閑話休題5~温泉恋バナ女子会~
混浴風呂の隣。
女子風呂にはヴィクトリアとリネットがいた。
二人とも広い湯船にゆっくりとつかり、羽を伸ばしている。
「広くて、気持ちいいです」
「そうだな。こんないい風呂が貸し切りだなんて最高だな」
二人とも温泉特有のちょっとぬめりのあるお湯に肩まで身を沈め、温泉を堪能している。
「今頃、エリカさんたちも楽しんでいるんですかね。『旦那様とお風呂に入るのは久しぶりだから、楽しみ』とか言ってましたからね」
「そうなのか」
「二人とも仲が良くて羨ましいです」
本当にそうだな。
リネットもそう思う。
「そういえば、ヴィクトリアちゃんも家ではホルスト君とお風呂に入ったりしているのかい」
「えっ、ワタクシがですか。そんなわけないじゃないですか」
「でも、ヴィクトリアちゃんって、ホルスト君と……そういう関係なんでしょ。ほら、左手の薬指に指輪だってしているじゃないか」
「指輪?ああ、これですか」
ヴィクトリアは左手を湯船から出し、指輪を見せながら手首をクルクル回して見せる。
「これ、男除けの指輪なんです」
「男除け?」
「そうです。エリカさんが、ワタクシに変な男が寄り付かないように、ホルストさんに、『男除けのために買ってもらいなさい』って言うから、買ってもらったんです」
「へえ、それは豪儀な話だね。ということは、ホルスト君とは」
「そういう関係ではないです。お付き合いもしていないです」
リネットは何だかほっとした気分になった。
「あっ、でも」
「でも、なんだい?」
リネットはヴィクトリアの話に興味を示し、身を乗り出して話を聞きにきた。
「無理矢理キスされて、胸を触られたことはありましたね」
「本当か」
リネットは目を丸くした。あのホルスト君が。普段は生真面目なホルスト君が。女性に無理矢理そんなことをするなんて、信じられなかった。
「本当です。まあ、事故なんですけどね」
「事故?」
「ええ。あの時、3人部屋で寝ていたんですけど。あまりにも寒くて、暖を取るために、ワタクシ、エリカさんの布団に潜り込もうとして、間違えてホルストさんの布団に入っちゃって。それで、ワタクシをエリカさんだと勘違いしたホルストさんがキスをしてきたというわけです」
「なんだ。そうだったのか」
それは羨ましいな。事故でも何でもいいからアタシもホルスト君にキスされたい。って、アタシは何を考えているんだ。
リネットは必死に妄想を打ち消した。
「じゃあ、今のところヴィクトリアちゃんはホルスト君とは恋人でも何でもないと」
「ええ、特に異性として意識したことはないです」
「ふーん」
リネットは腕を組み、頷く。
「それじゃあ、ヴィクトリアちゃんはどういった男性が好きだい」
「うーん」
ヴィクトリアはちょっとだけ考えると答えを出す。
「ワタクシに優しくしてくれる人ですね。二人きりの時なんか思い切り甘えさせてくれると嬉しいです。後、背が高くて筋肉質の人だったら文句なしですね」
「ふーん、あれ?」
リネットはヴィクトリアの言う人物に心当たりがあった。
その人物は、リネットの見る限り、ヴィクトリアに苦いことを言うこともあるが基本的に優しい。
普段の態度から見るに、恋人にでもなれば滅茶苦茶甘えさせてくれそうな人でもあった。
リネットはその人物の名を口にする。
「それってまんまホルスト君だよね?」
「えっ」
ヴィクトリアはハッとした顔になった。
すぐに全身が茹でダコの様に真っ赤になる。
今まで自分でもホルストのことが好きだとは気づいていなかったのだろう。それをリネットに指摘されて明らかに動揺した。
「そういえば、ワタクシ、ホルストさんにご飯をあーんしたり、腕に抱きついたりもしてしまいましたね。よく考えたら、あの時、なぜあんな行動をとってしまったのでしょうか。ホルストさんにはエリカさんという立派な奥さんがいるのに。それなのに、よく考えずに、というか、無意識にというのが正しいのでしょうが、ああいうことをしたのはワタクシの心の奥底ではホルストさんが好きになっていたからなのでしょう。多分、そうに違いないです。ああ、奥さんのいる人を好きだなんて、ワタクシはなんてことをしたのでしょう」
必死に独り言を言って、動揺を抑えようとしている。
ただそれで治まりきるものではなかったらしく、そのうちに呟くのを止め呆けた顔になると、口まで湯船につかり、ブクブクと泡を吹きだし始めた。
しばらくはそのままだったが、やがて立ち直ると、湯船から顔を出し、照れ隠しのためなのだろう、リネットに聞き返してくる。
「そういうリネットさんはどうなんですか」
「アタシ?そうだなあ。アタシは自分より強い人がいいかな。ドラゴンを一撃で倒せる人なんか最高だな。後、アタシや家族を大切にしてくれそうな人なら言うことなしかな」
「それって、ホルストさんのことですか」
「えっ」
しまった。思っていることをそのまま言ってしまった。
リネットも、ヴィクトリア同様ハッとした顔になる。
やはり、ヴィクトリア同様、全身を茹でダコの様に真っ赤にさせ、湯船に沈んでいく。
多少ヴィクトリアと違うところがあるとすれば、リネットの場合、初めて自分の気持ちに気づいたからではなく、秘めていた思いを他人に知られてしまったという思いでそうなっているということくらいだ。
リネットもしばらくそのまま湯船に沈んでいtが、やがて浮かんでくると、ヴィクトリアに提案した。
「今のは、お互いに聞かなかったことにしようか」
「そうですね。そうしましょう。何と言っても、ホルストさんにはエリカさんがいますし」
「そうだな。あんなに仲がいい二人の間にアタシたちが入っていくのはさすがに悪い」
それからしばらくの間、二人は黙り込んでいたが、やがてヴィクトリアがポツリと漏らす。
「でも、エリカさんって側室容認派なんですよね」
「そうなの」
「ええ。子孫繁栄のために容認はするけど、その時はきちんと自分に言って、許可をもらえと、ホルストさんに言ってましたね」
「ということは、ホルスト君に気に入られて、エリカちゃんに認められたら可能性はあると」
「そういうことです。ワタクシも先程は動揺してしまいましたが、よく考えたら、正妻以外にも奥さんのいる人はたくさんこの世界にはいますし、天界の神々だって正妻以外に奥様がおられる方もいます。重要なのはそこに真実の愛があることと、みんなで仲良くやれるかでしょう。ぎすぎすした家庭はワタクシは嫌です」
「それはアタシも同意見だな」
ヴィクトリアの話を聞いたリネットはうんうんと頷いている。
「それよりも難問があります」
「なんだい?」
「ホルストさんって、エリカさん以外の女の子の気持ちにはてんで鈍いですよね。ああ見えて、ホルストさん北部砦で大活躍したでしょう。だから、たまに町で女の子からいい感じの視線を送られたりするんですけど、本人、全然気づいていないですからね」
「それは、一筋縄ではいかないな」
「それにエリカさんも良妻賢母タイプのしっかりした人ですからね。あの人に認めてもらうのは簡単じゃないですよ」
「確かに」
二人は再び黙り込む。
しばらくはそのままだったが、やがて。
「結構な長風呂になっちゃったね。これ以上入っていたらのぼせるから、そろそろでようか」
「そうしましょうか。続きはまた今度話しましょう」
二人は湯船から出ると、脱衣所へ行き、着替え、部屋へと戻っていった。
その日二人は悶々として寝られなかったということだ。
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