第1章 女神ついて来ました

第1話~追放① 一族からの迫害~

ゴーン、ゴーン。


 町の時計塔の音が鳴り響き12時を告げる。時計塔は、町の中心にある建物であり、かつ、一番高い建物でもあり30メートルくらいの高さがある。


「これで午前の授業は終わりだ」

「やったあ」


 男性教師が昼休みの始まりを宣言すると、ワーと一気に教室が騒がしくなる。


 「今日もボッチ飯か」


 そんな昼休みで騒がしい教室の中、俺は一人弁当を持って立ち上がると教室を出て、昼飯を食う場所と決めている裏庭の花壇に向かう。


 教室を出るとき、たてつけの悪い扉がゴトゴトと大きな音を立てるが、誰もこちらを見ない。俺のことを見ない。いや、見えないふりをしていた。


 これは教室が騒がしいからといったような理由ではなく、俺の境遇に由来する。その証拠に。


「やっとハンパ者が行ったぜ」

「まったくだ」


 そんなひそひそ話が俺の耳に聞こえてきたりする。


 ハンパ者。俺についたあだ名の一つだ。偉大な魔術師ヒッグス家の一族に生まれ魔力も高いのに魔法が一切使えない俺のことを人はそう呼ぶ。


 他にもあるが、ウドの大木、デクの坊、宝の持ち腐れとろくなものではない。


「いつものことさ。それより飯だ」


 俺はそれらの声を無視して昼食へと急ぐ。


 そんなに遠い場所ではない。何もなければ5分とかからない。あくまで何もなければだが。


「よう。一族の面汚し」


 階段の所にその何かはいた。


「デリック、ルッツ」


 それは同級生で同じ一族のデリック・アップとルッツ・ダウンとその取り巻きたちだった。


「魔法も使えない分際でよくもおめおめと上級学校になんか通えるな」

「別に上級学校は魔法だけを教える学校ではないだろう」


 魔法の授業は上級学校の花であるが、別に教えているのはそれだけではない。都市守備軍の


幹部養成コースとか、純粋に学問を教えるコースとかもある。むしろ人数的にはそちらの方が多い。


 かくいう俺も幹部養成コースの学生だ。


 それにこいつらだって人のことを言えたものではない。こいつら二人確かに魔法は使えるが、魔力が少ないせいで威力は低い。せいぜい初級魔法使い程度の実力であり、実戦となれば魔法の使えない俺にすら負けてしまうかもしれない……そんな連中である。


 偉大な魔術師であるヒッグス一族であると名乗ったら一族の連中に怒られる程度の輩だ。


 ちなみに魔術師とは魔法使いの中でも一流の実力を持つ者だけがヒッグス家の許しを得て名乗れる称号であり、もちろんこいつらにそんな実力はない。


 それなのに俺のことをバカにするのは、ひとえに俺をハブる一族の力がバックに存在するからというだけの話である。


「うるさい。口答えをするな」

「わかった。わかった。……それじゃあ、もう行くぞ」


 これ以上関わると面倒だ。そう思った俺は話を切り上げ、彼らの脇を通り抜けていこうとしたが、うまくいかなかった


「待てよ。無視するんじゃねえよ」


 デリックが足で通せんぼをする。ルッツもそれに続く。


「俺たちを無視するとはお前も偉くなったものだな」

「そんなつもりはないが、気に障ったのなら謝るよ。……ごめん」


 殴りてえ。そんな感情を抑え俺はは謝罪する。


 これだけやられても俺が怒らないのは、前に感情的になって殴った時に父親に死ぬほど怒られ、3日も飯抜きだった苦い経験があるからだ。


 飯抜きはつらいからなあ。


 体の大きい俺にとって飯抜きは痛い罰だ。そんな俺の事情を知っている二人はさらに調子に乗る。


「謝ったぐらいで済むわけないだろ」

「そうだぞ」

「じゃあ、どうすれば許してもらえる?」

「そうだな。……ルッツ、今日弁当忘れたんだろ?こいつに分けてもらえよ」

「そうだ。それがいい。ほら、早く出せよ」

「わかった」


 なんでこんな奴に貴重な弁当をやらなきゃいけないんだ。


 俺はそう悔しみながらも弁当の黒パンをルッツに渡した。


 黒パンは、安くて硬くておいしくないパンである。が、両親に疎まれ満足に飯を食わせてもらえない俺にとっては大事な食料である。


「まずそうなパンだな。どれどれ……マズ!やっぱりいらないや。返すぞ。ほれ」


 ルッツは黒パンを手離した。コロコロと黒パンは階段を転がっていった。俺は慌てて黒パンを拾うと言った。


「もういいだろ。行くぞ」


 今度こそ俺はその場を立ち去った。デリックたちはそんな俺の背中に罵声を浴びせてくる。


「この負け犬!」

「幸せに昼飯を食えるのも今日までだ」


 ちょっと気になる発言もあったが、俺は気にせず裏庭へ急いだ。


★★★


「さてと」


 俺は裏庭の花壇に腰かけた。


「とりあえず」


 まず、俺は弁当袋の中から先程ルッツに落とされた黒パンを出すと、ナイフで表面を削り始めた。もちろん食べるためだ。


 汚い?だってもったいないじゃないか。表面さえ削れば汚れは落ちるわけだし。


 第一、これを食べなければ夕飯まで持たない。


 ゴリゴリ。


 ひたすら削る。削る。削る。……。


「惨めだ」


 ふと心に闇がわく。本音がこぼれ出る。


「どうして俺は落ちたパンなんかを削って食わなければならないんだ」


 自分でそうは言ったものの実のところ俺はその理由を知っている。


 かつてエリカと婚約していたからだ。


 そもそも俺は生まれつき魔力が高く、それを見込まれてエリカと婚約した。両親をはじめ喜んでくれる一族も多かったが、「ちょっと魔量が多いからって、本家のお嬢様と婚約しやがって」と妬む一族の者もたくさんいた。


 だが、俺は魔力が高いのにいくら練習しても魔法を使えなかった。俺とエリカとの婚約は破棄された。


「一族の面汚し」


 まず、俺を妬んでいた一族の奴らが俺を攻撃した。そこら中に悪い噂を広められ、精神的にも肉体的にも虐げられた。


「このデクの坊め」


 次に、それまでかわいがってくれていた両親が俺をのけ者にするようになった。部屋は物置小屋に移動し、飯は黒パンと具のほとんどないスープだけになった。


「人の期待を返せ」


「あの子、あの偉大な魔術師の一族であるヒッグス一族のくせに魔法が使えないんですって」


 更に、両親に見放された俺は味方だったはずの一族の人にも見放され、それは次第に町の一般の人にも浸透し、俺の居場所は無くなった。


「さて、こんなものか」


 作業を終えた俺は、弁当袋からもう1個の黒パンと大きな弁当箱を取り出す。その弁当箱を手に取り、俺はつぶやく。


「エリカ。いつもありがとう」


 エリカだけが俺の味方だった。


 毎日秘密の場所、学校近くの空き家の庭で、「他の人には内緒だよ」と手作り弁当を渡してくれる。


 この弁当がなければ俺はひもじい思いをし続けなければならなかったし、何よりエリカとの触れ合いが無ければ孤独で俺は壊れてしまっていただろう。


「いただきます」


 俺はエリカの弁当をありがたくいただいた。


★★★


「ホルスト、大変です。私たちのことが、おじい様にばれてしまいました」


 昼食を食べているとエリカがやってきた。いつもは秘密の場所以外では合わないようにしているのに珍しいことだと思った。


「わああん」

「一体どうしたんだ」


 エリカは来るなり泣き始め、俺の言葉も耳に届かない様子だった。


 仕方なく俺はエリカの背中をさすってやった。しばらく続けると落ち着いたのかポツリポツリと話し始めた。


「あのね。おじい様にばれちゃったの」

「おじい様?お館様に?」

「うん」

「それで。お館様は?」

「『あの小僧め!』ってすごく怒っているって」

「そうか」


 エリカのじいちゃんは孫娘ラブだ。おまけに嫉妬深い。エリカに近寄ってくる男を容赦なく排除しているらしい。


 だからこそこっそり会っていたわけだが、知ってしまった以上さぞかし腸が煮えくり返っていることは容易に想像できた。


「おじい様は怒って、『あいつはゆるさん!』と言って、周囲に色々当たり散らしているみたいです」

「それは大変なことになりそうだな」


「ええ、大丈夫でしょうか」

「心配するな。どうにかして見せるから」


 俺はエリカを安心させるためにそう言い切ったが、正直自信はない。


 殴られるくらいで済めばいいが、あのじいちゃんのことだ。一度嫉妬心に火が着いた以上そうはいかないだろう。学校を退学にしろと圧力をかけられるくらいは十分に考えられる。


 もしかしたら最悪こっそりこの世とオサラバなんてこともあるかもと想像すると、正直怖かったが、なんとかなるさと自分を鼓舞した。


「でも、どうしてずっとばれなかったのに急にばれたのだろうか」

「なんでも一族の方からご注進があったそうです。『うちの息子が見た』と」

「息子が見た?」

「はい。なんでもホルストの挙動が怪しかったのでこっそり後をつけてみると、私と会っていたのを見たと、言っているようです」

「ふーん。あ、もしかしてあいつらか」


 俺はさっきデリックたちに言われた言葉を思い出した。


「どうしたのですか」


「さっきデリックたちに、幸せな昼飯は今日までだって言われたんだ」


「それって」

「まあ、そういうことだな」


 要するに告げ口の犯人はデリックたちということだ。本当に人によく絡んでくる奴らだ。


「でも、それは今言っても仕方ないことだ。重要なのはこれからだ」

「これから……。どうするつもりですか」

「とりあえず早退して家に帰る。親にも絶対ばれているだろうからな」

「大丈夫?」

「大丈夫だから、心配するな」


 俺はそう言うとエリカをそっと抱きしめた。


「では、行くぞ。またね」

「はい、お気をつけて」


 しばらくして俺たちは別れた。そして、俺は家へ帰った。

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