第34話~決戦!海の主~

 俺は一気呵成に海竜に迫った。


 俺の接近を脅威と感じた海竜がアイスブレスを吹きかけてくる。

 俺の進路を塞ぐように30発程小さいのを連続で放ってきた。


 全て避けるように大きく動くと海竜に近づけない。

 俺は多少食らうのを覚悟で海竜へ一直線に突っ込んでいく。


 ドン!ドン!ドン!


 3発程食らってしまった。


 『神強化』の魔法をかけているとはいえ、正直結構ダメージをもらった。


 くらった箇所が凍傷で赤くなり、寒さで手の感覚が鈍る。

 剣を持っているかの感触もぎこちなくなるくらいだ。


「なんの。『天火』」


 俺は極小で威力を弱めた『天火』を己の手にまとわせる。


 魔法による熱のおかげで手に感覚が戻ってくる。剣に再び力を籠める。

 ちょうどそのタイミングでアイスブレスを突っ切って海竜の背後に回り込むことに成功する。


「逆鱗はと……、あれか」


 海竜のお尻の方を見ると、ヴィクトリアの言う通り一カ所だけ色の違う鱗が存在した。


 ただそんなに大きいわけではない。

 俺の小銭入れくらいの大きさだ。

 結構な速度で突っ込みつつあれにぶっ刺すというのは結構難しい気がする。


 それでもやるしかない。


「『神強化+1』」


 俺は自分の剣に雷属性と水属性の二種類の属性を付与する。

 以前のことがあるのでかなり弱めにかけたが、それでも魔力に耐性のあるミスリルの剣が赤くなる。


 やはりあまり無理はできないようだ。


 それを感じた俺は一気に決着をつけるため刺突の構えを取る。

 海竜が首を振り回してそんな俺のことをじっと見ている。


 俺と海竜の間の空間に緊張の電が走る。


 次の瞬間。


 俺は突撃する。


 海竜が大きく尾を振り回す。

 大振りだが素早い動きだ。

 だが、俺は動じない。所詮最後の悪あがきに過ぎないのだから。


 俺は海竜の尾の軌道を読むと、体をひねって軽くかわし、逆鱗に向かって一直線に突進する。


 ブスッ。


 剣が逆鱗に突き刺さる。


「グオオオオオン」


 弱点に一撃を食らった海竜が絶叫する。


 激痛に身を悶えさせ、暴れまわる。

 港の構造物が破壊され酷いことになっていく。

 そんな海竜を横目に見つつ俺は一旦海竜から離れる。


 そして、手を高く挙げ、魔法を放つ。


「『天雷+1』」


 海竜を殺さない程度に威力を抑えた魔法が逆鱗に刺さった剣めがけて天から落ちてくる。


 ドガアアン!


 凄まじい音とともに雷が剣に命中し、海竜の全身を電流の嵐が駆け回る。


 ピクピク。


 全身を何度かそういうふうに痙攣させると、急にピタリと海竜の動きが止まり、バタンと横に倒れて動かなくなる。


 近づいて体を触ってみると、ドクンドクンと心臓の鼓動を感じることができた。

 どうやら死なないでくれたようだ。


「これで終わったかな」


 ようやく海竜を大人しくさせることに成功したようだ。


 さあ、後は手術の時間だ。


★★★


 手術はつつがなく終わった。


 どんな手術だったかは詳しくは言わない。

 まあ、正直グロかったとだけ言っておく。

 何せ海竜はでかいので出血の量も多く、結構大変だったのだ。


 一応やり方を簡単に説明すると、まずは魔力感知を使って異物の位置を探る。

 これは簡単だった。

 異物は魔力が大きく、何せ神獣に影響を与え荒れるくらいの力があるのだから、その上物凄くまがまがしい気を放っていたのですぐに見つけることができた。


 次にそれを取り出した。

 傷口が広がりすぎないようにヴィクトリアが治癒魔法をかけつつ、異物から一番近い個所を俺がスパッと切った。


 そこから手を入れ異物を取り出す。


「なんだ。これは」


 異物はあっさりと取り出せた。真っ黒な石だった。


 これが海竜を狂わせたのか?


