第26話~立ち合い~

 なぜこうなった。


 それから30分後、俺はリネットさんの家の前の通りでフィーゴさんと向かい合っていた。


「腕が鳴るぜ」


 そんなことを言いながら、フィーゴさんは木槌を手に持ち、腕をぐるぐると回している。


「うーん」


 俺も木剣を手に持ち、体を伸ばして準備をしている。

 今何をしているかというと、いわゆる一つの”立ち合い”というやつだ。


「お前さんと手合わせしたい」


 ミスリルの剣の代金代わりとして、フィーゴさんにそんなことを言われてしまった。だから、俺たちはこうして対峙している。


 なんでもフィーゴさんは、「武器を作る奴が武器を使えないようではダメだ」と言うのが信条らしく、若いころ武者修行として冒険者をやっていたとのことだ。

 しかもかなり上まで行ったという。

 そのため、今でも強い人を見ると勝負を挑みたくなるらしかった。


「お父さん。もう年なんだから無理をしないでよ」


 リネットさんが心配して声をかけても、どこ吹く風だ。


「心配するな。それに、ワシはそんなに年寄りじゃないぞ」

「でも、この前だって」

「ああ、うるせえ。うるせえ。そんなに人を年寄り扱いしたいんなら、早くわしに孫の顔のひとつでも見せてみやがれってんだ」


「ちょっと、それは言いっこなしよお」


 そうやって逆にリネットさんを黙らせる始末であった。

 まあ、なんか困惑顔のリネットさんはかわいかったが。


 ちなみに、今回俺は魔法を使わずに勝負するつもりだ。

 フィーゴさんは今でもそんじょそこらの冒険者では歯が立たないほどの腕をしているそうで、元Bランクのリネットさんでも勝てないそうだ。

 だから、今回の勝負は自分の現在の客観的な実力を計るのにちょうどよいと思ったのだ。


「それではいくぜ」


 フィーゴさんが木槌を構えた。


「いつでもどうぞ」


 それに合わせて、俺も木剣を構えた。


★★★


 武器を構え向かい合った俺たちはしばらくの間動かなかった。


 しかし、それは表面的に見える部分だけの話で、実際には互いに五感を総動員して相手の出方を探っている。

 そのまま、永遠の時間が過ぎるかと思われたが、先にフィーゴさんの方が焦れた。


「チェストー」


 木槌を振りかぶり突っ込んで来る。


 俺はそれを剣で軽く受け流す。

 まともに剣で受ければ、剣が叩き折られるし、受けずによければさらに踏み込まれて追撃を食らうからだ。


「やるじゃねえか」


 俺にうまく攻撃をかわされつつもそうほくそ笑むと、フィーゴさんは反撃を狙っていた俺が攻撃するよりも前に素早く反転し、蹴りを入れてくる。


 攻撃をいなされた直後なのに、なおこんな素早い動きができるなんて。

 俺は感嘆しつつも蹴りを盾で受け止め、2,3歩後退する。


「今だ」


 完全に受けに回った俺を見てチャンスだと思ったのだろう。フィーゴさんが今一度木槌を振りかぶり突っ込んで来る。


「ふん」 


 紙一重のタイミングでその一撃をかわすと、俺は剣で木槌の柄の部分を思い切りたたく。


「うおおお」


 全力で攻撃中の所に横からの一撃を入れられて、フィーゴさんはよろめくが、すぐに体勢を立て直すと、木槌を構え直し、俺の正面に立つ。


「ほう、俺の必殺の一撃を二度もかわすとはやるじゃねえか。大抵の奴は一撃でお陀仏、良くて二撃目でジ・エンドなのによう」

「それはどうも。おほめいただきありがとうございます。」


 フィーゴさんの強力な一撃に内心ヒヤリとしながらも、俺はそううそぶいて見せる。


 というか必殺て。俺を殺る気満々じゃないですか。

 俺は何かこの人の恨みを買うようなことをしたのだろうか。

 心当たりはなかったが、今は勝負の最中だ。深く考えている暇はない。


 気を引き締めて次の手を打たなければならない。


「では、今度はこちらから行かせてもらいます」


 俺はそう言うと、地面を蹴り、フィーゴさんに突進する。


「あたたたた」


 連続で剣戟を繰り出す。

 普通の人ならこれだけ連続で攻撃を繰り出されると避けようがない。何せこれは、神強化の魔法は使っていたが、ドラゴンにもダメージを与えた俺の渾身の攻撃だ。


 だが、フィーゴさんは木槌を器用に動かすと、


「ほっ、ほっ」


と、うまく攻撃を捌いてしまう。


 見かけによらず器用な人だ。

 あんな重い武器でこんな器用な動きをされてしまった俺は素直に脱帽する。


 しかし、感嘆してばかりもいられない。作戦を変えることにする。


 いったん攻撃を止め、後ろに飛ぶ。


「臆したか」


 フィーゴさんがすかさず木槌を振りかぶって追撃してくる。


 よし狙い通りだ!


