第36話~セイレーンの贈り物~

気が付くと、メーン号の横に立っていた。


 ずいぶんと長い間あの空間にいたような感じがするが、まだ夜空には星たちが輝いていた。


「旦那様、ヴィクトリアさん、ご無事ですか」


 俺たちの姿を確認して、エリカとリネットさんと、後ついでにルース船長が駆け寄ってきた。


「部屋でソファーに座っていたら急に当たりが明るくなって、それで慌てて外に出たら空に光が浮かんでいてて、君たちのことを確認しに行ったらいなくて、一体何が起こったんだ」

「そうです、旦那様。何があったのですか」


 二人の問いかけに俺は端的に答える。


「セイレーン様と会っていた」

「セイレーン様だって?!」


 俺の話を聞いたルース船長が大声をあげる。

 エリカとリネットさんもものすごく驚いた顔をしている。


「それでどうしたんだい」

「大したことはなかったよ。海竜を助けたお礼を言われただけだよ」


 嘘は言っていない。


 ヴィクトリアの件については本人がほかの二人に心配させたくないから黙っていて欲しいと言うので、話さないことにする。


「それとお礼をもらった。これだ」


 俺は二人にセイレーンからもらった物を見せた。

 銀製のペンダントだった。


「通信のできる魔道具だそうだ。どれだけ距離が離れていようが、会話できるそうだ」


 俺は二人にペンダントを渡し、首にかけさせる。

 うん、よく似合っている。


「素敵なペンダントですね」

「うん、いいな」


 もらった二人はとても満足そうな顔になった。


「ちょっと試してみるか」


 俺はてくてくと歩いて行き、みんなから100メートルくらい離れる。

 そして、ペンダントに向かって声を発する。


「おい、聞こえるか」

「はい、聞こえます」

「バッチリだよ」

「大丈夫でーす」


 すぐに3人から声が返ってくる。

 どうやら問題はないようだ。

 俺はまた歩き出してみんなの所へ帰った。


「それから、後これも貰った」


 そう言って取り出してみんなに見せたのは、元邪悪に染まった魔石をセイレーンが完全に浄化してしまったものだ。


「聖石と呼ぶらしい。通常の魔石よりも魔力を蓄えて置けるらしいので、非常時の魔力タンク用に魔力をためておくといいって言っていた」

「あの穢れた魔石からこんなものを作ってしまえるなんて、神様ってすごいんだな」


 俺の話を聞いて、リネットさんが感嘆した顔になり、セイレーンをほめたたえた。


 それを見て、ヴィクトリアが「ワタクシだって、力さえあれば」とかぶつぶつ言っているが、まあ、見なかったことにしておこう。


「後は、船員さんたちにもご褒美があるそうですよ」

「俺たちにもかい?」


 それまで羨ましそうに俺たちを見ていたルース船長がうれしそうな顔をする。


「といっても、形のあるものではないんですけどね。何でも『海神の加護』をくれるそうですよ」

「加護?」

「セイレーン様が海での事故や嵐からあなたたちを守ってくれるらしいですよ。海の男にとってはこの上もない贈り物だと思いますよ」

「加護か……それはすごい!」

「それから、もう一つあるんですが……ちょっと船に乗って説明しましょうか」


 そう言って、俺は全員を船に乗せる。

 そして船首の方へ行き、指さす。


「これは、一体……」


 ルース船長が俺の指さす方を見て驚愕の表情になる。

 船首に飾ってあるセイレーンの像が光を放っていた。


「持っているだけで海での繁栄を約束してくれるセイレーン様の像らしいですよ。これも船員さんというか、船会社にあげるって言ってましたよ。船から外して会社に飾っておくと、いいらしいですよ」