 俺が異物を見ながらそうやって首をひねっていると、ヴィクトリアが俺を押しのけてきた。


「邪魔です!まだ手術中ですよ!」


 そうだった。まだ手術中だった。


 俺を押しのけたヴィクトリアは海竜に急いで治癒魔法をかける。

 海竜が暖かい光に包まれ、たちまち傷が癒えていく。


 手術はこんな感じで終わった。


★★★


「これは魔石ですね。しかもかなり邪悪な意思で汚されていますね」


 手術が終わった後、ヴィクトリアが異物について説明してくれる。

 いつになく真面目な顔で説明しているのだが、意識を取り戻した海竜に頬ずりされながら説明しているので、こそばゆいのか、時々表情が歪んだりしている。


「魔石ですか。魔物が持っていたり、鉱山から採掘されたりして、魔道具によく使われていたりするのでそう珍しい物でもありませんが……こんなに禍々しい気配を放つものとなると、見たことがありませんね」

「ワタクシが思うに誰かが人工的に作り上げた物でしょう。魔石に嫌なものが憑くことはありますが、ここまでになることはありえないです。誰かが作った物で間違いないです」

「とすると、かなりやばい事態かもしれませんね」

「どういうことだ」


 ヴィクトリアの話を聞いたエリカが意味深な発言をしたのでどういうことか聞いてみた。


「簡単なことですよ、旦那様。もしこの魔石を誰かが作ったのだとしたら、自然界の物でないとしたら、どうして海竜はこれを飲み込んだのでしょうか。そこに誰かの意思が介在しているのではないでしょうか」

「つまり、誰かが海竜にこれを飲み込ませたと。そういうことか」

「そういうことです」

「何のために?」

「魔石で狂った海竜が暴れていたところを見ると、単純に暴れまわらせたかっただけなのかもしれません。それをやった側に何の得があるのかわかりませんが」

「うーん、今のところはそのくらいしかわからないか」


 話し合ってもだれが何のためにこんなことをしたのかはわからなかった。

 その後はしばらく沈黙が場を支配したが、そのうちにリネットさんがあることに気が付いた。


「それで、この魔石はどう処理するんだい?」


 そうだった。こんな危険なものをこのまま放置しておくわけにはいかなかった。


★★★


「ワタクシが浄化します」


 結局、魔石の処分はヴィクトリアが行うことになった。


 ヴィクトリアなら一晩くらい浄化魔法をかけ続ければ危険がないくらいにはどうにか邪気を払えるらしかった。


 魔石を覆っている邪気は普通の人なら見ているだけでも危険なものらしいので、浄化は港の掘立小屋でヴィクトリアが一人で行うことになった。

 エリカや船員さんたちは船で待機してもらうことにした。


 俺はヴィクトリアの護衛のために小屋のすぐそばにドシッと座っておくことにする。

 ついでに海竜も小屋の横に銅像のように雄大に座り、不測の事態に備えてくれている。


 晴れ渡って星空がよく見えた。

 俺は星空を見ながら小屋の壁にもたれかかって空を眺めていた。


 しばらくはそれでもよかったがそのうちに飽きてきた。

 なので、小屋の中のヴィクトリアに話しかけてみた。


「なあ、ヴィクトリア」


★★★


 どうしましょう。ホルストさんに抱きつかれてしまいました。


 ワタクシは魔石の浄化をしながらそんなことを考えていました。


 昼間、ワタクシはホルストさんに抱きしめてもらいました。

 正直、メチャクチャうれしかったです。


 もちろん、ホルストさんがワタクシのことを好きだから抱きしめたのでないことはわかっています。

 ワタクシだってそこまでバカではありません。

 暴れまわるワタクシを落ち着かせようと、ああいうことをしたのは重々承知しています。


 しかし、それでも!例え好きだからという理由でなかったのだとしても、ワタクシはうれしかった。

 好きな人に抱きしめてもらうのがこんなに幸せだなんて知らなかった。


 こんな気持ちは初めてです。


 是非とも、もう一度抱きしめてほしい。

 今度こそは好きだという理由で!

