第17話~モンスターの逆襲~

 ”わが軍優勢なり”


 前線にある司令部の幕舎にその報が入ると司令部は沸いた。


「ふむ、上手くやれているようだな」


 バルト将軍も満足なようだ。


「はっ、わが軍の先鋒は敵モンスターを各地で追い散らし、追い詰めております」

「このままいけばわが軍の勝利を間違いないな」


 この時、司令部の誰も勝利を疑っていなかった。


 この時は。


★★★


 やっぱりワタクシ、ヴィクトリアはダメな子です。


 そう思わざるを得ません。


 3日前、ワタクシはエリカさんと2人で一緒に買い物に出かけました。

 最近は暇なのでよくエリカさんと砦の中をぶらぶらしています。

 時には、エリカさんの他にもリネットさんを誘ったりもして、3人で出かけることもあり、女同士楽しくやっていました。


「あまり離れるんじゃありませんよ」


 そうエリカさんが忠告してくれているのにもかかわらず、ワタクシはこの前から気になっていたスイーツの屋台に1人で行きました。おいしそうなスイーツの魅力に勝てなかったからです。


「おいしい」


 スイーツを買ったワタクシはそれを無我夢中で食べていました。すると。


「ちょっと来い」


誰かに暗がりに引きずり込まれ、地面に転ばされてしまいました。


「何をするんですか」


 ワタクシが見上げると、そこにはこの前ホルストさんと争っていた男の人たちがいました。


「静かにしろ」


 その人たちはナイフをワタクシに突き付けて脅してきます。


「よし、じゃあ俺からだ」


 その中の一人が自分のベルトに手をかけています。ものすごくいやらしい目つきでワタクシを見ています。

 ワタクシは自分が何をされようとしているのか気付きました。すぐにお腹いっぱい空気を貯めました。


「誰か!助けてください!」


 ワタクシは大声で叫びました。


「ば、バカ」


 脅しているはずなのに叫ばれるとは思っていなかったのでしょう。

 男たちは慌てふためきました。そして、すぐに助けが来ました。


「あなたたち、なにをなさっているのですか」

「お、お嬢様」


 現れたのはエリカさんでした。エリカさんはこの様子を見てすぐに状況を理解したようで、男たちに言いました。


「一体、私の友人に何をしようというのですか。ただじゃ済ませませんよ」


 エリカさんは肩を怒らせながらこちらに近づいてきます。


「こうなったら」


 男の一人がワタクシに近づき、ワタクシの瞳にナイフを突きつけます。


「それ以上近づいたら、このきれいなお目目がおじゃんだぜ」

「まあ、なんと卑劣な。それでも栄光あるヒッグス一族ですか」

「なんとでも言え。俺たちはホルストの奴に復讐するまで帰れないんだ」

「へえ、復讐ですか。で、どうするんですか。まさか私に手を出すおつもりですか」

「そ、それは」

「私に手を出せばどうなるか。旦那様を散々イジメてきたあなたたちです。その経験からよくおわかりでしょう?もちろん、その子に手を出しても同じ目に遭っていただきますよ」

「……」


 男たちの顔が瞬く間に蒼くなりました。それを見るだけで、こいつらがどれだけホルストさんに酷いことをしてきたのかワタクシにも理解できました。本当に下種な野郎どもです。


