第2話~追放② 町からの追放~
バチンッ。
「この大バカ者があ!」
家に帰るなり親父に頬を張り倒された。
「情けない子」
お袋も親父の後ろで蔑むように俺のことを見ながらそう言う。
さらに親父は俺の胸ぐらをつかんで来る。
「お前、本家のお嬢様に手を出すとはどういうつもりだ」
「俺は手を出してない」
本当に俺としては手を出しているつもりはなかった。指一本触れてないとは言わないが、俺たちはいやらしいことをしたことはないし、キスすらもしたことはない。なんとなくお互いの好意を感じながら、せいぜいエリカに弁当をもらっていただけだ。
俺はそれを別に悪いことだとは思っていない。俺たちはお互いの意思で行動している。誰にも俺たちをとがめる権利などないはずだ。
俺、いや、俺たちに非などない。だから、俺は反論した。
「単に俺のことを見かねたエリカに弁当をもらっていただけだ」
「それを世間では”手を出している”と言うのだ」
バチンッ。
口答えした俺の頬を親父がもう一発たたいた。
「お館様は『わしの孫を傷ものにしやがって』とお怒りだ。今日直々に呼び出されてそう言われたぞ」
「だから、俺はエリカを傷ものになんかしていないって。それに弁当の受け取りだけで傷ものになるなんて言っていたら、弁当屋のおばちゃんから弁当を買っただけでおばちゃんを傷ものにしたことになるぞ」
「黙れ!賢しげなことを言いおって」
親父はさらに怒りのメーターを上げた。
「せっかく魔法を使えないお前のことを憐れんで上級学校にやったというのに。頭でっかちになって言い訳だけはうまくなりやがって。飼い犬に手を噛まれるとはこのことだ」
「息子を犬扱いしてるんじゃねえよ!」
いくら何でも自分の息子を犬扱いするとはひどすぎると思った。
「それに俺は知っているぞ。親父が俺のことを憐れんだから上級学校に行かせたのではなく、家族の中で俺だけ上級学校に行かないと世間体が悪いから行かせただけだろうが」
俺はかつて聞いてしまった。
夜中に両親が「ホルストを上級学校に通わせないと一族にその程度の金もないのかと笑われる」「あんなお荷物を進学させるのはもったいない」と話しているのを。
「それがどうした。お前のようなウドの大木などとっくに息子だとも何とも思っておらんわ」
ついにこいつぶっちゃけやがった。俺はどんなにひどく扱われても親父たちのことを家族だと思っていた。
でも、今の親父の一言を聞いてそう思うのをやめることにした。
気持ちが吹っ切れた。
「わかった。親父たちがそう思っているのなら、俺ももう親父たちを家族だと思わないことにするよ」
俺は感情のこもっていない冷徹な声でそう言った。怒りが強すぎて、逆に声に感情が入らなったのだ。
だが、その声色を親父はものすごく気に入らなかったらしく、怒鳴り始めた。
「このろくでなしが!」
「魔法を使えないお前を育ててやった恩を忘れやがって」
「お前が魔法を使えないせいでどれだけ恥をかかされたと思っているんだ」
次から次へと俺を罵ってきた。そして言いたいだけ言うと俺に最終通告をしてくる。
「もういい。親を親とも思わないお前を家においておけん。それに、ちょうどお館様にも『二度とあいつの顔を見なくてもいいようにしろ』と言われている。今すぐ荷物をまとめて家、いや、この町から出ていけ!」
「いいよ。出て行ってやるよ」
自分のことを棚に上げて俺を追い出す親父たちを最後にちらっと見ると、自分の部屋に行った。
着替えを2、3着と、こまごまとした私物をカバンに入れた。最後に机から持っていた現金を出して数えた。
銀貨が5枚と銅貨が257枚、鉄貨が115枚あった。銅貨100枚で銀貨1枚、鉄貨100枚で銅貨1枚であるから、銀貨8枚くらいはあることになる。
「これだけあれば移動の馬車代を除いても半月くらいは持つかな」
あまりにも心許ないことではあったが、とにかくやるしかない。
「早く仕事を見つけなきゃな。銀貨数枚程度で家を借りるのはまず無理だから、住み込みの仕事なんかがあるといいんだが」
俺は荷物を持つと部屋を出た。そのまま出て行ってもよかったのだが、最後の礼儀だと思い先程までいたリビングに寄った。
「父上、母上、今までお世話になりました。ありがとうございました」
「うるさい。どこへなりとも行って、野垂れ死んでしまえ」
俺の最後の礼儀に対して返ってきたのは、およそ人が人に言ってはならないセリフだった。
脱兎のごとく駆けだすと、俺は家を出た。近くの公園まで一気に走ると、天を見上げた。
「くそう。なんなんだよ」
俺は溢れてくる涙を止めることができなかった。
★★★
『本日の受付は終了しました』
馬車駅の切符売り場にはそんな張り紙が張られてあった。何度か紙をこすってみたが、もちろん内容が書き変わることはなかった。
