第33話~神意再び~
戦争においては敵が渡河中を狙う戦法がある。
要は水中にいる敵は弱っているから攻撃の頃合いということだ。
兵法の定石だ。
俺も上級学校で習った。
そんな俺は現在水中に放り出されてしまっている。しかも鎧を着たままである。
普通ならば溺れ死んでもおかしくない状況だが、俺には『神属性魔法』がある。
「これなら浮いていられる」
ヴィクトリアをかばう直前に間一髪『神強化』をかけることができたので、何も着ていないみたいに泳ぐことができた。
しかも海竜の一撃をもらったにもかかわらず、ほぼケガもしていない。打ち身程度で動くのに支障はなかった。
「それよりもヴィクトリアはどうした」
俺は周囲を見回した。
俺のすぐ近くにヴィクトリアはいた。一応水に浮かべてはいる。
普通なら特殊な技術がなければ服を着たまま泳ぐのは難しいのだが、そういえばこいつの服も神器だったはずだから、多分そのおかげなのだろうと思う。
ヴィクトリアに近づいて声をかける。
「おい、大丈夫か」
「はい。ワタクシは大丈夫です。それよりも」
ヴィクトリアは港の方を見た。
そこでは海竜が暴れまわっていた。
大きく首を振り回し、あるいは巨体で踏みつけ桟橋やその他港の施設を破壊している。
それに対してエリカとリネットさんが対応しているが、
「船をやられたら終わりだ。船を守らなければ。うおりゃあ」
「『魔法障壁』を張って時間稼ぎをしますのでますので船の出航の準備をしてください」
船を守りながらの坊戦で手いっぱいのようだ。
「止めなくては」
その光景を見てヴィクトリアがそちらへ行こうとするので、俺は慌てて止めた。
「馬鹿!お前が向かって行ってどうするつもりだ」
ヴィクトリアの肩を掴んで羽交い絞めにする。
俺に羽交い絞めにされたヴィクトリアは激しく暴れて抵抗するが、俺だって本気だ。離すつもりはない。
そのうち抵抗をあきらめたのか、激しく暴れるのを止めたが、それでもじたばた足搔きながら、ヴィクトリアは俺のことを睨んできた。
睨みながらも必死に叫ぶ。
「ええ、何もできませんとも!神としての力を失っているワタクシには!でも、それが何だというのですか!それでも、ワタクシはあの子を止めたいのです!止めなければいけないのです!」
何もできない自分がとても悔しいのだろう。顔を真っ赤にして涙を流している。
かなり興奮しているのが見てわかる。
俺はヴィクトリアを落ち着かせるために声をかけた。
「落ち着け」
「落ち着いてなんかいられません!」
「いいから落ち着け。冷静にならないと勝てる戦いにも勝てないぞ」
「それでも!」
俺が声をかけてもヴィクトリアは中々落ち着かなかった。
そこで奥の手を使ってみることにした。
「いいから、落ち着けよ」
「???」
ヴィクトリアを抱きしめ優しく頭を撫でてやったのだ。小さい頃からエリカと喧嘩したりした時によく使った手だ。
なぜかこうするとエリカは落ち着いてくれたので試しに使ってみたのだ。
何でも人は頭を撫でられると落ち着きやすいらしいのだ。
「むぐぐぐぐ」
一連の会話中もヴィクトリアはずっとじたばたしていたが、俺に抱きつかれた後はきょとんとした顔になり、やがてじたばたするのを止め、顔色を元に戻した。
うん?戻したのか?戻ったよな?けど、まだうっすらと赤い気がする。まあ、このくらいなら大丈夫か。
俺はもう一度ヴィクトリアに声をかける。
「落ち着いたか」
「……はい」
どうやら落ち着きを取り戻してくれたようだ。俺はほっと胸をなでおろし、これからのことを話す。
「それじゃあ、俺が片をつけてやるからお前はおとなしくしていろ」
「どうするつもりですか」
「神獣と言えども首を斬れば生きていないだろう。こうなった以上、一思いに楽にしてやる」
「それは最悪の手ですね」
「なんでだ」
「あの子はこの辺りの守り神です。あの子が死ねば、この辺りの海は荒れ、下手をすれば人が住めなくなります」