 地面に着いた足を思い切り踏ん張り、俺もフィーゴさんへ再び突進する。

 剣と木槌が交差する。


 キシーン。


 木槌と金属が接触する嫌な音がする。だが、俺は自分の鎧に木槌をかすめつつも、何とかフィーゴさんの一撃をかわすことに成功する。


 そして通り過ぎざま、剣を思い切り振り下ろす。


 スパッ。


 木槌の柄が真ん中から切断される。


「うおお」


 武器が破壊され重量バランスが突然崩壊したことで、フィーゴさんも体勢を崩す。


「はあ」


 そこへ思い切り蹴りを入れる。


 ドゴーン。


 たちまちフィーゴさんは吹き飛び、すさまじい音とともに壁に激突する。


 ガラガラ。


 フィーゴさんが激突した壁が崩れ、フィーゴさんが下敷きになる。


「お父さん!」


 リネットさんがそれを見てたちまち蒼い顔になり、フィーゴさんの方へ駆け寄る。


「あ、やべ」

「旦那様!やりすぎです」

「そうです。やりすぎです」


 俺はエリカとヴィクトリアに怒られてしまった。


「ごめんなさい」

「謝っている場合じゃないです。早く助けないと」


 なんかすごく理不尽な扱いを受けた気がするが、今はそれどころではない。

 俺たちも急いでフィーゴさんのもとへ慌てて駆けつけるのであった。


★★★


「ふう、いてて。見た目細い感じなのに、いい蹴りを持っているじゃねえか」


 ガレキから助け出されたフィーゴさんは、そんな負け惜しみを言ってきた。


 だが、体の節々が痛むのだろう。あっちこっちを触りながら苦悶の表情を浮かべている。

 それを見て申し訳ない気持ちになった俺は、すぐに頭を下げる。


「すみません。ついやりすぎてしまいました」

「いいのよ。ホルスト君。お父さんはいつも無茶ばかりするんだから、今回はいい薬になったのよ」


 フィーゴさんの代わりにそう答えたリネットさんは怒っていた。


「本当、無茶ばかりして、人を心配しさせてばかりで、本当どうしようもないんだから」

「うう、娘が厳しい」

「当たり前よ。放っておくとすぐに調子に乗るんだから。今回だって、ホルスト君に無理矢理勝負を挑んで。何考えてんのよ!ホルスト君が怪我でもしたらどうするつもりだったのよ。大体……」


 このままだと永遠の説教タイムになりそうだったので、俺は止めることにした。


「リネットさん!俺はこうして無事ですから、大丈夫ですから。それよりもお父さんを治療してあげないと。ヴィクトリア。あとは任せた」

「はい、任されました」


 俺に言われたヴィクトリアが治癒魔法をかけると、たちまちけがが治っていく。


「楽になりましたか」

「おうよ。悪いな、ありがとな。お嬢ちゃん」


 そう言うとフィーゴさんは立ち上がり、体のあちこちを動かして状態を確認する。


 どうやら、もう大丈夫のようだ。


 フィーゴさんは自分が無事なのを確認すると俺に話しかけてきた。


「それにしてもお前さんは強いな。俺をここまでコテンパンにしたのはお前が初めてだ。まさか、武器職人が武器を破壊されるなんてな。とんだ恥をかいちまったぜ」

「いえいえ。たまたまですよ」

「そう謙遜することもねえ。少なくとも、前に娘が連れてきた雑魚どもなんか比べ物にならないくらいつええよ」

「えっ、前にもこんなことがあったんですか」

「おうよ」


 フィーゴさんはぐるぐると腕を回しながら答えた。


「前にリネットがパーティーメンバーとやらを連れてきたんだがよ。こいつが揃いも揃って雑魚でよ。イラっとしたんでぶちのめしてやったのよ」


 ガハハとフィーゴさんは豪快に笑う。


「大体、Bランクパーティーを名乗っているのにBランクはリーダーのリネットだけで、皆DかよくてCばかりってのはどうなのよ」

「うちもSランクは俺だけですが」

「お前んとこはそれでいいのよ。リネットがリーダーじゃないんだから。お前さんなら娘を任せても大丈夫そうだしな」

「そうですか」


 フィーゴさんはポンポンと俺の肩をたたく。


「おうよ。前のはろくなもんじゃなかったから、辞めさせて副ギルド長にしたくらいだったが、お前さんたちなら、安心だ」

「えっ」


 それを聞いて俺は目を丸くする。


 リネットさんの副ギルドマスター就任にそんな経緯があったとは初耳だった。


 俺が驚いているのを見て、リネットさんが補足説明をしてくれる。


「うん。なんていうかね。『こんな奴らと冒険なんて危なっかしいことをするのは許せねえ。今すぐ辞めないと親子の縁を切ってやる』って、お父さんが言い出してね。仕方なく、前のパーティーを辞めちゃったのよ。本当にあの時はみんなに悪いことをしたわ」


 ハアッとリネットさんは溜息をつく。


「それ以来、強いパーティーを探していたのだけれど、なかなかいなくて。それで今回、あんたたちが武器を探していると聞いて、渡りに船だと思って無理を言ってパーティーに入れてもらったわけよ」


 そう言えば、強い旦那と一緒に旅に出たいとかよく言ってたけど、このことが原因だったのか。

 まったく、リネットさんも面倒くさいお父さんを持ったものだと思う。


「そんなわけで、俺の娘を預けるんだから、命懸けで守ってくれよ。頼むぜ」

「当然じゃないですか。お嬢さんのことはお任せください」


 ちょっと違和感のあることを言われた感じがしたが、俺は快く了承した。


「それと、リネット」

「なに、お父さん」

「こいつについて行けば間違いないからな。最期まで迷わず後をついて行けよ」

「……言われなくても、そのつもりです」

「よし。じゃあ、行け」


 最後もなんか引っかかる言い方をされたが、お父さんも正式に認めてくれたみたいだし、これで後腐れなく旅立てることになった。

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