第35話 禁句

「あ。午前中サボり男だ」


 昼休憩の教室で東風は購買で買ったハンバーガーを食べていた。堀田と船川と机をくっつけての昼飯だ。東風は唇についたソースをナプキンで丁寧に拭いそう言った。


「そうだよ。俺が午前中サボり男だ」


 堂々と胸を張ると堀田が苦笑いし、船川も「なんだよそれ」と吹き出す。

 そういえば昼飯の用意をしていなかった。しかし不思議と腹は減っていない。


「何を話していたんだ」


 東風たちの机に椅子を寄せる。気になるのは、置いてある貯金箱。


「そうだ! お前、やるじゃないか。予想的中、一人勝ちだよ」

 船川は賞賛とわずかな悔しさを込めて俺の肩をパンチする。

 俺は虎帯ちゃんが講師としてくると予想し、勝った。コノミコの冗談を信じた結果だが、やはりどんな形でも勝利は嬉しい。


『どうだ? 惚れたかい?』


 あー惚れた惚れた。


『ケケケ、棒読みだぜ』

「たまたまだよ」

「それでもすごいよ。私、考えもしなかった」


 堀田はまるで自分の事のように嬉しそうだ。東風はなぜか私のおかげでしょといった風に胸を張る。


「どうしてお前が威張っているのかはわからないけど、それじゃあ放課後に精算するか。缶ジュースくらいなら奢れるだろ?」

「太っ腹! やっぱり氷澄はそうでなきゃあ」


 船川はカツサンドを平らげると、紙パックの牛乳を飲み干し、


「よし! それじゃまた後で」

「どこ行くんだ」

「筋トレさ。堀田と東風もどう?」

「行かない」

「行かない」


 にっこりと微笑むがきっぱりと断った。しかし慣れっこなのか船川はたいして気にせず、教室を飛び出した。


「今日は演習じゃないにしても」


 おそるべき体力だ。普通はできることなら昼に運動なんてしたくないはずだ。飯を食ったら眠くなるし、日差しは強い。それも風物として受け入れれば多少可愛げがあるとはいえ、さすがにきつい。

 つまりは抜群に睡眠をとるにふさわしい環境になっているこの昼休憩の時間に運動なんてありえない。そういう部分で船川を偉人のように尊敬している。


「あずみちゃんの腹筋、すごいよ。影ができるくらい割れているんだから」


 東風がお化けでも見たかのように語ると堀田も頷いた。


「へえ。東風と堀田はそうじゃないのか?」


 東風はハンバーガーを机に置いた。堀田のおかずのハムカツを持つ箸が止まる。教室にいた万能は読んでいた本に栞を入れ天井を見上げ、桜庭は口笛を吹いてこちらを伺っている。


「なんだ? 腹、割れてないのか?」


 あれだけ訓練しているのだから筋トレなんてしなくても少しくらいは筋肉が付いていそうなものだけど。もちろん個人差はある。俺だって筋トレしているがボディビルダーのような体つきではない。岡田なんかはやたらゴツくて着替えのたびに羨ましく思う。


「それは、私たちが太っていると? 遠回しにバカにしているの?」


 東風は被害妄想を炸裂させ俺を睨む。


「極端すぎるって。今は筋肉がついているかいないかの話じゃなかったか」

「氷澄さん。女の子にそういうことは言わない方がいいですよ」


 堀田はいつもより笑顔で、それがむしろ不気味に思えた。ぐさっと卵焼きに箸を突き刺すところを見ると、どうやら従っておいた方がいい気がする。


「了解。筋肉の話をするのはよそう」

「そうしな。私だって、大和を壊したくはない」

「物騒な……」


 午後が始まった。井伊先生は俺を見ても特に何も言わなかったあたり、虎帯ちゃんとのことを察しているのだろう。「ああ。来たか」とだけ言って授業に入った。

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