第30話 生意気で天邪鬼

「独立部隊の中でも東北制圧を目標にしている連中だ。東北には会津、仙台、青森なんかの要所があるために敵もかなりの戦力をぶつけてくる」

「虎に噛み付く愚かな計画に巻き込まれた、実に運のない連中だ」


 虎帯ちゃんは吐き捨てる。己の名前を誇っているのではなく、実際にそう呼ぶのだ。

 東北、その中でも会津は由緒ある軍事地域である。この地の歴史に兵士は白い虎を使役していたという伝説が残っているために、軍では赤間の優秀な部隊に対して、この伝説から名をもらい、ある名前をつけた。その名を「虎隊」という。


 赤間の基地そのものではなく、功績を挙げた部隊に授与される名前なのだが、未だにそれをもらった兵士はいない。

 だが彼女のいうように会津の軍人は歴史を重んじ誇りを持って自らを虎と名乗ったりもする。ちなみにではあるが、各地域でも似たようなものがある。青森では猫で、仙台では龍だったはずだ。


「まあいい、話が逸れたな。井伊先生も自重してください」

「わかったよ。お前がいると私がサボってもいいから楽なのに」


 鋭く視線を向けられ、手をひらひらさせて降参をアピールする。コントのようなやり取りに笑いをこらえていると、虎帯ちゃんは付き合っていられないとばかりに俺に向き直る。


「大和。お前には戦闘をするだけの実力がある」

「そうかな。そうだといいんだけど」

「……ほら、井伊先生」


 振られると、先生は緩慢にゴミの中から書類を取り出す。だが汚れひとつない、端までピンとまっすぐな紙束だった。


「これがお前の戦闘データだ。学校で使う鎧だけじゃなく、どの機体にもついているやつ。授業でやっただろう。騎手の運動量だったり、怪我の具合とか、縁生がどれだけ機能しているかを調べるんだよ」

「これによると」


 虎帯ちゃんは何枚かを抜き取って俺に見せた。グラフと文字が踊り数字の配置が素晴らしく眠気を誘うが、彼女が身を乗り出すくらい真剣なのだからと、俺は密かに太ももの内側をつねった。


「他のクラスメイトよりも運動量が多い。筋肉をそれだけ使っているということだ」

「それは突撃の役割を担っていたからで」


 説教がぶり返すことほど面倒なものはない。そう思っての発言だったが、先生は「よく聞け」といった。

 虎帯ちゃんが別なデータを指差す。


「ここには縁生がどの程度のサポートをしているのかが記されている。お前、縁生との関係はどうだ」


 どうだって言われても、困る。


『素直に答えろよ。私がいないと何もできないから、おんぶに抱っこだって』


 こんな調子だ。だが彼女の言う通りではある。コノミコがいなければ鎧にも乗れず、状況把握も遅れる。


「良好だと思う。いいやつだよ」

『はっ。むず痒くなることを言いやがる』


 照れやがって。なんて言うと怒るから、心の奥底にしまった。


「そうか。それならそれでいいのだが、するとこのデータは途端に驚異的なものになる」


 書類上、コノミコは俺にほとんどサポートをしていないことになっていた。していることといえば精度の低い、限りなくしていない運動能力増強と、画面への最小限のデータ表示。そして戦闘中の騒音による妨害だった。


「この妨害って、何」

『ンだよこれ。こき下ろしやがって』

「耳をつんざくような叫びをあげたとか、お前の意識をどこかに飛ばすような発言をしたとか。心当たりはあるか」


 虎帯ちゃんは真剣そのものだが、それが不思議で俺は吹き出してしまった。

 わからないでいる彼女に俺は息を切らしながら教えた。


「そうか。そうだよな。わからないに決まっている。こいつは俺が死にそうになると、そうやって連れ戻してくれるんだ。死の淵から現世まで、絶叫で教えてくれるんだ。戦えってな。だからこの資料に書いてあることとは逆だよ」

『いや、本当はただ邪魔したかっただけだって。戦闘中は暇でさ』


 唖然としたままの二人に俺は補足としてサポートに関することも話した。


「データは口頭で教えてもらっている。視界に色々あるよりも反射で動けるから。突撃の速度は、多分俺の問題だよ。ちょっと……かかっていたのかもしれない」


 縁生には魂鎧との繋がりをもつという役割がある。それをこなしながらデータの管理や話し相手になってもらっているのだから、頼りすぎても悪いだろう。


『マジで邪魔がしたかったんだって』


 いつまでいってやがる。この照れ屋め。


「そんなばかなことがあるか。鋼の塊だぞ」

「そりゃあ少しは恩恵を受けていると思いますけど」


 井伊先生はあり得ないと首をふる。どうなんだ。そうコノミコに聞いた。


「おそらくは、相性がいいんだ」

『相性がいいんじゃないのか』


 虎帯ちゃんとコノミコは同時に言った。


「魂鎧は機械でありながら、人間の精神と密接している。大量生産のベルト上で生産されるとはいえ、私たちの戦衣装には心がある。その心こそ、縁生が繋げてくれる先である精神感知システムだ。これは持論だが、パイロットには縁生との絆と、搭乗機の個性にも気を配らなければならないと思う」

「……まるで生き物だ」


 井伊先生はぽつりとこぼした。彼女も魂鎧のシステムを詳しくは知らないのだろうか。

 それきり会話は無くなった。静寂は虎帯ちゃんが破った。


「続けよう。わかったのはお前が鎧に好かれるということだ」

「……つまり?」

「察しが悪いな。縁生のサポートでもっと強くなれるということだ。今よりもずっと」


 そんなことはわかる。だから、それがどうした。


「その力はもしかすれば、ゼーレを発動できるかもしれない」

「本当だぞ。可能性は大いにある」


 俺の不安や否定を待たず、井伊先生が断じた。


『可能性の話なら、なんでもありじゃないか』


 舌でも出しているのではないかと思うくらい、コノミコは馬鹿馬鹿しそうに言った。


「お前には」


 虎帯ちゃんはやけに力強く俺を見据えた。その言葉にもかなりの熱がある。先生の目つきも険しくなり、いやでも身構えてしまう。


 タイマーが鳴った。一人の面談に十五分までという井伊ルールによって設けられた安物のタイマーが緊迫する空間に安らぎをもたらす。


「放課後残れ。ほら、船川を呼んでこい」


 手で払いのけられ、「失礼します」と部屋を出る。自然と足取りは重い。廊下で何度か立ち止まりそうになりながら、席に着いた。

 簡単な掃除とホームルーム、そして下校となるが、意識はずっと曖昧で、虎帯ちゃんが言おうとしていたことだけが気になっていた。東風に今日は一緒に帰れないことを説明するときも、多分表情は虚ろだったんじゃないかと思う。


「元気出せよ」


 背中をポンと叩かれても返事は曖昧だったと思う。クラスメイト全員が教室を出るのに五分ほどかかったが、こんなに五分が長いとは。戦っている時とは違う、しかし焦燥という点で似通った、不思議な時間軸に俺はいた。

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