第37話 見解

「魂鎧って、何」


 船川の考えを知ってから数日、俺は晩飯のホッケから骨を外しつつ、国主にそう聞いた。


 日々は演習と授業のサイクルで、単調ながら緊張と緩和があった。

 明日、虎帯ちゃんを訪ねようと思っている。だから、俺なりに鎧のことを知っておきたかった。彼女がする話題はきっと計画についてだ。きっと俺には想像もつかない話になる。

 だけど、彼女が詳しそうなことを少しでも理解できていれば、多少でも虎帯ちゃんの退屈しのぎにはなると思うのだ。教えることが好きな彼女は俺の間違いや薄っぺらい付け焼き刃にも付き合ってくれるはず。かなり受け身な考えだけど、完全な無知よりはましだ。


 国主は水を飲み干し「注いでくれ」とコップを差し出す。ピッチャーから注がれた水を半分ほどすぐに飲んだ。


「お前たちが乗るあれだろ」


 それは答えの一つであるが、聞きたかったものでは無い。どう説明すればいいのだろう。

 鎧には個性があって、人間みたいで、コミュニケーションをとったほうがいい。こんなことを正直に話せば、頭の出来を疑われる。それが嫌なわけでは無いが、彼の心労となるのは本意では無い。


「友達が言っていたんだ。鎧は大切にしようって」

「当たり前だろ。修理もタダじゃ無いし、大変な仕事だからな」


 正論だけど、そうじゃない。


「また壊したのか?」


 迷っていると国主は笑う。


「壊したけど、違うんだ。俺が言いたいのは」


 決めた。別にどう思われたってかまうものか。明日もわからぬ我が身である。したいことはしておいたほうがいい。


「あれってただの兵器じゃないのかなって」


 覚悟の割には弱気だ。いつのまにか俺は正座になっている。


「あれが観賞用か?」

「いや、最近気がついたんだけどさ、鎧って癖があるんだ。個性みたいな感じ。なんだかそれが人間みたいで」

「鎧は鋼の塊だ。そんなことはない」


 船川とは違う答え。しかしこっちの方がしっくりくる。身内だからというのもあるが、魂鎧がまるで生命だという船川よりは現実的だ。


「人間みたいなのはそっちの方さ。生命と言い換えてもいい」


 国主は俺の胸元を指差した。


「縁生はへその緒だ」

「へその緒?」


 俺は帯ひもと例えたが、なるほど、そういう捉え方もある。

「魂鎧の鋼は情操鋼じょうそうこうって金属が使われている。これはどこを掘ったって見つかるような安い金属だが、他にない唯一の特性がある。人間の感情によって振動するのさ。精神感知システムは情操鋼の結晶だ」


 直接触れなければ動かず、小さすぎてもいけない。国主は常識を語るようにそう説明したが、俺は知らなかった。


「だがいくら直接触れようが限度がある。そこで出番なのさ。感情を増幅させ、人体のリミッターを外す。それが縁生なんだ」

『そーいうこと』

「鎧が人間みたい、か。それはお前の意思や思考なんかを共有しているからだ。縁生を間に入れてな。経験とか感情が蓄積されて、それで人間臭くなるのさ」

「じゃあ乗り込んでない間も動くのかよ」


 感情が蓄積されるのならば、自律だってしそうだ。


「触れていなきゃ動かん。というか経験が蓄積される場所はそこじゃない。縁生にだ。だから性質が変わったり個性が出る」


 なんだかわからなくなった。どういうことかわかりやすく教えてくれ。コノミコさん。


『うーん。そりゃあ私らに経験はストックされるさ。記憶もあるし。お前の影響も受けるとは思うよ。多少はね。ただ、やっぱりこの人は整備士だ』


 どういう意味だ。コノミコは笑い飛ばす。


『騎手を差し置いて、魂鎧を語るなってこと。お前が感じた風や叫びを、爺さんは知らない』

「ん、よくわからない」

「肝心なのは縁生だ。いいか、鎧は確かに人間みたいだが、紛れもなく金属の集合体だ」


 国主は断言する。そのあとで、力強く言う。


「だけどな。縁生はそうじゃない」


 竜頭蛇尾。なんとも弱々しく、「かもしれない」と付け足した。


「そいつらは本当によくわからない。情操鋼の結晶を常に持ち歩くことで意思が芽生え、会話し、鋼と人間を結ぶ。世界中でそれが常識になってんだ。不思議を認めて、研究も進まないまま戦争だ。馬鹿だろ。世の中って」


 そんなものに頼りたくない。だから整備士になった。呟いて国主は茶碗を重ねた。


「人の魂だとか守護霊だとか、くだらない噂まであるが、なにが本当か、どれが嘘か。理解不能がそのまま形になってんのさ。だから誰かに聞いてもわからないと思うぜ」


 国主は饒舌で、楽しそうだ。くだらないというくせに、やけに知識があったのは、やはり興味津々なのだ。不思議に取り憑かれている。これは過言ではなく、十中八九事実だろう。


