第31話~航海~
翌日。
俺たちは『ガイアス商船協会』という看板がある建物の前に立っていた。
看板をチラ見すると中に入る。
「こんにちは」
「いらっしゃいませ」
船会社ということなので肌が赤銅色に焼けた船乗りばかりがいるというイメージで来たのだが、受付で出てきたのは色の白い見るからに事務職のおばちゃんであった。
「本日はどういったご用件でしょうか」
「昨日、ギルドで船を予約した者ですが」
「ああ、ホルスト様ですね。こちらへどうぞ」
受付のおばちゃんは笑顔で俺たちを奥へと案内してくれた。
俺たちは今回船を調達するにあたり、ギルドを通して依頼した。
これは当然の措置だ。何せ、俺たちには船会社の良し悪しなどわからないのだ。
この場合ギルドに手数料を払わなくてはいけないので、その分余計に費用が掛かるが、これは必要経費なのだ。
自分で信用できる船会社を探す手間と、自分で探した船会社がアタリである可能性を考えると、この方法が最適だということになった。
『安物買いの銭失い』という言葉もある。ここは確実性を重視すべきである。
それにギルドの紹介には他にもメリットがある。
「ホルストさんはSランク冒険者なんですってね。ギルドの人が言っていたわ。若いのにすごいわね」
「いえ、それほどでも」
俺たちを奥へ案内したおばちゃんは、お茶とお菓子で俺たちをもてなしてくれた。ものすごく上機嫌だ。
これは、すなわち、俺たちを上客だとみなしてくれているのだ。
ギルドに仕事を依頼する場合、不逞の輩がギルドを利用しないように事前に依頼主の審査がある。
なので、ギルドに依頼できるということはそれなりに信用できる人物であるとギルドが認めたことになるのだ。
だから、ギルドに所属する冒険者でも下位のランクだと審査に通らなければ依頼できなかったりする。
俺たちの場合、上級冒険者なので問題はない。Bランク以上に上がる時に既に審査されているからだ。
そんなわけでおばちゃんは次々に俺たちにお菓子を勧めてくれた。
「この黒くて甘いものを茶色皮で包んだお菓子。程よい甘さでおいしいですね」
「エリカさん。それはフソウ皇国のお菓子で、『どら焼き』っていうんですよ」
「このプニッとしたのにきな粉をかけたお菓子は、ヒンヤリとして喉越しがいいな」
「リネットさん。それは『わらび餅』っていうんですよ。やはりフソウ皇国のお菓子ですね。ワタクシも大好きです」
「お前、妙に詳しいな」
「そうですか」
フソウ皇国のお菓子に妙に詳しいヴィクトリアに俺は驚いたが、よく考えるとそう不思議でもないのかもしれない。
いつもはこいつがバカすぎて忘れているが、一応こいつは神様なのだ。
フソウ皇国でも神を祭るくらいはしているだろうから、それらのお菓子がお供えにされることもあるわけで、そうなるとこいつがこれらのお菓子を知っていても不思議でも何でもなかったのだ。
まあ、どうでもいい話だけれどな。
俺は甘いお菓子を大喜びで食す女性陣を見ながら自分もどら焼きを一つ食べてみる。
確かにおいしいけど、これは太るな。気を付けよう。
とか思いつつも、お菓子を楽しむのであった。
★★★
「初めまして。船長のルースです」
「よろしくお願いします」
船会社の事務所でしばらく待った後、俺たちは船着き場に案内された。
雇った船の船着き場は定期貨客船の船着き場から少し離れたところにあった。
ロープを引っかける杭の上には白い水鳥が止まり、のんびりと海を眺めているようにも見える。
「船はこちらです」
ルース船長が船へ案内してくれる。
「ようこそ、メーン号へ」
船長がお辞儀をしながら船を紹介してくれる。
「ほう。大きいですね。それにまだだいぶ新しいみたいだ」
「わかりますか。まだ新造してから半年も経っていません」
メーン号はがレオン船タイプの帆船で、客船仕様だからなのだろう、白く塗装され、船首には白亜の女神像が取り付けられていた。
「これは、おばさ……海の女神セイレーン様の像ですね」
像を見たヴィクトリアがそう解説する。
というか、お前今何か言いかけなかったか。……言いたくないなら別に構わんが。
「お嬢ちゃんは詳しいね」
ヴィクトリアの発言を聞いたルース船長がにっこりとほほ笑む。
