第27話 講師として
「若松よぅ」
不気味なほど勝手に震えたがる太ももを静かに握っていると、先生は背もたれに体を預けた。腕を頭の後ろで組んで、足を机の上に投げ出す。リラックスしているのか、のんびりとした声である。
「どうかしましたか。井伊さん」
それに対して虎帯ちゃん、いや若松さんはかなり鋭く返事した。まるでその先を言わせないように。
「あのさ。お前ら、知り合いじゃなかったのか?」
若松さん、この場合は虎帯ちゃんといったほうが正しいのだが、覚えのありすぎる怒りの形相である。額には俺を殴るときに現れる青筋が浮き出た。それでいて目を見開き井伊先生を凝視したまま何も言わない。彼女たちにはそれなりの、手を出さない程度の上下関係か信頼関係があるようだ。
「別に楽にしてくれていいよ。忌憚のない意見を聞きたいからこういう場所で話しているんだし」
「しかし、私は講師として喚ばれています」
「だから? お前も私からしたら教え子みたいなものだ。友だちだったら友だちでいいじゃないか」
『こんなに心が広いとは』
同感だ。歴戦の軍人とは優秀な教師にもなれるのか。
「井伊さん。例えばですが、彼と私にどんな関係があったとしても、それをこの場であらわにしては、正当な評価ができかねます」
……ちょっと待てよ。俺との友情を完全に捨てなければ評価ができないから、あんなによそよそしい態度をとったってことか?
『さあてな。軍人だもの、嘘かもしれないぜ』
軍人の世界にいれば友情は簡単になくなってしまう。武功が絡めば人は裏切り、簡単に見捨てる。そのことをコノミコは言っているのだ。
虎帯ちゃんは俺を切り捨てた。そうすることで俺を軍人として育てるために。
だけど、それではあまりにも寂しく、悲しい。
「いいから。普段通りでいいよ。私だって、氷澄だって、別にいつもと同じだし。そうだろ?」
「俺ですか?」
突然話を振られて聞き返してしまった。上ずった声が出て恥ずかしい。
「お前以外に誰がいる。今回、魂鎧の操縦でなにか変わったことしたか?」
「いいえ。特には」
それはそうだ。別に何かをしたわけではない。強いて言うこともない。
「だろう? だからお前も普通でいいぜ。さっきから硬いんだよ」
その若松は不機嫌そうに先生にへとギラつく視線をぶつけるも、どこ吹く風の先生。俺の知らない二人の顔があった。
特に虎帯ちゃんだ。そういえば彼女が他の大人と話をしているのを見たことがない。大人だと思っていた彼女も、やはり本物からすればまだまだ子どもということか。
そして「わかりましたよ」と渋々ながらも了承した。
「さあて。それじゃあ始めようか」
軍人教師はようやく身を乗り出し、荷物の山からペンとノートを引っ張り出す。
「今回はどうだった。お前自身の評価を聞こう」
虎帯ちゃんがいると、なにかにつけて物事が長くなる。彼女の家に行ったときも、演習前の先生の演説も、今回の面談も、相当な回り道だ。何より俺の記憶に住み着き始めてから八年と、彼女のいうには十五日が経っている。それが悪いことだとはいわないが、語弊を恐れなければ枷ではある。
「前回先生に言われたことですが」
魂鎧を壊すな。それが反省点の一つだったが、今回もやってしまった。万能の乗っていた鎧は肩が裂け、腕が引きちぎれた。当たりどころによってはコックピットまで被害が及んでいたかもしれない。落ち着いて考えれば大事故の可能性を多分に含んだ行動だった。
俺がその先を言う前に、先生は「そうだな」とノートに何かを書き込んだ。
「戦力は大いに越したことはない。型落ちでもな」
それに。と彼女は付け足す。
「お前は突撃以外にもやったほうがいいぞ」
こんなことを言われたのは初めてだった。突撃に志願しているのは誰かがやらなければいけないことだからであって、俺より先に志願する奴がいれば無理にその役目を果たしてはいない。
「たまには援護に回れ。そうすれば見えなかったものが見えてくる。局面に沿った大きな動きや、相手の意図が掴める」
この人は本当に真っ当なことしか言わない。それが頼もしく、不出来な俺には辛いところだ。
「まあ戦闘に関してはそれなりだな」
『そうだろうな』
コノミコはさっきのことをぶり返したつもりなのか、「覚悟が足りない」と指を振った。実際には彼女の姿は見えていないのだが、俺にはそうイメージできた。想像の彼女は、生意気に人差し指をくるくる回すコノミコは、本人に伝えたりはしないが、幼い少女だった。
目が大きく、髪を短く切りそろえ、素足に下駄を履いている。少し田舎っぽい、いや、赤間だって首都と比べれば田舎だが、とにかくそんな感じだ。
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