第35話~海神セイレーン~
気がつくと浮かんでいた。
どこに?と言われても困る。
どこかはわからないが、とにかく浮かんでいた。
周囲は激しい光に包まれているが別にまぶしくない。
何があるかもはっきりわかる。
すぐ側には海竜がいた。
突然のことに驚いているのだろう。キョトンとした顔をしていた。
そして、俺の背後には……。
「お前、何しているんだ」
「しー、静かにしてください」
ヴィクトリアがいた。
なぜか俺の背中に隠れるようにこそこそしている。
まるで何かから隠れようとしているかのようだった。
「あなたですね。私の海竜を助けてくれたのは」
その時声が聞こえた。
声の方を見ると女が一人いた。
ほのかに光に包まれ、宙に浮いていた。
どことなく顔や体形がヴィクトリアに似ているような気がする。
女は俺のことを確認すると、階段も何もないのに、まるで階段でも降りるかのように一歩一歩空中を降りてこちらに近づいてきた。
そして、俺の前に立つとにっこりと笑いながら言った。
「あなたが助けてくれたのですね」
「そうですけど」
「どうも、ありがとう」
女はぺこりと頭を下げ、名を名乗る。
「私は海の女神セイレーン。よくわがシモベである海竜を助けてくれました。海竜に代わってお礼申し上げます」
「いえ、それほどでも」
「それにしても、人間の身で海竜とやりあうとはすごいですね」
「仲間の協力があったからです。俺一人では無理でした」
「いや、仲間がいたからと言っても……おや、よく見たら、あなた、『神属性魔法』の使い手ですね。ああ、そういうことですか」
セイレーンがポンと手をたたいて納得した顔になる。
「実は私、海竜と急に連絡が取れなくなったので探していたのですが、探しているうちに微かに神気を感じたのでこちらへ来たのですが、その正体はあなただったのですね。熟練した『神属性魔法』の使い手は神に似た気配を放つようになると聞きますし」
「いえ、多分違うと思いますよ」
俺はかぶりを振る。
「俺、『神属性魔法』を使えるようになったからほんの少ししか経っていないもので、とてもそんなことはできませんよ」
「そうですか。……おや」
その時セイレーンが何かに気が付いたようだ。
セイレーンが俺、いや俺の後ろをじろじろ見ている。
そして、コホンと一つ咳払いすると俺の後ろにいるやつに話しかける。
「そこの。後ろに隠れているの。早く出てきなさい。さっさと出てこないとあとであなたのお母さんに言いつけますよ」
その言葉を聞いて観念したのだろう。ヴィクトリアが渋々顔を出し、セイレーンに挨拶をする。
「お久しぶりです。セイレーン叔母様」
顔は一応笑顔だが、どことなく引きつっている。会いたくなかったのが丸わかりの顔だった。
「本当に久しぶりね。ヴィクトリア。でも、セイレーンお・ば・さ・まじゃないでしょう!」
叔母様と呼ばれたセイレーンがヴィクトリアをすごい顔で睨みつけていた。
それにビビったヴィクトリアが慌てて言い直す。
「お久しぶりです。セイレーンお姉ちゃん」
「よろしい。私は確かにあなたのお父さんの妹だけど、年が離れているのでまだまだ若いんですからね。そこのところ間違えないように」
ヴィクトリアの返事を聞いたセイレーンは満足したようでしきりに頷いている。
俺はこの一連のやり取りを見ていて思う。
えっ、なに?もしかして、この人、いい年して自分の姪っ子に「お姉ちゃん」と呼ばせるイタい人?
