第25話~代金~

 3日後。


 いよいよ、出発の日が来た。


「リネットさん、こっちの服の方が可愛いですよ。これにしたらどうですか」

「それに髪ヒモもこちらの色の方がお似合いですよ」

「そうかなあ」


 それで、今は出発前最後の準備ということで買い物に来ているのだが、なんだかリネット着せ替え会になっていた。

 ヴィクトリアとエリカに次々と試着させられ、リネットさんはちょっと辟易しているようだ。


「アタシは今のままでも十分なんだが」

「何をおっしゃるのですか。いつも旦那様が欲しいと私たちに言っているではないですか。それなのに、いつも地味な恰好ばかりで、言行が一致していないと常々思っていたのですよ。だから、私どものパーティーに来た以上は協力してあげます」

「そうです。リネットさんは素材がいいのにもったいないです」

「う、うむ」


 結局、リネットさんは二人にされるがままとなるのであった。

 3人が買い物をしている間、手持無沙汰な俺は、その辺をぶらぶらしていた。


「兄ちゃん、オークのソーセージはどうだい」

「1つください」

「お兄さん、焼きたての一口ピザはいかがですか」

「2つください」


 ぶらぶらと言っても、買い食いをするくらいしかやることがない。

 旅中の食料や道具類はすでに買い込んで馬車に積んであった。


 それにしても、世の中にはいろいろな食べ物があるんだな。


 買い食いをしながら俺はそんなことを思う。

 ほんの少し前まで、食べ物と言えば黒パンと具のないスープが主で、エリカ手作りのお弁当だけがごちそうという俺にとって、今こうして好きにものが食べられる状況は幸せだった。