「お前が決めた答えでいいじゃないか。誰かと同じである必要はないからよ」


 シンプルいこう。コノミコの言葉を借りれば鎧と縁生の疑問がいっぺんに方が付く。


「じゃあ、俺は答えを知っているよ」


 食器洗いは国主の当番だ。俺はちゃぶ台を拭き終え、テレビの音量を上げた。


「本当かよ?」


 彼は泡のついた手で髭を撫でた。気がついていないのか、また洗い物を続ける。


「簡単だよ。友達だ」


 ネックレスの、縁生本体に触れた。暖かくはない。しかし冷たくもない。サイズにしては重みがある。そんな一見すれば学生には似つかわしくない装飾品が、戦争の一部を支えているのだ。


「面白くはないが、妥当なところだな」


 国主はさっきまでの熱が消え失せたかのように、冷たい。しかし妥当とはなんだろうか。基準でもあるのか。


「秀真は戦友とか言っていたな。あいつと似たこと言いやがる」


 カチャカチャと茶碗の擦れる音がする。それが気まずくて、またテレビの音量を上げた。

 鎧とは何か。それは金属体。ただし、敬意を忘れないこと。

 縁生とは何か。金属と人間を繋いでくれる存在。こちらにも、まあ、一応の敬意を。

 これがわかっていればいい。虎帯ちゃんに聞いたところで、彼女なりの答えがあるだけだ。俺だけの正解があるのだから、それでいいじゃないか。

 洗い物が終わって、国主は眠そうに目をこする。すぐにちゃぶ台を片付けて布団を敷いた。


「俺はこのまま寝るよ。お前も夜更かしなんかするなよ?」

「しないよ。明日は虎帯ちゃんの家に行くから」

「ああ、天狼の孫か。おう、行って来い。よく遊べ」


 彼はよほど天狼老を信頼しているのだろう。虎帯ちゃんのことを話すと、決まって天狼老の逸話を語る。人柄やパイロットとしての技量、後進育成の手腕など、事欠かない。軍でもかなりの有力者である彼だからこそ、虎帯ちゃんが言っていた七光りに繋がる。それほど大きな光が差していれば、自身の実力だけでのし上がったとは言いづらい。いや、彼女のことだからただの謙遜だったかもしれないな。


『自信家っぽいもんなー』

「くれぐれも、明日はそんなことを言わないでくれ。俺はそういうの、顔に出るから」

『精神修行が足りないよ』

「関係ないだろ」


 カラスの行水で風呂からあがり、二リットルのペットボトルに水を入れて部屋に戻る。引き出しから豆菓子を取り出してかじると、ようやく落ち着いた気がする。


 我が家の中でも、やはり自室が一番落ち着く。居間でも十分リラックスできるが、部屋は別格だ。俺はこの十畳間の広々とした部屋が大好きなのだ。

 障子を閉めればそこからの月影。窓とは違う趣があって好きだ。野良猫がどこかで鳴き、俺の手は父の日記に伸びる。

 パラパラとめくり、暇つぶしでもしていたのか、一人五目並べの跡を過ぎると、週に二回は必ず見るページだ。


「やっぱり父さんはすごい」


 行軍の合間に書かれた文字は震えていた。もともと上手くもない字は書き殴られたためにさらに読みにくい。それでも読めるのは俺自身の字が下手なせいで、文字の崩し方というものを知っているからだ。


 そこには凄惨さがある。不条理さがある。だがそれに惹かれた。軍記小説を読むような感覚が指先を戦慄かせる。


『いつみてもこのシーンは好きになれない』


 コノミコはそう言って、静かになった。もう眠ったのだろうか。こいつはシカトするときも多いから判別はつかないが、俺は日記を食い入るように読み込む。もう何度も読んでいるはずなのに。


 その一文にはこうある。


『源田の野郎の腕が空を飛んだ。突如現れた、ゼーレによる回転する円形のノコギリが腕をねたのだ。俺はそのパンツァーに三発の弾をぶつけ、戦闘区域から離れた。俺は小便を漏らしていた。生き残った者はみんな俺と同じ臭いがした』


 コノミコ曰く、描かれる中央の強さと、戦争の過酷さと、それと正直すぎる汚さがいやなのだそうだ。


「何がすごいかって、父さんはゼーレを見たことがあるってことだ。それで、生き残っている」

『お前の親父は日記を見る限り最前線にいたっぽいし』

「それもすごいポイントの一つじゃないか」

『まあな。私はそこよりも先の部分が好きなんだ。惚気しか書いていない場所あっただろ』


 俺は逆に好きじゃない。というよりも恥ずかしい気分になる。


「あったけど、別に今はいいだろ。さ、寝よう」

『ああ、寝ろ寝ろ。遅れでもしたら大変そうだ』

「昔はああじゃなかったと思うんだけどな」


 我が強かったのは同じだが、もっと落ち着いていた気がする。どこで苛烈になったのだろう。

 おやすみ。コノミコに声をかけても、彼女は返事をしない。だが俺には手をひらひらとさせ、寝返りをうつ彼女の姿がありありと浮かぶのだ。

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