「おお、セイレーン様、素晴らしいものをいただきありがとうございます」


 話を聞いて感激したルース船長がセイレーン像に土下座をして感謝する。

 更には騒ぎを聞きつけた他の船員さんたちも集まってきて、彼らもみな一様にセイレーン像に土下座した。

 こうして屈強な海の男たちが、整列してセイレーン像に感謝の土下座をするというシュールな光景が出来上がったのだった。


「なんか異様な熱気を感じますね。正直、怖いです」

「しっ、バカ。それは言うな。世の中には指摘してはならないこともあるんだぞ」


 ヴィクトリアをそうやってたしなめた俺だったが、思いは同じだった。


 なお、この土下座は朝まで続くことになる。


★★★


 翌朝。


 ようやく船が出航した。


 昨日からなんやかんやあって疲れたので、今日は寝て過ごすことにする。

 エリカたちは部屋で寝るらしい。


「殿方たちの大勢いる場所で寝るなど、淑女として考えられません」


 ということらしかった。


 それに対して俺は外で寝ることにした。テラスに長椅子を持ってきてその上で寝た。


 海風が気持ちよかった。

 気持ち良すぎて横になったらすぐに寝てしまった。

 ぐうぐう寝た。


 しばらく寝ていると、波で船が少し揺れ、それで目が覚めた。


 瞼を開けると、と目の前にヴィクトリアが立っていた。


「お前はエリカたちと部屋で寝てるんじゃなかったのか」

「そうなんですけど、あまりよく寝られなくて。それで、外を歩き回っていたら、ホルストさんを見つけたので、暇なのでここでホルストさんをじっと見ていました」

「そうか。まあ、お前も座れよ」


 俺なんて眺めていて、こいつは何が楽しいんだろうか。まあ、別にいいけど。


 そう思いつつ俺は体を起こし椅子に座り直すと、ヴィクトリアを横に座らせた。


「お前も昨日は大変だったな」

「ええ、そうですね。ワタクシ、正直死んじゃうんじゃないかと、何度も思いました」

「本当にそうだったな。海にたたき落とされた時は、これはやばいって思ったもんな。お前、ずぶ濡れだったけど、体調とか悪くなってないか。風邪とか引いていないか」

「はい、大丈夫です。それより、ホルストさんこそ大丈夫ですか。ワタクシをかばってくれた時、結構いい音がしていましたけど」

「俺も何ともないさ。『神強化』のおかげでな」

「そうですか。それはよかったです。ワタクシもホルストさんが大丈夫だったのかと心配だったので」

「心配してくれて、ありがとな」

「いえいえ、こちらこそ助けていただいてありがとうございます。というか、昨日だけではなく、今までも色々助けてもらいましたね。それなのにワタクシ全然お礼を言ったことがありませんでしたね。その分も今お礼を言わせてください。ありがとうございます」


 ヴィクトリアがぺこりと頭を下げた。そして話を続ける。


「それで、お礼代わりと言っては何ですが、一緒にお菓子を食べませんか。さっき船のキッチンを借りてクッキーを焼いてきたんです」

「クッキーって。お前が作ったってことか」

「はい、概ねは」

「概ね?」

「コック長さんに結構手伝ってもらいました。まあ、だから味は保証しますよ」

「そうか。じゃあ、食べようか」


 俺たちは長椅子から立ち上がるとすぐ近くのテーブルに移動した。


 テーブルにはクッキーとお茶が置いてあった。


「お茶、どうぞ」


 俺が席に着くと、ヴィクトリアがお茶を淹れてくれた。


 お茶を飲みながらクッキーを食べる。

 ヴィクトリアの作ったクッキーは結構うまかった。


「おっ、おいしいじゃないか」

「お褒めいただき、ありがとうございます」


 褒めてやると、嬉しかったのだろう、ヴィクトリアはニコニコと笑った。

 しばらく食べていると、お腹がいっぱいになってきた。

 よく考えたら昨日の昼から何も食べていなかった。


 海竜の件でそれどころではなかったし、今朝は疲れで眠くて食欲がわかなかった。


 お腹がいっぱいになり、昨日からのことを考えているうちに、俺はひとつ気になっていたことを思い出し、ヴィクトリアに聞いてみることにした。


「ところで、お前、本当に帰らなくてよかったのか。後悔していないのか」

「帰るも何も家訓ですから」

「でも、最初は帰れそうな雰囲気だったじゃないか」

「ホルストさん」


 ヴィクトリアはなおも聞こうとする俺の顔をじっと見つめてきた。


 そして、聞いてきた。


「ホルストさんはワタクシがいなくなっても平気なんですか」


 嘘は許さない。


 ヴィクトリアの瞳はそう語っていた。


「ワタクシは平気じゃないです。エリカさんやリネットさん。ホルストさんと別れるのは寂しいです。

ホルストさんはどうなんですか」


 ヴィクトリアは今全力で思いをぶつけてきていた。


 これには俺も真摯に答えるべきだと思った。


 だから、俺も自分の思いをぶつけた。


「そんなこと、聞くまでもないだろう。何と言うか、俺だって、お前のような賑やかしい奴がパーティーからいなくなるのは困る。3人だけだと歯が抜けたようになっちゃうからな。だから」

「だから?」

「お前さえよければ、できるだけ長くうちのパーティーにいて欲しいと思っている」


 そこまで聞いたところで、ヴィクトリアがくるりと後ろを向いた。


 急にどうしたんだろうと思ってみていると、眼がしらに手を当てて目をこすっているようだ。

 あれっ?もしかして泣かしちゃった?なにも変なことは言っていないはずだが。


 慌てて声をかけようとすると、後ろを向いたままヴィクトリアが言った。


「わかりました。あなたがいて欲しいとおっしゃるのなら、ワタクシはここにいることにします。その代わり、最後までちゃんと面倒見てくださいね」


 それだけ言うと、ヴィクトリアはそのまま急に駆け出して走り去ってしまった。


 一体、あいつは何がしたいんだ。


 俺は訳が分からず、ただそれを見ていることしかできなかった。


★★★


 うちのパーティーにいて欲しい。


 ホルストさんにそんなことを言われてしまいました。


 今まで生きてきた中で一番うれしい言葉です。


 思わずうれしさで涙ぐんでしまいました。

 嬉しいのに涙が止まらない。変な感じです。


 そんな変な顔を見られるのが嫌で逃げてきましたが、ホルストさんには驚ろかせて心配させてしまったでしょうか。


 戻って安心させようかとも思いますが、今日はもうまともに顔を合わせる自信がありません。


 というか、明日はどの顔で合えばいいのでしょうか?


 深く考えても答えは出そうにないので、今日はもうこのまま布団に潜りこもうと思います。

 ひと眠りして落ち着けば、普通に接することができるような気がします。


 でも、そうなるとこの夢のような素敵な気分からも覚めちゃうことになりますね。嫌だけれど、まあ仕方のないことです。でも。


「ああ、これが夢なら冷めないで欲しいです」


 ワタクシはそう願わずにはいられないのでした。


ーーーーーーー


 これにて第3章終了です。

 ここまで読んでいただいて、気にっていただけた方、続きが気になる方は、フォロー、レビュー(★)、応援コメント(♥)など入れていただくと、作者のモチベーションが上がるので、よろしくお願いします。

 それでは、これからも頑張って執筆してまいりますので、応援よろしくお願いします。

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