 いえ!理由なんかやっぱりどうでもいいから、是非お願いします!


「なあ、ヴィクトリア」


 ワタクシがそんな風に妄想に耽っていると、不意にホルストさんが小屋の外から話しかけてきました。


 ふえっ!


 完全に意表を突かれたワタクシはパーフェクトにパニックです。


「あ……あ……」


 頭の中が完全に真っ白になってうまく返事できません。


「ヴィクトリア、おい、聞こえているのか」

「はい」


 ようやくまともに返事できましたが、声に焦りの色が混じっています。


 そんな慌てふためいているのが丸わかりなワタクシに、ホルストさんがからかうように言います。


「なんだ。浄化の作業をするとか言って寝ているのかと思ったぞ」

「そ、そんなことありません!」

「本当か?」

「本当です!浄化に集中していたから返事が遅れただけです」

「ならいいんだけど。でもな」


 それまでワタクシをからかうかのようだったホルストさんの声が、急に優しいものになります。


「無理しなくていいんだぞ。お前も昼間色々あったから疲れているんだろう?魔石の浄化なんて急ぐものでもないんだから、無理に今晩中にする必要はないんだぞ」

「でも、それだと今後の予定に影響が出ます。それにあまり時間がかかると、船のレンタルの追加料金が発生したりするかもしれませんよ」

「くだらない!そんなものはどうでもいい。元々予定なんてあってないようなものなんだし、追加のお金なんて大したものでもない。そんなことより」


 ワタクシの心配に対して、ホルストさんはくだらないと、力強く断言します。


「お前の体が心配だ」


 お前の体が心配だ。


 その言葉を聞いてワタクシの胸の鼓動が高まります。


 胸がギュッと締め付けられ、吐く息の温度が上がるのがわかりました。


「お前、昼間『神意召喚』使っただろう?お前は前にあれを使っても天界に帰る時間が伸びるだけ。他には何もないみたいなことを言っていたけど、本当にそうなのか?結構疲れているように俺には見えたんだが。体の方は何ともないのか」

「前にも言いましたが、それは大丈夫です。どちらかと言えば、『神意召喚』はワタクシが天界に帰るのが遅れるだけで他にリスクのない技です。疲れたように見えたのは水の中が冷たかったからです。だから、心配無用です。その代わり、帰るまで面倒は見てくださいね」

「もちろん、それは約束するが……、まあ、お前がそこまで言い切るんなら、大丈夫なんだろうが」


 ホルストさんはそこまで聞いて自分の意見を引っ込めたようです。何も言わなくなりました。


 二人の間を沈黙が支配しました。


 ここで、ワタクシはホルストさんを無性に抱きしめたくなりました。


 ホルストさんがそんなにワタクシのことを心配してくれていると知って、嬉しくなって、居ても立ってもいられなくなってしまったからです。

 それに、今ならホルストさんもワタクシのことを受け入れてくれそうな気がします。


 この場にはちょうどワタクシたち二人しかいないですし……。

 ワタクシはホルストさんの所へ向かうべく立ち上がりました。


 ……ところで、皆さん。


 世の中にはお約束というものがあるのを知っていますか?


 その一つに「いい所で、必ず邪魔が入る」というものがあります。


 今回もそのお約束が発動したようです。


 ワタクシが立ち上がると、ホルストさんの声が聞こえました。


「あ、流れ星だ。…・・・・って、こっちへ向かってくるぞ」


 瞬間。


 ワタクシたちの周囲は光に包まれました。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る