「マジか……じゃあ、どうすればいいんだ」
ヴィクトリアは黙って海竜のお尻の方を指さした。
「ワタクシ、今思い出したんですけども。あの子も竜の一種なのでお尻の所に逆鱗という色の違う鱗があります。竜にとって最大の弱点です。そこに強力な一撃を加えることができれば、もしかしたら気絶させることができるかもしれません。そうすれば当初の予定通り手術をできると思います」
「それって、普通に首を斬るより難しくないか」
「でしょうね」
ヴィクトリアはクスリと笑う。
「だから力を貸してあげます」
ヴィクトリアが俺の手を取る。
すると俺の体が光り始めた。
★★★
『シンイショウカンプログラムノキドウヲカクニンシマシタ』
いつか聞いたことのある声が再び俺の頭の中に響く。
「うまくいってよかったです」
ヴィクトリアがにっこりとほほ笑む。
「実はこれまでもホルストさんに『神意召喚』を使えないか試したことがあったんですけど、うまくいったのは今回が初めてです。どうやら、限られた状況でしか使えないみたいですね」
そして、俺の背中を押してくる。
「では、ホルストよ。神の名のもとに銘じます。あの海竜を大人しくさせてきなさい。……なんちゃって。一度言ってみたかったんですよね」
どこかの演劇のようなセリフを吐くと、さすがに恥ずかしかったのか、顔を歪まし、テヘとはにかんだ。
そんなヴィクトリアに俺は力強く応えてやる。
「畏まりました。女神様。必ず、神命を全うしてまいります」
ダメだ。自分でも言っていて恥ずかしくなった。
とにかく……、言うべきことを言った俺は、ヴィクトリアに恥ずかしさで歪んだ顔を見られないようにさっと身をひるがえすと、海竜の方へ向かって行った。
向かいながら俺は頭の中の『神属性魔法』のリストをチェックする。
すべての魔法が”+1”の状態になっていたので、とりあえず『神強化+1』の魔法をかけ直す。
「うん、更に動きやすくなった」
先ほどまでと比べても格段に動きやすくなった。水の抵抗をほとんど感じなくなり、空気中で動くのとほぼ変わらない感じで動けるようになった。
さらに俺は神魔法が増えていないか確認する。以前の時は1個増えていたからだ。
「『重力操作』か」
増えていた神属性魔法は『重力操作』だった。
重力というものについて俺はよく知らないが、ヴィクトリアから聞いたことがあるような気がする。あいつはたまにマンガだとか科学だとかのあまり聞いたことがない話をすることがあるのだ。
確か、物体がひかれあう力だとかそんなものだったはずだ。
ただ、その程度しか知らないのでは正直よく使い方がわからない。
なので、ヴィクトリアに使い方を聞いてみる。
「なあ、『重力操作』って何に使うんだ」
「『重力操作』?それだったら空を飛ぶの渡河に使えますね。重力同士、引き合う力同士が反発するイメージを浮かべてください」
なるほど、ひかれあう力を逆にして空を飛ぶというわけか。
さっそく試してみる。体が空気や水と反発するイメージを浮かべてみる。
「うわ、本当に浮かんだ」
体を宙に浮かすことができたので、今度は空中を移動してみる。
とりあえず後ろ側の空気と反発するイメージを浮かべてみる。
「やった、前へ進めた」
その後も、左右後ろと試してみる。イメージ次第で自由に飛び回れそうだった。
「これなら海竜も何とかなるかもしれない」
なんとなくやれる気がしてきた。
早速海竜の所に向かおうとしたが、その前に。
「ヴィクトリア。捕まれ」
ヴィクトリアを回収しておくことにした。。
「ホルストさん」
ヴィクトリアは俺が伸ばした手をしっかりと掴んだ。俺はヴィクトリアを水の中から引き揚げた。
引き上げるとヴィクトリアは俺の体にがっしりとしがみついてきた。
そのまま俺たちは空中を飛び、エリカたちの所まで飛んで行った。
ちょうど海竜が疲れたのか小休止をして攻撃が止んでいる時だった。
「「旦那様!ご無事でしたか」
「ああ、なんとかな」
