膝に顔をすりすりしてくる。


 本当に、人前なんだからもうちょっと遠慮しろよ。

 俺はそう思ったが、それはそれとして、奥さんにこういうことをされるのは嫌ではなかった。


 ところで、俺がエリカの膝枕になっているのを見て反応したのがいた。


「ホルスト君、アタシも疲れて座っているのがつらいから、休ませてもらってもいいかな?」

「ホルストさん、ワタクシも疲れました」


 リネットさんとヴィクトリアだ。二人はそう言うと俺が何か返事する間もなく、俺の背中に自分の背中を預け、目を瞑り、すやすやと寝息を立て始めた。


 俺は困ったなと思いつつも、かといって寝ている二人を起こすのも気が引けて、何もできなかった。

 エリカが何か言うかなと思ったが、彼女も特に気にしたようでもなく、すやすやと寝息を立てていたので、花火が再開するまでこのまま休ませることにした。


 3人が3人とも狸寝入りを決め込んでいたのを、この時の俺は知らなかった。


★★★


「これにて花火大会は終了いたします」


 それから1時間ほどで花火大会は終了した。


 終わったがすぐには帰らない。

 道が混んでいるからだ。


 この状況で帰ろうとすると、土地勘のない俺たちは道に迷ってしまう可能性が高かった。


「それではお気に入り花火の告白タイムのお時間です。まずはワタクシからです。ワタクシは、星の形に爆発したやつが一番気に入りました」

「アタシは、花の形をしたやつかな。最期まで芯の部分が残っているのが、まるで花が散っていく様子を再現しているみたいでとてもよかった」

「私は、滝のように流れ落ちるのがきれいでよかったですね。あんなの初めて見ました」


 待っている間、うちの女どもは花火談議で盛り上がっていた。

 とても楽しそうに話をしている。


 うちの女どもは大変仲が良い。旅に出る前の時点ですでにかなり良かったみたいだが、旅に出ることでさらに仲良くなったみたいだ。


 とても良いことだ。


 俺はそんなことを考えながら3人が話しているのをほほえましく見ていた。


 そうこうしているうちに人出が減ってきたので帰ることにした。

 見物会場を出てて通りに入ると、出店が片づけを始めていた。


「祭りの後片付けか。なんか寂しい感じがするな」


 そんなちょっと哲学的?なことを呟きながら歩いていると1軒の屋台の前で足を止めた。

 ちょっと気になったからだ。


 その屋台は子供向けのお面屋だった。犬、猫、キツネなど動物のお面が売られていた。

 ただ、売っているお面の動物はどれも白色だった。


「ホルストさん。何か気になったんですか」

「いや、白い動物のお面ばかり売っているなと思ってな」

「ああ、それは単純な話ですよ。白い動物って神様の眷属なんですよ。おば……セイレーン様の海竜も白かったでしょ。だから、ここで売っている動物のお面は白いんですよ」


 お前、またセイレーンのことを叔母様と呼ぼうとしただろう。ばれてどうなっても知らんぞ。

 まあ、それはそれとして納得がいった。そういえば。


「そういえば、お前たちに輪投げで取ってやったぬいぐるみも白かったな。もしかして、あれもか」

「ええ、お祭りだから神様の眷属のぬいぐるみで間違いないですよ。お……アリスタ様の神殿の庭には、そういった眷属たちがたくさんいます……じゃなかった。いると聞きますから」


 お前、自分の家族関係を隠したいのなら、もうちょっと慎重にしゃべれよ。

 俺はあきれつつも、こいつらしいと苦笑いをする。

 エリカも俺と同じ思いだったようでクスリと笑っている。


 ちなみにエリカにはセイレーンがヴィクトリアの身内であるとは言ってある。


 おばさんだと言っていないのはヴィクトリアが言いたがらなかったからだ。

 まあ、あんな恥ずかしい人がおばさんだというのは俺だったとしても言いたくないから、その気持ちは十分わかる。

 だから、エリカにもそこまで詳しく話してはいない。


 一人まったく事情を知らないリネットさんだけが、


「ヴィクトリアちゃんは物知りだなあ。まるで見てきたように言うねえ」


と、妙に感心したような顔になっている。


 というか、何も事情を知らないはずなのに、妙に核心に迫っているところは地味にすごいと思う。

 この人にもヴィクトリアの秘密をいつかは言った方がいいとは思うが、さてどう説明すべきか。


 本当に悩む。


「お兄ちゃんたち、お面がいるのかい?」


 そんなことを考えていると、お面屋の主人に声をかけられてしまった。


 多分、主人からしたら、俺たちがお面を見ているので欲しがっているように見えたのだろう。


 完全な不意打ちだったので慌てた俺はつい、


「はい」


と、答えてしまった。仕方ないので、女性陣の方を向き、


「好きなのを選んでいいよ」


と、言った。


 俺の言葉を聞き、3人がお面を選び始める。なんかとてもうれしそうに見える。

 子供っぽいから嫌がられるかなと思ったので、その点はよかった。


 3人が選んだお面は、昼間3人に取ってやったぬいぐるみと同じ動物のものだった。

 お面を手にした3人は早速つけてみていた。


「エリカさん、似合ってますよ」

「ヴィクトリアちゃんもかわいいよ」

「リネットさんもよくお似合いですよ」


 なんかキャッキャと3人ではしゃいでいる。

 楽しんでもらえて何よりだ。


 こうして俺たちの夏祭りは終わり、俺たちは宿に帰るのであった。

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