第36話 友だちの一人
今日のスケジュールは筋トレと作戦の暗記。
昼の会話がよぎり、東風と堀田を見ると、わざわざ船川の隣で腕立てをしていた。スピードで負けないようにしているようだが、一日の長が船川にはあった。綺麗なフォームで二人を置いていっている。
「あいつら、張り切っていたよ。何かあった?」
極秘と書かれた作戦表を眺めていると、船川が俺のそばに来た。ちょうど東風が万能と、堀田が横島といるときを狙ったのだ。
「お前の腹が割れているから、それを羨んだのさ」
俺が火をつけたとは言わなかった。
船川は上機嫌になり、そうかと何度も頷いた。
「やっぱりね、あいつ一人だけで壊れるのも嫌だし私もそれなりに体をいじめておかないと不公平だろ」
「あいつって誰だよ」
すると彼女は不思議そうに俺を見た。井伊先生が巡回してきたので二人で覚えているフリをしてやり過ごすと、また続ける。
「魂鎧だよ」
彼女の瞳に嘘はなく、冗談でもなさそうだ。確認するまでもなく、それは本気で、間違いないと確信している表情だ。俺がおかしいかのように、船川は言う。
「私と、クヌギと、魂鎧。それで一つじゃないか」
クヌギとは彼女の縁生だ。縁生の名前は所有者が名付けることもあるが、縁生の方から名乗ってくる場合がある。
それにしても、こいつがこんなことを考えていたとは思わなかった。印象として、申し訳ないが、体を動かすことしか考えていないような感じだったからだ。
「氷澄は違うのか?」
「鎧は衣装。縁生は帯ひも。それを身につけるパイロット。兵器と操縦士。そう思っていた」
彼女はそれを聞いて、
「違うよ」
と断じた。バッサリと一刀両断。船川は完璧に俺を否定した。
「あいつは、あいつらはただの兵器じゃない」
「だって、魂鎧は」
船川は苛だたしそうに頭を搔く。単語カードに書き写した作戦概要を一度放り投げた。
「お前は感覚派っぽいと思っていたけど、なんだ、そうじゃないのかよ」
『感覚派というか、なんというか』
うるさいな。考えるタイプではないけど、それじゃあ俺がどっちつかずの半端者みたいじゃないか。
『そこまでは言ってないって』
船川は先生の巡回の目を潜り、言う。
「鎧に乗っていると感じないか? 風を肌で感じることとか、無線もなしに誰かが叫んでいるとか」
思い返せば吉永が敵のパンツァーと戦っている時に俺はそれを経験していた。風や、現場の雰囲気を感じたこともある。
「私はある。お前が何かを叫んだなぁって感じたこと、あるよ」
船川はからかうように微笑み、続ける。
「ただの兵器なはずないだろ。言っちゃなんだけど、わけがわからなすぎる。馬鹿でかい鋼の巨人が、不思議なペンダントでさ」
彼女は上着のポケットから小さな首飾りを取り出す。無機質な藍色のひし形がわずかに明滅している。
「自由に動くんだ。ただの兵器じゃない。私と、クヌギと、鎧。これで私なんだよ」
わからないかなあ。また船川は頭を搔く。感覚派というのは実に彼女に似合う言葉だ。
「つまり、魂鎧ってなんだ」
そこだ。とビシッと俺に指を突きつける。
「そこがわからない。戦の道具と割り切ればそれまでだけど、なんとなく違うんだ。ほら、武器って個性があるだろ? 銃でも右に曲がりやすいとか、照準より下を狙うとか」
「製造過程での事故とか不備だろ? 俺が乗っていた前の鎧は重心が少し後方にあった」
「それだよ。それは個性だ。いい方に捉えればな。あいつらには個性がある。私のはカメラが右にぶれやすい。整備士に言っても治らなかった」
学者のようなことを。その姿をバカにはしないが、まだまだ船川は熱っぽく語る。
「何が言いたいかって鎧を兵器として見るなってことだ。縁生とはコミュニケーションをとるのに魂鎧とはしないなんて変じゃないか。どっちも丁寧に扱おうぜってことさ」
「それだけのことで、どうしてこんなに話が長くなる」
「言葉を必要としない感覚人間もいるんだよ。東風なんかすごいぞ。魂鎧をどう思うって聞いたら、友達みたいって答えたぞ」
人間を模しているし、愛着も湧くだろう。お前の問いが悪い。
『まあなんにせよ、大切に扱えっていうのは正しいぜ。壊れてしまえば、それで終わりだ。あいつのかけら、まだ持ってんだろ?』
大破した俺の鎧。そのかけらを拾った。コノミコはそれを覚えていた。かけらは刺さると危ないからハンカチに包めて制服のポケットにしまってある。女々しいとは思いながらも、これがあると安心するのだ。
「わかった。今までだってないがしろにしたことはなかったが、改めて労わるよ。挨拶だってしてやるし、撫でてもやる」
「そこまでするとキモい」
「おい」
船川は静かに笑う。俺だって冗談のつもりだったし、彼女もそれはわかっている。
だが相棒を大切にするという意思は伝わったはずだ。
「頼むぜ」
そうじゃなければ、彼女はこんなにも誠実な声音ではなかっただろう。
「おう」
それきり会話はなくなり、授業は終わった。作戦なんていくつも覚えられなかったが、友人を知れたことは大きい。
「ありがと。誰かの考えって、俺はあんまり読めなくてさ。言ってもらえると助かる」
船川は鎧を大切にする。短い文章を頭の中のメモ帳に刻み込んだ。
「な、なんだよ」
ホームルームのベルが鳴る。井伊先生が号令をかけた。まだ暮れる気配のない青空は船川の染まる頬を隠さない。
教室に戻ってくると、まず俺に声をかけるのはいつも東風だが、この日は船川が、
「ちょっと借りるよ。一瞬だけだから」
と、俺を教室の隅に引き込む。
「さっきの。誰にも言うなよ」
そして「じゃあな」と去っていった。なんのことかわからない東風は小さく手を振る。
「どうしたの? あれ」
「さあな。東風、格納庫に寄って帰ろうぜ」
「なんでよ」
「いいから」
船川とのこともある。どうせ三日坊主だろうが、初日くらいは声をかけて帰ろう。一人ですれば変かもしれないが、二人でやれば少し変くらいですむ。
「もう。どうしたのよ」
文句を言いつつも付いてきてくれる。お人好しめ。
『お前もだってーの』
コノミコの冗談を聞き流し、格納庫へ。おっさんの多い整備士の中に、学生整備士が混じる中、俺は自分の二代目愛機の前まで来た。演習で爆ぜた肩は、腕の付け根から切り離され修理されるようだ。
廃材となった鋼は溶かされてまた別の装備となる。俺を守ったあいつは、もしかしたらまだその役目を放棄していないのではないか。
『ロマンチストめ』
わかっている。だけど、そう思ったっていいだろう。
じゃあな。口には出さないで武甲に別れを告げた。すると、人間でいう目の位置、頭部のカメラが明滅した、気がする。
「で、何が目的なの?」
妙にそわそわした東風が俺の袖を引く。彼女を連れて来たのはいいが、予想していたほど整備士たちの視線はなく、一人でもよかった。
「終わったよ。帰ろう」
「え? ちょっと、一体なんなの? 本当にわからないよ」
「挨拶しただけだ。あいつに」
「誰? それに何も喋ってないじゃん」
「アイコンタクトだよ」
「今日の大和、変」
東風は呆然としつつ、しかし質問責めにするようなこともなく、寮へと帰って行った。他人への興味があるのかないのか、不思議なやつだ。
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