第21話 保身のために

 いつもの場所に東風がいた。まだ俺を怪我人だと思っている彼女は、しばらくはこれを続けるのだろう。


「おはよう」

「や。調子どう」


 そんな心配が嬉しくないはずがない。しかしあまり世話をやかれても恥ずかしい。


「なあ東風、俺は元気だぞ」

「え? うん。そうだね」

「怪我する前までは、お前、俺に後から合流してなかったか? でも今は、待っていてくれるじゃないか。だから、無理しているんじゃないかと思ってさ」


 東風は「何を言っているんだ」という顔で俺の背を叩いた。


「そんなことしないよ」

「でも昨日とか」

「あれは! ……たまたまだから。そりゃあ何日か様子を見ないと、とは思うけど。それに」


 東風は続ける。


「昨日、あのおじいさんと何があったかも知りたかったし」


 あれほど警戒していたのに興味津々ではないか。


「あの人は運転手だよ。友達の家まで送ってもらったんだ」

「へえ。運転手がいるってことは、もしかしてお金持ちの友達?」

「多分な。それで色々と話して、あとは普通に帰った」

「何を話したの?」

「ん」


 どう説明すればいいだろうか。難問を出されて蹴られて、恐ろしい趣味を暴露された。これをそのままこれを伝えれば、きっと東風は激昂し何をしでかすかわからない。

 口喧嘩には口喧嘩、暴力には暴力で立ち向かえるくらいに東風は……感情豊かだ。それは田中にくってかかったことからもわかる。そもそも魂鎧に乗り前線に飛び出ることのできる心を持った人間なのだから、多少なりとも負けん気がある。


 だから、彼女に俺と虎帯ちゃんの関係を知られるわけにはいかない。出会ったが最後、とまではいかないだろうけど、揉めることは確かだ。


「そうだなあ。その人は軍人で、写真が趣味なんだ」

「パイロット?」

「ああ」

「ふーん。大和にそんな友達がいたなんてね。歳は?」

「俺たちと同じくらいだと思う」


 そういえば彼女の年齢を知らない。多分十六歳だとは思うが、いつまでたっても俺にとって若松虎帯という人は年上の気がするのだ。


「学兵? それとも基地勤め?」

「質問が多いな」


 笑ってみせると東風は唇を尖らせて肘打ちをして来た。


「だって気になるじゃん。そうだ、名前はなんていうの」

『はっ。出会ったら最後、殴り合いかも』


 怖いことを言うなよ。しかしその可能性も十分にあり得る。虎帯ちゃんの性格から考えると手が出ないとも限らないし、それに応じない東風でもない。

 接触させなければいいのだが、俺を媒介に出会うことがあるかもしれない。情けないが、保身を考えなければならないのだ。ビンタでは済まないだろうから、二人を会わせてはいけない、絶対に。……俺が被害に遭うかどうかはわからないけど、これは身の安全のための配慮だ。


「若松さんだ」


 東風も「わかまつさんか」と繰り返した。それ以上何も聞いてこず、キビキビと学校へ向かう。その間も東風は思いつきの話題をポンポンと出してくれた。彼女は会話が達者である。

 そのうちに校舎が見えてくると、東風はあっと大きな声を出した。


「今日って演習の日だよね」

「それがどうした」

「新しい講師が来るって井伊先生が言っていたのを思い出した。……あ、大和は入院していたから知らないよね」

「初耳だぞ。なんであの人はそういう連絡をしてくれないのかな」

「しないでしょ。なんとなく、しなそうな人じゃない」

『私もそう思う』

「……そうだけどさ」


 新しい講師。おそらくは元軍人だろう。この前の戦闘で吉永が死んだことは本部にも伝わっているだろうし、その戦闘場所はこの学校に応援を呼べるほど近い。

 早急に、確実な戦闘訓練を積ませなければ若い兵士が無駄に散る。そうした敵との距離からこうした対応になったのだろう。会津はそれなりに発展しているとはいえ、大都市に比べれば田舎である。大部隊を新しく作ることもできないし、今いる戦闘員が力をつけるしかないのだ。


「どんな人かな。優しい人だといいよね」

「それはないだろ。井伊先生が先任だから、きっと厳しく指導するようにって言われているはずだ」


 教室はその講師がどんな人物かで持ちきりだった。掲示板には年齢と性別を当てる賭けまで行われていた。

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