なるほど、ヴィクトリアが会いたがらないわけだ。
そんな俺の心の内を読んだのだろうか。セイレーンが俺のこともじろっと見てきた。
「ホルストさん。あなたもわかってますね」
正直焦ったが、こういう時にやることは決まっている。当然、全肯定だ。
「もちろんです。セイレーンお姉さま」
「よろしい。ところで」
俺の返答を聞いて満足したのだろう。セイレーンは話題をガラッと変えた。
「ヴィクトリア。あんたは何でこんな所にいるわけ?」
「それはですね」
ヴィクトリアは事情を説明した。
事故で天界に帰れなくなったこと。それからうちで暮らし始めたこと。今は旅の最中であること。
それらを端的に話した。
「ふーん。あんた割とマヌケね」
ヴィクトリアから事情を聞いたセイレーンが手厳しい感想を漏らした。
自分の叔母に辛辣なことを言われたヴィクトリアがたちまち涙目になる。
「そんなこと言わないでください。ワタクシだって一生懸命やっているのに」
「そうかしら?魔方陣の操作をミスるなんて子供でもやらないわよ。あんた、本当に私と血がつながっているのかしら」
「ううっ」
言いたい放題言われても全く言い返せないヴィクトリアが悔しそうな顔で黙り込む。
まあ、図星だからな。だが見ていて多少かわいそうでもある。
俺が助け舟を出してやろうと言葉をかけようとした時、セイレーンが意外なことを言い始めた。
「本当にしょうがない姪っ子だこと。でも、そういうことなら、このまま私と天界に一緒に帰る?」
★★★
光にあふれた不思議な空間。
「ほへ?」
そこでは、セイレーンの話を聞いたヴィクトリアがマヌケ面を晒していた。
どうやら言っていることがよくわからなかったようだ。
しばらくはボケっとしたままだったのだが、そのうちに理解できたのだろう。口を開く。
「えっ、連れて帰ってくれるんですか」
「だから、そう言っているでしょう」
「でも……」
ヴィクトリアがなんか逡巡している。
あれ?あまり喜んでない?こいつ、前はすごく帰りたいみたいに言っていたのに。
どうしたんだろうか。
俺がそんなことを考えていると、セイレーンがヴィクトリアに言う。
「おや、どうしたの?もしかして、帰りたくないとか?」
「はい」
こいつは自分が何を言っているかわかっているのか。帰れるチャンスをみすみす逃すつもりなのか。
驚いた俺はヴィクトリアに声をかけようとした。だが、セイレーンがそれを手で押しとどめる。
そして、そのままセイレーンがヴィクトリアのことをじっと見る。どうやら目を見ているようだった。
少しの間じっと見ていたがそのうち何かに気が付いたようで、ポンと手をたたき、
「ヴィクトリアもそう言うことを考える年頃になったのね」
と、一人わけのわからないことを言い、納得した顔になる。
本当にわからないんで、一人で納得するのはやめてもらえますか。
「わかったわ。それじゃあ、ここにいなさい」
「えっ、いいんですか」
「それはあなたの自由よ。それに、お姉ちゃん、一つ家訓を思い出しちゃったから、あなたを連れて帰るわけにはいかなくなったわ」
「家訓ですか」
「『てめえの不始末は自分で片を付けろ』そうあんたのおばあちゃんがよく言っていたわ」
セイレーンはそう言いながらクスリと笑うと、俺の方を向いた。
「そういうわけで、ホルスト君。うちの姪っ子をこれからもよろしくね。一応言っておくけど、この子を泣かせるようなことをしたらただじゃ置かないからね。天罰与えちゃうからね」
笑いながら一指し指で俺の額をポッと小突き、セイレーンはヴィクトリアのことを俺に頼んで来る。
まあ、こいつがいきなりいなくなるとエリカたちも寂しがるだろうし、最近は戦闘や家事でも多少役に立つようになったし、なんやかんやうちのパーティーに欠かせない存在になってきている。
それに、この賑やかなのの声が聞けなくなると、俺も寝つきが悪くなるような気がする。
だから、俺は力強く頷く。
「ヴィクトリアさんのことは任せてください。ちゃんと面倒は見ますから」
俺の返答を聞いたセイレーンはうんうんと頷く。
「なら、よろしくね。それじゃあ、私は帰りますね。ヴィクトリア、後は頑張んなさい」
「はい」
話が終わったのか、セイレーンは海竜を連れて帰ろうとした。
帰ろうとしたが、ふと何かを思い出したのか急にこちらに振り向き言う。
「そうそう、私としたことがうっかりしていました。あなたたちにお礼をしなければ」
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