俺たちの姿を確認したエリカとリネットさんが寄ってきて、べたべた触って俺たちの無事を確認してくる。
ケガがないことを確認すると、二人がほっとした表情になる。
「どこもケガはないようでよかった。二人が海に放り出された時は正直アタシは生きた心地がしなかったよ」
「私もです」
「それは心配させちゃいましたね。でも、ワタクシたちは無事です。ちょっとずぶ濡れになったくらいで何ともないです」
三人で手を取り喜び合っていた。
それはそれでいいのだけれど、まだ事態は収まっていない。
俺は三人を現実に引き戻すべく声をかける。
「喜んでいるところで悪いけど、喜ぶのは海竜をどうにかしてからだぞ」
「そうでした」
俺の呼びかけで三人がこちらを向く。
「よし、では早速作戦会議だ」
★★★
俺たちは行動を開始した。
「『防御強化』」
まず、エリカが自分とリネットさんとヴィクトリアに防御魔法をかける。
「『光の加護』」
そこにさらにヴィクトリアが魔法を重ね掛けする。あの海竜はアイスブレス攻撃をするらしいのでその対策のためだ。
そう、三人にはちょっと危険な仕事をしてもらう。
三人で海竜の前に出て隙を作ってもらうのだ。
隙ができたら俺が突っ込んで一気にけりをつける。
そういう作戦だ。
「では、行きます」
3人が一丸となって海竜に突っ込んでいく。
「『風刃』『火矢』『風刃』『火矢』『風刃』『火矢』」
エリカが立て続けに魔法を放っていく。
威力の小さい魔法ばかりなので無論ダメージは望めない。
そもそも殺してはダメな相手だ。死に至らしめるようなダメージを与えてはならない。
これらの攻撃は海竜の注意を引き付けるためのものだ。
威力を落とした魔法の連続攻撃で海竜の目をエリカたち3人に向けさせる作戦なのだ。
案の定、海竜はこちらの誘いに乗ってきた。
小休止を止め、その巨体をゆっくりと、しかし、力強く動かす。
ダメージはなくとも魔法の連続攻撃をうっとうしく感じたのだろう。唸りを上げ、尾びれで堤防を一撃する。
たちまち無数の破片が飛び散り、エリカたちを襲う。
「仲間には傷一つつけさせないぞ!」
リネットさんがそう言いながら破片の前に立ち塞がる。
自慢の真っ赤なアダマンタイトの鎧と盾でばっちりと武装した上に強化魔法までかけられたリネットさんにはこの程度の攻撃は通じない。
破片が命中しても、カランと乾いた音を立てて地面に落ちるだけでダメージにならない。
もちろん、リネットさんのガードは完璧なので後ろの二人にも攻撃は届かない。
二度、三度と破片を飛ばしてくるが結果は変わらない。
「ブオオオオオオ!」
石礫程度ではどうにもならないと思ったのか、海竜が今度はアイスブレスを吹きかけてくる。
生物を一瞬で凍らせる死の吐息が襲ってくるがヴィクトリアの魔法がばっちり効いているので効果は薄い。
ただ、全く効果がないわけでもなく、凍傷を負ったせいだろう、3人の皮膚が多少赤くなる。
「『中治癒』」
しかし、それもヴィクトリアがあっさり治癒してしまい元に戻ってしまう。
自分の攻撃がほとんど効果がないことに業を煮やした海竜は、奥の手を使う。大きく首を振り回してくる。
先程、俺とヴィクトリアを海へ放り込んだ強烈な一撃だ。
「フンッ!」
それを見たリネットさんは気合の一撃で思い切り両足を踏み込み、地面にめり込ませた。
ドガン!
凄まじい音とともに海竜の首がリネットさんにぶち当たる。
しかしリネットさんはその一撃をうまく耐え抜く。盾をうまく動かし、自分への衝撃を和らげつつも、海竜の顔面がまともに盾とぶつかるようにする。
頭に強い衝撃を受けた海竜は脳震盪を起こした。
頭をフラフラさせ、身を悶えさせている。
今だ!
これら一連の動きを空中で観察していた俺は今しかないと思った。
意識を集中するとすさまじい勢いで海竜へと突っ込んでいった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます