第30話~港町ガイアス~
『ヒートンの町』をでて10日。
やっと『ガイアスの町』の城門が見えてきた。
カッポカッポと、パトリックが一歩一歩歩みを進め、町に近づいている。
そんなパトリックの御者を今しているのは、
「えーと、ここをこうして」
「だから、そうじゃないって」
ヴィクトリアであった。
「お前、道中何回同じことを言わせるんだ。強引にやるなって言っているだろう」
「だって」
「だってじゃない。強引にやるとパトリックがかわいそうだろう。こいつは頭がいいから、ちゃんと言うことを聞いてくれるんだ。もうちょっと馬を信用してやれ」
「うう」
俺に怒られたヴィクトリアがしょぼんと肩を落とす。
ちょっと言い過ぎたかなとも思ったが、このくらい言っても当然だとも思う。
人に物事を教えるときというのは、その辺のさじ加減が非常に難しいものだ。
そう。今ヴィクトリアに馬の扱いを教えているのだ。
「ホルストさん。馬の扱いを教えてください」
『ヒートンの町』を出てすぐ、こいつはそう志願してきた。
『ヒートンの町』までは、俺、エリカ、リネットさんの3人で交代で御者をやっていたので、単純に1人員数が増えるかもしれないのはありがたい話だったので、3人の中で一番馬の扱いに長けていた俺が御者当番の時に指導してやることにした。
そう言えば、こいつはエリカにも料理と裁縫の特訓を申し込んだらしい。
それに加え、リネットさんもヴィクトリアと同じく料理と裁縫を教えて欲しいと頼んだそうだ。
今では3人で仲良く料理したり、空いた時間に何か縫ったりしていた。
仲が良くて結構なことだが、急にそんなことをし出すなんて二人に何があったのだろうか。
旅の前半ではそんな素振りを見せていなかったのに。
彼女たちのの気持ちの変化の理由が全然わからなかったが、まあ深く考えても仕方ない。
大方、長旅で時間があって暇なので、何か新しいことでもしたかったのだろうくらいに思っておくことにする。
まあ、そちらの方はエリカにお任せするとして、問題は俺の指導の方だ。
今俺は鞭を与えた。だから次は優しくしてやる番だ。
「そうしょぼんとするな。お前らしくもない。よし、では次は俺が一緒にやってやろう」
そう言うと、俺はヴィクトリアの後ろに座り直し、後ろから手を取ってやる。
「うん?なんだお前手がカチンコチンじゃないか。緊張のし過ぎだ。馬を操る時はもうちょっとリラックスしなければだめだ」
緊張しながら馬を操っていたヴィクトリアに俺はそう注意した。だが、こいつからは、
「別に馬を操っていたから緊張しているわけではないです」
というよくわからない返答が帰ってきただけだった。
馬を操るのに緊張してないというのならこいつは何に緊張しているのだろうか。本当、不思議な奴だ。
「まあ、いいや。それじゃあ、俺がやるように手を動かせよ」
「うう、この鈍感(ニブチン)」
返事の代わりにヴィクトリアが何か言ったが、小声でぼそっと言ったので俺にはよく聞こえなかった。
「何か言った?」
「いえ、なんでもないです。それではお願いします」
俺が一緒にやり始めてからは割とうまくいった。
順調に馬車が進んでいく。
このまま無事に進んでいくかと思われたその時。
「わっ」
「きゃっ」
突然馬車が跳ねた。どうやら車輪が石を巻き込んだらしかった。
「あわわわ」
ヴィクトリアが体勢を崩して前に落ちそうになる。
「おっと」
俺は慌ててヴィクトリアを抱きかかえて、後ろに倒れる。
ガタガタと馬車が揺れている間、じっとそのままの体制を維持する。
揺れが収まる。同時にヴィクトリアに声をかけてやる。
「大丈夫か」
「はい。大丈夫です」
どうやら大丈夫なようだ。俺は起き上がろうとした。だが起き上がれない。
突然の出来事にビビったらしいヴィクトリアが俺にしがみついているからだ。
「お前は何をしているんだ。大丈夫だったんならさっさと離れてくれないか」
「だって、怖かったんですもの。だからもう少しだけ」
そう言うと、ヴィクトリアは、手持無沙汰なのだろう、俺の胸を指でなぞってくる。
「ホルストさんって、服の上からでもわかるくらい筋肉質なんですね。すごいです」
「そうか?まあ、鍛えてきたからな」
急に褒められて照れ臭くなった俺は、頭をかいた。
その時。
「大丈夫かい?」
リネットさんが馬車から顔を出した。
リネットさんは俺たちの惨状を見ると顔を赤くした。
この反応はわからなくもない。第三者が見たら、俺たちがイチャイチャしていたように見えてしまうからだ。
「ヴィクトリアちゃん」
ヴィクトリアのことをじろっと見る。
「ち、違うんです。これは事故なんです」
ヴィクトリアは慌てて起き上がり、弁解する。
「それはわかっているよ。でも、もうちょっとで町なんだから気合を入れないと」
「気を付けます」
「頼むよ」