 もちろん、今だってエリカの手料理が最高であることに変わりはないが、そのエリカの手料理にしたってこちらに来てからレパートリーがかなり増えているのだ。

 それを考慮すると、今ではヒッグスの町を追い出してくれて、むしろありがとうと言いたいくらいだ。


 本当、今の自分は幸せだと思う。


 そんなこんなで1時間ほど暇をつぶして戻ってくると、エリカたちがお会計をしているところだった。


「終わったかい?」

「あっ、ホルストさん。ちょっと見てあげてください」


 ヴィクトリアはそう言うと、俺を見て慌てて物陰に隠れたリネットさんを引っ張り出してくる。


「ちょっと、やめろお」

「いいじゃないですか。どうせいつまでも隠し通せないですよ」

「うう」


 ヴィクトリアに引っ張り出されたリネットさんは、頬を赤くし下を向いていた。

 リネットさんはいつものズボン姿と異なり、青いワンピース風の旅装を着ていた。

 着なれないスカートを着ているせいか妙にそわそわしている。


「「お、おかしいだろ」

「そんなことないですよ。すごくかわいいですよ」

「そ、そうかな?」

「ええ、リネットさんの魅力が出ていてすごくいいと思いますよ。俺が独身だったら、間違いなく声をかけちゃいますね」

「ほ、本当か。えへへへ」


 リネットさんは照れ臭くなってニコニコと笑った。


「あははは」


 俺もそれにつられて笑ったが、その時。


「いたた」


 エリカとヴィクトリアに思いきり尻をつねられた。俺が慌てて二人を見ると、二人が俺のことをじっと睨みつけていた。


「旦那様、女性に対してそんな無責任な発言をしてはなりませんよ」

「そうです。ホルストさんは無責任すぎます」


 なぜかすごく怒っていた。


 俺は何を間違えたのだろうか。リネットさんをほめただけなのに、訳が分からなかった。

 そんなことを考え、俺がボケっとしていると、リネットさんが慌てて仲裁に入ってきた。


「二人とも、すまなかった。アタシのせいで」

「大丈夫です。リネットさんは悪くないです。悪いのは節操なしのホルストさんです」

「ヴィクトリアさんの言う通りです。悪いのは旦那様ですから、リネットさんはお気になさらないでください」

「そうか。ありがとう」


 どうやら3人の中では解決したようだが、俺は置き去りのままだった。

 その後もわけがわからないままボケっとしていたが、そのうちにエリカが、


「いつまでボケっとしているんですか!行きますよ!」


と、言い出したので、俺は恐る恐る3人の後をついて行きながら馬車へ向かうことになった。


★★★


「そうそう、これを渡すのを忘れるところだった」


 もうすぐ馬車に着くというところで、リネットさんが俺に声をかけてきた。


 そして、自分の荷物から1本の剣を取り出すと俺に手渡してくる。


「これは?」

「ミスリルの剣だ。オリハルコンの剣が見つかるまで、とりあえずこれを使ってくれ」

「ミスリル?」


 俺は剣を抜いてみた。刀身がまばゆいばかりの銀色に光っていた。確かにミスリルの剣だった。


「これは?」

「うちの親父の工房に飾ってあったのを一本拝借してきたんだ。これからお世話になるんだから、

手土産代わりにあげるよ」

「拝借って……まさか無断で」

「別にいいよ。どうせたくさんあるんだし1本くらい」

「それは困ります」


 本当に困る。


 ミスリルは希少金属でかなりお高い。俺が前に使っていた剣に匹敵するほどの値段がするだろう。

 そんな物をタダでもらうわけにはいかなかった。


「別にいいってば」

「そういうわけにはいきません。これはお返しします」

「だから、大丈夫だって」


 俺とリネットさんの間で剣の押し付け合いが始まった。

 しばらく、「いいです」「もらってくれ」とやりあっていたのだが、やがてエリカが仲裁に入ってきた。


「旦那様、リネットさんがそこまでおっしゃっているのですから、いただいたらどうですか」

「でも、エリカ」

「その代わり、代金をお支払いすればよろしいかと」

「それだ」


 さすが俺の嫁。いいことを言う。


「それじゃあ、早速行くか」

「だから、お金なんかいらないよ」

「いいえ、リネットさん。こういうことはきちんとしておいた方がよろしいと思いますよ。お父様はリネットさんが剣を持ち出したことを知らないのでしょう?でしたら、お父様にお知らせすべきです」

「わかった。そこまで言うのなら」


 こうして俺たちはリネットさんの家へ行くことになった。


★★★


「ほう、お前さんが最近この町に誕生したっていうSランク冒険者かい?」


 俺たちがリネットさんの家に行くと、リネットさんのお父さんであるフィーゴ・クラフトマンさんにそんなことを言われた。


 フィーゴさんは小柄で筋肉質な見るからにドワーフという感じの人だ。

 作業着に赤色のつなぎを着ていて、娘と同じ赤色の髪を短くしている。


「ええ、そうです」

「ふーん。若くてそんな風には見えないな」

「よく言われます」


 そう言うとフィーゴさんは俺のことをじろじろ見た。気のせいだろうが、なんだか値踏みされているような感じがする。


「ふーん。まあ、いいや。それにしても、あんた若いのにきちんとしているね。剣のことなんかを言いに、わざわざ家にまでくるんだからな」

「そうですか。普通のことでは」

「いや、普通のことがちゃんと出きる奴って案外少ないんだ。ワシはそれだけでも大したものだと思うよ」

「褒めていただいてありがとうございます。それで、代金の件なのですが」

「いらねえ。いらねえ」


  フィーゴさんは手をひらひらと振った。


「経緯はともあれ、うちの娘が一度お前さんたちにやると言ったんだ。一度やるといった物から金をとるなんて、そんな筋の通らないことはできねえよ」

「しかし、それでは俺たちの気が済みません。お金がダメなら、何か別のもので支払わせていただけませんか」

「ふむ」


 フィーゴさんはしばらく考えた後こう言った。


「そこまで言うのなら、一つ頼みを聞いちゃくれないか」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る