「セイレーン様は主神クリント様の娘で俺たち船乗りにとっちゃ一番大事な神様だからな。この辺りを守護する海の主様もセイレーン様の下僕というお話だし。そういえば、お嬢ちゃんはセイレーン様にどことなく似ているな」
「え、えっとお……よく言われます」
「……そうかい」
歯切れの悪い返事をするヴィクトリアを見てルース船長は首をかしげるが、すぐに気を取り直したのか話を先に進める。
「では、こちらからどうぞ」
ルース船長の案内で俺たちは船に乗る。
★★★
航海2日目。
船旅は快適だった。
航海初日はのんびりと過ごした。
「ご飯おいしいです」
傭船だけあって食事はいいものが出た。ヴィクトリアが貪るようにそれを食った。
「ヴィクトリアさん、もうちょっと落ち着いて食べなさい」
エリカに注意されてもいつまでもこれだ。本当食い意地の張ったやつだ。
一日目はそんな風に終わった。
で、2日目である。
いつものエリカとヴィクトリアとの魔法の基礎訓練を終えた俺は、リネットさんと歯引きの武器を使った対戦形式の実戦訓練をしていた。
「えい」
「や」
俺たちの掛け声とともに、ギン、カンと金属と金属がぶつかり合う音が周囲にこだまする。
しばらくの間金属音は鳴りやまなかったが、やがてリネットさんが手を止める。
「参った。アタシの負けだ」
獲物の斧を下ろし、疲労のせいだろう、地面に腰を下ろす。
「ホルスト君は本当に強いなあ。お父さんを負かすだけのことはある」
「そんなことはないですよ」
俺もリネットさんの横に腰を下ろす。
「リネットさんも腕を上げてきていますよ。旅を始めた時と比べると、格段に腕が上がっていますよ」
旅を始めてから俺とリネットさんは武芸の訓練を始めた。
家にいるときは、エリカとヴィクトリアの3人で魔法の訓練をした後、一人で武芸の訓練をしていたのだが、旅に出てからはリネットさんとするのが日課になった。
武芸の訓練は一人よりも二人でする方が効率が良かったから、俺は大歓迎だった。
リネットさんは俺にとってちょうどいい練習相手だった。
リネットさんは自分では俺に全然敵わないと言っているが、そんなことはない。
彼女だってBランクの冒険者だ。Bランクは伊達や酔狂でなれるランクではない。
その腕は確かだった。
俺もリネットさんと訓練すると色々と学ぶことがあるのだ。
だから、この訓練は双方に利益のある有意義なものであった。
「そ、そうか。ホルスト君にそう言ってもらえると嬉しいな」
俺に褒められたリネットさんは顔を赤らめ心底嬉しそうに笑う。
ちょっと褒めたくらいで、そこまで喜んでもらえると俺も褒めがいがあるというものだ。
「そんなに喜んでもらえると俺もうれしいです。ま、これからもお互いに精進しましょう」
俺はリネットさんの隣でゴロンと横になる。
リネットさんも俺につられて横になる。
しばらくそのまま二人でじっと空を見上げる。
やがて、俺の方からポツリと口を開く。
「そういえば、前から聞こうと思っていたんですけど、リネットさんて兄弟はいないんですか」
「うん?アタシは一人っ子だけど。何か?」
俺としては何気なく聞いたつもりだったのだが、リネットさんが食いついてきたので返事をする。
「単に聞いてみたかっただけなんですが、まあ、いいでしょう。せっかくだから、ここはひとつ俺の昔話でもしましょうか。良かったら聞いてくれますか?」
「是非、聞きたいね」
のちに振り返ってこの時なぜこの話をしようと思ったのかわからなかったが、多分この時はなんとなくで話したのだと思う。
「俺、兄弟にいい思いでないんですよね。兄弟と言っても、妹が一人いるだけなんですが、こいつ偉そうなやつでね。いつも無能と罵られていましたね」
「そうなのか」
「親も昔は魔法を使えなかった俺よりも妹のことをかわいがっていまして、妹に婿を取って家を継がせるつもりみたいで、それであいつはますます調子に乗って。俺の幼少期は本当悲惨でしたね」
俺は上半身を起こすと指折り数える。
「奴隷のように用事を押し付けられたり、飯をひっくり返されたり、足蹴にされたり、とにかく色々とやられましたね」
「大変だったんだな」
話を聞いたリネットさんがなんか涙ぐんでいる。
俺の中ではとっくにどうでもいい話になっているのに、こんなことで涙を流させるのは申し訳なかった。
俺は慌てて話題を変える。
「だから俺、リネットさんみたいな優しい姉さんが欲しいなんてずっと思っていました」
この時は何とはなしに言ったつもりだった。
後になって何を言ったんだと自分でも思った。でも、割と本音だった。
「そ、そうか。アタシも弟か妹が欲しいとずっと思っていたんだ。うん、それはちょうどいいな」
何がちょうどいいのかよくわからなかったが、リネットさんも上半身を起こすと、俺の方へ体を向ける。
「そういうことなら、アタシも君のお世話をもっとしなければならないな。これからも仲良くしてくれよ」
「はは、今更じゃないですか。ま、よろしくお願いします」
本当に今更だ。リネットさんには仕事のことでお世話になっているし、嫁さんたちとも遊んでくれている。
これからも仲良くしていくのに異存はない。
「それで、お世話する一環として一つ提案があるのだが」
「なんですか」
「ノースフォートレスに戻ってからも、時々は武芸の鍛錬に付き合ってくれないかな。ほら、その方がお互いの練習になるだろ」
「いいですよ」
何を提案されるんだろうとちょっと思ったが、そういうことならこちらからお願いしたいくらいだ。
「そ、そうか。やってくれるか」
俺の返事を聞いたリネットさんが満面の笑みを浮かべる。
それを見て俺はこの人は本当に冒険が好きなのだと思う。
より困難な冒険をこなすには強くならなければならない。
俺との訓練でそれを得たいのだろう。
本当に一途な人だ。
リネットさんの笑顔に俺も笑顔で返す。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
「それじゃあ、約束したぞ。それじゃ、また後で」
そう言うとリネットさんは俺に背を向けて、顔を手で覆い隠しながら脱兎のごとく走り去っていった。
どうしたんだろうと思ったが、考えてもわからなかったのでそのうち考えるのを止めた。
★★★
航海3日目。午後。
今日は船のテラスでエリカと二人きりのお茶会だ。
メーン号は一応豪華客船を自称しているらしく、こういう設備は充実していた。
新婚当初。というか、まだ結婚して1年も経っていないので未だ新婚当初ではあるが、とにかくヴィクトリアが家に来る前はよく二人でこうやってお茶を飲みながら過ごしてきたものだったが、ヴィクトリアが来てからはあいつも混ざるようになり、めっきり二人きりの時間が減ってしまった。
旅に出てからは出てからで、4人で過ごすことが多かったので二人きりでお茶をするのは久しぶりだ。
なので今日は二人きりの時間を楽しみたいと思う。
「旦那様、どうぞ」
エリカがティーカップにお茶を注いでくれる。
「ありがとう」
俺はそれをありがたくいただく。
「うん。やっぱりエリカの淹れたお茶はうまいな」
「お褒めいただきありがとうございます」
お茶を飲んで喉の渇きを潤した俺は、次にテーブルに並べられたお菓子を口に売る。
これもうまい。
俺は貪るようにそれらを次々に平らげていく。
そんな俺にエリカが声をかける。
「時に旦那様。向こうに着いた後はどうなさるつおつもりですか。一応、オリハルコンを手に入れる目的でここに来たわけですが」
「一応、皇都に行くつもりだ。まあ、もっともオリハルコンなんて簡単に手に入るわけがないし、将来手に入れるための情報の一つでも手に入れば上等かなと思っている。それよりも」
俺は残っていたお茶を飲み干した。
「今回は旅を楽しもうよ。オリハルコンはついででもいい」
エリカの手を取る。
「思い出をたくさん作って帰ろう」
「はい」
エリカが顔を赤らめながら返事をする。
普段はしっかりしているのに時々こうやって愛らしい顔になる。本当、エリカはかわいいな。
それからしばらく二人で見つめあっていたが、やがてエリカがこんな提案をしてくる。
「思い出作りということならお祭りに行ってみませんか」
「祭り?」
「後2.3日で目的地のナニワの港に到着するわけですが、その頃にはちょうど豊穣の女神さまに捧げる夏祭りをやっているみたいですよ」
「そいつはナイスタイミングだな」
これで旅行の楽しみが一つできた。
何だかワクワクしてきた。
航海も残すところ2日。何事もなく早く終わるといいなあ。
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