第15話~北部砦~

重い鉄扉が開き砦の中へ入る。


 外からでは気付かなかったが北部砦の中は人で溢れていた。

 モンスター討伐のために王国中から5万の軍勢が終結しているというのだから当然か。


「ホルストさん、屋台が出てますよ」


 砦の中には兵士たちの需要を当て込んでだろう。目敏い商人たちが露天商を開いていた。

 食い物や雑貨などいろいろなものが売られている。


「あのビッグアリゲーターの串焼きおいしそうですね」


 もう昼も大分過ぎているからお腹が空いているのだろう。

 ヴィクトリアが馬車から前のめりになりそちらの方を物欲しげに見つめている。


「ヴィクトリアさん、ダメですよ。先にやることがたくさんあるのですから」

「うう、……わかりました」


 エリカにたしなめられ、ヴィクトリアはしょぼんとする。


 そんなことをしているうちに倉庫に着いた。

 すぐに荷物を倉庫に運び込む作業が始まる。

 とはいっても俺たちにすることはない。


「それは3番倉庫に運び込んでくれ」

「へい」


 倉庫係の兵士が人足さんたちに命令して勝手にやってしまうからだ。


「ということで、俺たちはこっちだ」


 俺は二人を伴って目的地へ向かう。

 到着した俺たちはまずギルドに到着の報告を行う必要があった。


「すみません。ギルドの出張所はどこですか」

「ギルド?ああ、あそこに旗が翻っている建物が見えるだろ。あそこが司令部だ。で、そこの3軒隣がギルドだ」

「ありがとうございます」


  ギルドの建物は小さかった。入口の所には『冒険者ギルド ノースフォートレス支部 北部砦出張所』と書かれていた。


 扉を開けて中に入るとすぐに受付だった。


「すみません。輸送任務が終わったので報告に来たのですが」

「輸送任務?ああ、それなら2階の第3会議室に行ってくれ」


 受付の男性職員に聞くとそう言われた。


「わかりました。ありがとうございます」


 職員にお礼を言うと、俺たちは階段を上がって行った。第3会議室は階段を上がってすぐの場所にあった。


 コン、コン。


「どうぞ」


 ノックをすると中から聞き覚えのある声で返事が来た。


「失礼します」

「よく来たね」


 中にいたのはリネットさんだった。不思議に思った俺が首をかしげるのを見たリネットさんが説明してくれる。


「この時期ここの出張所は人手不足でね。応援に来ているんだ」

「ああ、そういう話だったんですね」

「それで首尾はどうだい」

「魔物の襲撃を受けましたが、撃退しましたよ」


 俺は魔物襲撃の件など道中であったことを説明した。


「なるほど、よくやってくれた」

「いやいや、輸送隊全員で頑張ったからですよ」

「そんなに謙遜しなくてもいいよ。あんたたちがいなければ被害が出てたのは間違いないよ。それにしても」


 リネットさんが真剣な顔つきになる。


「100匹とは多いねえ」

「そうなんですか」

「ああ、多いね。普通は多くても2,30匹というところだ。その上」

「その上?」

「襲撃の数も多くてね。かなりの数の輸送隊に被害が出ている」

「なんなんでしょうかね」


 本当に何なのだろうか。リネットさんの話を聞いて俺の胸を不安がよぎった。


「わからないね。ただ、よくない事が起きている可能性はある。それはそうと」


 リネットさんは話題を切り替えた。


「ご苦労様だったね。今日は疲れているだろうからゆっくりするといい。あんたたち冒険者の宿は隣の建物を借り切ってあるからそこを使ってくれ。それと食事は同じ建物の1階で提供しているからそちらでお願いするよ」

「わかりました。では、お言葉に甘えさせてもらいます」


 俺たちは部屋を出て宿舎に向かった。


★★★


「おいしかったですね」

「ああ、ギルドの宿舎の食事にしてはよかった」

「本当ですね、旦那様」


 食事を終えた俺たちは寝室へ向かった。312号室。3人部屋だそうだ。

 一応部屋を2つ希望したのだが、時期的に1つしか無理ということで仕方なくこうなった。


「あれ?」


 部屋に入った俺たちは顔を見合わせた。


「ここ、3人部屋ですよね」

「そのはずだが、ベッドが二つしかないな」


 部屋には大きめのベッドが1つと、普通サイズのベッドが1つあるだけだった。


「受付に聞いてみるか」


 俺たちは一旦受付に戻った。そして先程俺たちを担当してくれたおばちゃんを捕まえて聞いた。


「あの、すいません」

「どうしたんだい」

「僕たちの部屋3人部屋なのに、ベッドが2つしかないんですが」

「えっ、合ってるでしょ?」


 おばちゃんは俺たちを不思議なものでも見るような目で見た。


「だって、兄さんたちは夫婦者でしょ。若いんだから、道中色々溜まっているんでしょ?だから、二人用の大きいベッドを用意したからね。言うまでもないだろうけど、奥さんたちはちゃんと平等に可愛がってあげるんだよ」


 なるほど、よくわかった。おばちゃんが盛大な勘違いをしてくれたことに。

 でもおばちゃんに悪気はないのだろう。むしろ気を使ってそうしてくれたのだろう。それはわかる。

 だが、それでは困る。俺はおばちゃんにわかってもらうため、抗議することにした。


「そうでは、なくてですね」

「違うのかい?わかったよ」


 おばちゃんは手をポンとたたきながらそう言った。どうやら自分が気を回しすぎていたと気付いてくれたみたいだ。


「お兄ちゃんも好きだねえ。3人で一緒に遊べるような大きなベッドが欲しかったんだね。でも、ごめんよ。ここにはそこまで大きなベッドはないんだよ。2つベッドをくっつけていいから、それで我慢しておくれよ」