「う~ん困った。でももう夕方だしな。夜道を無理に行ったりしないか。昼間だったらやれたんだけどな」
ここヒッグスタウンは内陸部の交通の中心で数十の路線があり、毎日この駅には千台近い馬車が集まってくる。
ただ、大半の馬車は朝から昼にかけて出発してしまうので夕方には一台もいないということもあるのだった。
「仕方ない。今日はあきらめて、どこか寝場所を見つけるか」
とはいっても宿はなるべく取りたくない。かなり安い宿に素泊まりしたとしても、銅貨の10枚や20枚は取られてしまう。
現在の所持金は銀貨約8枚、銅貨なら800枚相当しかない。なるべく節約したかった。
「そうだな。さっきの公園にでも行って、ベンチで横になって一晩を過ごすか」
先ほどまでいた実家近くの公園に行くことにした。
馬車駅を離れ、そちらへ向かう。
途中、市場街を通りかかる。
「奥さん、今日はビッグアリゲーターの肉が大量に入ったんだ。お安くするよ」
「お母さん、お菓子買ってよ」
市場街は賑やかで人で溢れていた。
「お兄ちゃん、ソーセージはいかが?」
「いえ、結構です」
「兄さん、一口ピザはどうだい」
「だから、結構ですってば」
当然俺にも客引きが声をかけてきたが、俺は何とかそれらをかわして市場街を抜けた。
そして、それらは市場街を抜けたところにいた。
「よう、一族の面汚し」
「デリックとルッツか」
一族のデリックとルッツがそこにいた。
「なんか用か」
「いや、特に用事なんかないよ」
「そうか。なら、もう行くぞ」
「ただ、な」
「なんだ」
「お前をバカにしに来たんだ」
ガハハ。二人は下卑た笑みを浮かべた。醜悪すぎて何だか別の生き物に見えた。
「な、俺たちの言った通りになっただろう」
「幸せな昼飯は今日までだったろう」
デリックの発言を聞いて俺の心臓がドクンと大きく動く。血管が膨張し血流が速くなる。顔が紅潮する。
俺は二人を睨みつけた。
「やっぱり、告げ口したのはお前らだったんだな」
「そうだぜ。今頃気付いたのかよ」
「いや、確証はないがなんとなくは気づいてたさ。それより、いつ尾行したんだ」
俺は感情的にならずできるだけ平静を装った。それにより二人をあおり、なるべく多くの情報を引き出すためだ。
案の定、調子に乗った二人は誘いに乗ってきた。
「3日前さ。お前がこそこそ空き家に入っていくのを見て怪しいと思ってな。出てくるのを待ってたんだ」
「そうしたら、お前と本家のお嬢様が出てきたからびっくりよ」
「これは一大事とご注進したのさ」
さらに大きな声でげらげら笑いだす二人を見て、ぼこぼこにしてやりたくなった。しかし、自重した。
すでにこの町は完全に奴らのテリトリーだ。やった瞬間俺の方がもっとひどい目に合うに違いなかった。
それを知っている奴らはさらに増長する。
「何も言い返さないのかよ。この腰抜けが!」
「かかってこいよ!」
もういっそのこと暴発してすべてを終わらせようかとも思った。
その時、俺の脳裏にエリカの顔が浮かんだ。
そうだ。エリカだ。エリカにもう一度会うまで終わるわけにはいかない。
俺は踵を返すと、いきなり走り出した。人ごみに紛れて離脱するため、元の市場街の方へ向かった。
とっさのことに対応できなかったのだろう。二人はぽかんと間抜け面を浮かべるのみで、追いかけてこなかった。
★★★
その後、どこをどう走ったか記憶が定かではないが、気付いたら秘密の場所にいた。
秘密の場所の庭にはベンチが一つある。俺はそこに座った。
「エリカ、エリカ、エリカ……」
そうずっとうわごとのように呟いた。呟き続けた。
そのうちにつかれていたのだろう。意識を手放した。
――。
「ホルスト」
求めていた声が俺を呼んだ気がした。
「うん」
いつの間にか横になっていたようだ。地面が垂直に見える。
「ホルスト」
「エリカ?」
目を開けると、エリカがそこにいた。周囲もいつの間にか明るくなっている。俺は飛び起きた。
「ホルスト、大丈夫だったんですね」
「なんとかね」
「聞きました。色々大変だったみたいですね。おじ様とのことも聞きましたよ」
「全部聞いたのか……まあ、帰るところがなくなっちゃったよ
俺は苦笑する。
本当、苦笑するしかない。
そんな俺にエリカが決意を込めた声で言う。
「ホルストには帰る場所がないのですか」
「ああ」
「では、私が帰る場所を作ってあげます」
突然のことに目をパチクリさせる俺をエリカはじっと見つめてくる。
「ホルスト、この町を出てどこか遠い所へ行って一緒に暮らしましょう」
そして、冒頭の告白シーンへと続き、俺たちは駆け落ちするのである。
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