「さあ、どうするのですか。はっきりしなさい」

「手は出さない。だけど、人質にする」

「人質?」


「俺たちはこれから戦場に行く。そこにあんたたちを連れて行って、ホルストをおびき寄せ復讐する」

「そんなにうまくいくとは思いませんけどね。ま、好きにしなさい」

「おい、やれ」


 ワタクシとエリカさんはそのまま後ろ手に縛られ、戦場へ連れていかれました。


★★★


 深夜、丑三つ時。


 モンスター討伐軍の司令部に忍び寄る影があった。


 作戦が順調なので調子に乗っているのだろう。

 ほとんどの部隊は前線に出しており、司令部周辺の部隊は少なかった。残った部隊も油断して禁止されているはずの酒を飲んで眠りこけている者さえいた。


 影が上空を見る。

 暗くて判別しづらいが、上空にはワイバーンが飛んでいた。背中には誰かが乗っている。


 ピー。


 突然、夜空に鋭い笛の音が鳴り響く。ワイバーンに乗っていた誰かが笛を吹いたのだ。


 司令部に迫っていた影が矢をつがえる。その矢じりには燃え盛る火炎を宿している。


 数秒後。


 ビュッという音とともに矢が放たれる。

 矢は司令部の幕舎や周辺の施設に命中し、たちまち火の手があがる。


「助けてくれ」


 火にあおられ、人々が逃げ惑う。

 中には間抜けにも影たちの方に逃げてきた者もいた。総司令官のバルト将軍もその一人だった。


「ぐは」


 彼は影たち、すなわちモンスターたちにあっさりと討ち取られてしまった。

 その後もモンスターたちは弓矢で攻撃し続け、それがひと段落すると、突撃を敢行した。


 この光景はなにも司令部だけの話ではない。

 襲撃はこの夜全線で一斉に行われ、討伐軍は莫大な損害を受けたのであった。


★★★


「ガハハハハ、もっと飲め」

「魔物って雑魚だったんだな」

「酒もっと持ってこい」


 同じ夜、デリックたちは酒盛りを開いていた。


 といっても、これは彼らだけの話ではない。ヒッグス派遣軍いや全軍がこんな感じだった。

 あまりにも簡単にモンスターを討伐できているので軍規が緩みまくっているのだ。

 現にデリックたちがバカ騒ぎを起こしても誰も止めようとせず、「それなら俺も」と、参加者が増える始末である。


 ここまで酷いのは、第一に司令部が総司令官のバルト将軍のイエスマンばかりで無能なのが主因である。


 そして、それに拍車をかけているのがベテラン兵不足である。近年魔物たちとの戦いが激しく、その分ベテランが消耗している。それをデリックたちのような新兵で補っているのだから、軍の質は低下する一方なのである。


 というわけで、デリックたちはバカみたいな酒盛りができるというわけだ。


 それを呆れてみている者がいた。

 エリカとヴィクトリアだ。


 彼女たちは物資輸送用の馬車に閉じ込められていたが、馬車はおんぼろで、幌も穴だらけだった。

 その穴からは、酒盛りの光景がよく見えたのだ。


「あいつら、本当にバカですね」

「昔からバカでしたしね。もう直りませんね」


 二人がクスクスと笑う。

 馬車の中が寒いせいだろう。二人は体を寄せ合い、一枚の毛布にくるまって暖を取っていた。


「それにしても、こんな敵中真っただ中であそこまで油断できるなんてどういう神経してるんですかね」

「ホルストさんだったら、野営する時は必ずしっかり準備してからしていましたしね」

「そうですね。旦那様は野営の時はまず地形の吟味から慎重にしていましたね。ここの方たちみたいに開けた場所に適当にテントを張るみたいなバカは決してしませんでした」

「それに、なんか仕掛けも設置したりしてましたし」


 仕掛け。警鈴のことである。敵が近づくと鳴るあれのことだ。


「お酒も絶対に飲みませんでしたし」

「それに、旦那様は浅く眠る訓練もしていたようですね」

「へえ、そんなのがあるんですか」

「ありますね。旦那様は『冒険者のイロハだ』と言ってこなしていましたが、ここの方たちはそんなこともできないようですね。それどころか、歩哨すらも満足に立てていないみたいですし」

「本当に何から何まで違いすぎです。雑魚にもほどがあります」

「本当にそうですね」


 エリカが苦笑する。


 その時、ビュッと空気を切り裂く音がした。

 同時にドゴーンと、馬車に衝撃が走り横転する。


「きゃああ」


 当然二人ともひっくり返され幌越しに地面に激突する。


「ヴィクトリアさん、大丈夫ですか」

「な、なんとか」

「よかった」


 だが、馬車の荷物がうまくクッションになったようで二人ともけがはないようだ。


 二人とも無事なのを確認すると、エリカは周囲を見回した。


「ありました」


 散乱した積み荷の中からナイフを見つけると、それを器用に使って自分を拘束しているロープを切る。

 自分の分が終わるとヴィクトリアのも切る。


「さあ、出ますよ」

「はい」


 馬車の外へ出ると、そこは地獄絵図の世界だった。

 ヒッグス派遣軍の兵士たちが魔物に次々と討ち取られていた。

 中にはエリカが見たことがある人もいた。エリカは思わず顔をそむけた。


 だが、外へ出た以上エリカたちも地獄と無関係ではいられない。


「エリカさん、敵です」


 八ッとエリカが振り向くとオーガが1匹迫ってきていた。


「魔法を」

 エリカは魔法を唱えようとしたが、距離が近すぎて間に合いそうもない。

 エリカはヴィクトリアを突き放した。


「エリカさん?」

「私が防ぎますから、はやくお逃げなさい」

「それはできません。ワタクシも戦います」


 そう言うと、ヴィクトリアは石を拾って身構えた。ヴィクトリアの覚悟を見たエリカも先程拾ったナイフを構えた。


 むろん、こんな物でオーガをどうこうできるわけがない。

 だから、ホルストの妻として恥ずかしくないよう最後は華々しく散ろうとエリカは思った。


 そうしている間にもオーガが迫ってくる。

 オーガが棍棒を振りかざした。

 これで最期だと二人が思った時、オーガの動きが止まった。


「うぎゃああ」


 オーガは短い悲鳴を残すと、そのまま真っ二つに裂けた。


「待たせたな」


 二人が声の方へ振り向くと、そこには馬にまたがったホルストがいた。

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