 全然気づいていなかった。むしろ、悪化している。


「えっ、3人?3人で?3人、3人、3人……」

「3人……ワタクシは一体何をされるんでしょうか……」


 なんか女性陣二人がおばちゃんの発言を聞いて顔を真っ赤にして体をもじもじさせている。

 これはまずい。今度こそちゃんと言わねばなるまい。


「違います。俺とこっちのエリカは確かに夫婦ですが、ヴィクトリアはパーティーメンバーです。時期が時期だけに部屋がないというのは理解できるので、一緒の部屋なのはいいのですが、せめてベッドは3つに分けてください」

「なんだ。そうだったのかい。でも。ごめんよ。今日はもうベッド変えるのは無理なんだよ。明日にはどうにかするから、今日だけ我慢しておくれよ」


 結局事態は解決せず、俺たちは部屋に帰った。


「さて、どうするかな」


 本当にどうしようか。普通に考えたら俺とエリカで一つのベッドなんだろうが、同じ部屋にはヴィクトリアがいる。

 おばちゃんが言っていた通りここ数日ご無沙汰だから、エリカと一緒に寝れば自分を抑えられるかわからない。

 ヴィクトリアの前でそれはできない。


「ワタクシ、エリカさんと一緒に寝たいです」


 それに、ヴィクトリアがそんなことを言い出した。


「だって、ここ寒いんですもの」


  確かに、ここ北部砦は王国でも北の端にあり、夏前だというのに朝夕が寒かった。

 俺はエリカの隣を譲ることにした。


「仕方ないか。エリカもそれでいいか?」

「私は構いませんが」

「それじゃ、寝るか」


 その夜はそれで眠りについた。

 ついたが、隣にでヴィクトリアとエリカが眠っていると思うと悶々としてなかなか眠れなかった。


★★★


 翌朝、俺は朝から素振りをした。


 ひたすら素振りをした。

 ふう。少し心のもやもやが取れた気がした。


「旦那様、朝食の準備ができたようですので行きましょう」


 吹き出た汗をタオルで拭っているとエリカが来た。


「ああ、行こうか」

「では」


 エリカは俺の手を取ると、子供を引率する母親のように、引っ張って食堂へ向かった。

 そして、その途中誰もいない廊下で、俺に顔を見せないよう背中を向けたままで言った。


「旦那様も、その、いろいろ我慢なさっていると思いますが、もう少しだけ我慢してください。もう少ししたら、順次進軍するそうですから、そうしたら部屋も空くでしょう。その時は」

「!?その時は」

「……もうこれ以上は言わせないでください。恥ずかしい」


 エリカは握っていた俺の手をギュッとつねってきた。


「わかった。わかったから、つねるのはやめてくれ」

「もう!知りません」


 それっきりエリカは黙り込んだが、彼女の手はいつもより暖かかった。


★★★


「さあ、いろいろ買っちゃいましょう」


 朝食の後は買い物に出た。


 ヴィクトリアがえらくはしゃいでいる。

 露天商街には朝からたくさんの兵士や冒険者が集まってきていた。


「じゃあ、俺はポーションとか補充するから、二人はその間買い物を楽しんでくれ」


 俺は二人と別れて必要な道具の補充に向かった。


「えーと、ランタンの油と研ぎ石と後は」


 まず雑貨商に寄り、消耗品類を買う。


「うん。ノースフォートレスより大分高いなあ」


 次にポーションを買う。

 こちらもちょっと高かったが、備えあれば患いなし。ヴィクトリアの魔法もあるが、道中でも使ったし、いざという時のために補充しておくことにする。


「さて、これくらいかな。あいつらはどこへ行ったんだ」


 買い物を終えた俺は二人を探す。


「いた」


 二人はアクセサリー屋の前で仲良く商品を見ていた。


「ワタクシも素敵な男性から指輪をもらってみたいです」

「私は……旦那様に期待です」


 どうやら指輪を見ているらしかった。

 そう言えばまだエリカに結婚指輪をあげていなかった。そんな余裕もなかったしな。


「やあ。指輪が欲しいのかい?」

「ひゃっ、だ、旦那様」

「ホルストさん」


 声をかけると二人が驚いてこちらを見た。


「そういえば、エリカにはまだ結婚指輪をあげてなかったね。気付かなくてごめんよ」

「いえ、旦那様、私は」

「いいんだ。ノースフォートレスへ帰ったら、一緒に買いに行こう」

「はい」

「とりあえず、今日は好きな物を買ってあげるから、選びな」

「ありがとうございます」

「いいな。エリカさんだけずるいです。ワタクシにも何か買ってくださいよ」


 俺たちのやり取りを見てヴィクトリアもおねだりしてきた。仕方のない奴だ。


「わかった。お前にも買ってやるから、好きなの選べよ」

「わーい」


 二人は商品を選んだ。


「私はこれがいいです」

「ワタクシはこれ」


 エリカは銀のネックレスを、ヴィクトリアは銀のブローチを選んだ。


「まいどあり」


 俺たちは買い物を終えて帰ることにした。


★★★


 露天商の雑多な人込みを抜けると広場があった。

 そこのベンチで少し休憩してから帰ることになった。


「飲み物を買ってきますね」

「ワタクシも行きます」


 二人が飲み物を買いに行ったので、俺をぼうっとあたりを眺めていた。

 軍の宿舎の方から誰かが集団で来るのが見えた。


「ホルスト」

「デリックとルッツか」


 それは一族のデリックとルッツとその取り巻きたちだった。

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