リネットさんは怒ったように荒く馬車の扉を閉め、中に帰って行った。
「怒られてしまいました」
「まあ、気を取り直して行こうや」
その後は何事もなく、馬車は無事町に到着した。
★★★
「潮風のにおいが気持ちいいですね」
エリカが馬車から顔を出して大きく息を吸う。
「建物も白いのが多くてきれいですし」
確かにこの町には白い建物が多かった。
温暖な地方特有の強い太陽の光が建物に反射して白く輝いて見えた。
その点、どちらかというと寒いのでレンガ造りのがっしりとした建物が多い『ノースフォートレス』と対照的だった。
「おっ、目的地に着いたようだぞ」
そうこうしているうちに、俺たちはこの旅のとりあえずの目的地であるこの町のギルドに着いた。
ここに荷物を届けることが今回の依頼だ。
「こんにちは」
「こんにちは。ガイアス冒険者ギルドへようこそ。本日はどういったご用件ですか」
「実はノースフォートレスから荷物を届けに来たのですか」
「ああ、お待ちしておりました。ではこちらに」
俺たちはギルドの倉庫に案内された。
倉庫に案内された俺たちは預かっていたマジックバックを引き渡す。
このマジックバックは封印を施せる特殊な物になっていて、開け方はギルドの職員さんしか知らない。
「では中身を確認させてもらいます」
職員はそう言うとマジックバッグを開け、荷物を取り出して中身があっているかチェックしていく。
荷物が1個1個床に並べられていく。
しばらくすると作業が終わる。
「商品の確認ができました。受付に来て依頼の完了の手続きをお願いします」
俺たちは再び受付に移動する。
「こちらにサインをお願いします」
俺が書類にサインをすると、職員さんはにっこりと笑う。
「では、こちらが報酬になります。では、またのご利用を」
これで今回の依頼は達成され、俺たちはほっと一息つくのであった。
★★★
その後は港近くのレストランへ行った。
「いい景色ですね。旦那様」
そこはギルドで聞いてきた海の見えるおしゃれなレストランで、海鮮料理が有名らしかった。
「いらっしゃいませ」
店に入るとすぐに女性店員が席に案内してくれる。
席に座った俺たちはメニューを見て何を食べるか決めると、店員さんを呼ぶ。
「すみません。この『店長のおすすめエビ料理のドキドキコース』を4つください」
「畏まりました。お飲み物はいかがなさいますか」
「このボンド産白ワインを3つとブドウジュースを1つください」
今日は依頼達成の祝勝会も兼ねているので、昼間だけどお酒を頼んでもいいことにしている。
ちなみに一人だけジュースを頼んだのはリネットさんだ。
彼女は下戸らしく、道中一滴も酒を飲んでいない。
俺はドワーフというとみんな酒が強いのかと思っていたが、人によるらしく、リネットさんはダメらしかった。
彼女はハーフだからそういうのも関係しているのかもしれない。
しばらく待つと飲み物や料理が運ばれてきた。
「かんぱ~い」
まずは乾杯をする。
次に最初に出てきた『海鮮サラダ』を食べ始める。
「エビがぷりぷりでおいしいです」
「このドレッシングは中々いいな」
「ワインもおいしいですね」
女性3人は嬉しそうにサラダを食べている。
俺は野菜が苦手なので、
「ヴィクトリア、俺の分も食えよ」
と、4人の中で一番食に貪欲なヴィクトリアに半分以上押し付けた。
「ありがとうございます」
押し付けられたヴィクトリアは特に気にすることも無く、喜んでそれをぺろりと平らげてしまった。
それを見ていたエリカに、
「旦那様、好き嫌いはいけませんよ」
と、たしなめられてしまった。
「以後、気を付けます」
とりあえずそうごまかしておいた。
そうこうしている間にも次々と料理が運ばれてきて、それを食していく。
「それで、どうやって『フソウ皇国』へ行くんだい?予定通り定期船で行くのかい?」
「いや、それだと馬車が乗れません。一応預かってくれるところなんかもあるようですけど、1匹だけで置いていくのはパトリックがかわいそうだと思う」
「じゃあ、どうするんだい」
「これです」
俺はギルドでもらったパンフレットを出した。パンフレットには『ガイアス船旅案内』と書かれてあった。
「このパンフレットによると、個人で雇える船が結構あるらしいです。それを雇えば馬車ごと運んでもらうこともできるようです。ちょっとお高いですが、自分が使い慣れている馬車を向こうでも使える利点は大きいと思います」
「なるほど。それはいいね。エリカちゃんとヴィクトリアちゃんはどう?」
「私も賛成です」
「ワタクシもパトリックと離れたくないです」
「よし、それなら決まりだな」
こうして、フソウ皇国へは船を雇っていくことにした。
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