第13話 お邪魔します
車は町外れの大きな屋敷の前で停まった。大きなといっても程度があるが、その中でも最大級といっていい。まず門から生える高い壁はゆうに二メートルを超えている。戦時に城塞として対応できるよう補強が施され、それが視界に収まらないほど続いていた。
警備員が見えるだけでもとりあえず六人、門の内側にある詰所にまだまだいるのだろう。彼らは門を開け、車内ではその広さに唖然とする俺に、微笑みを絶やさない石畳が「ここから玄関までお送りします」と言ってまた驚かせた。
ゆうに五十メートルはある庭にわざわざ引かれた車道。そこをゆっくりと進むといやでも緊張する。
玄関で降ろされると、メイド服の女中が数人で出迎えてくれた。この玄関も細かな意匠が施され、昨日取り付けられたかのようにどこにも汚れがない。
「失礼します」
室内は学校の体育館が窮屈なほど広かった。赤い絨毯が敷き詰められ、どこにつながるのか想像もつかない多くの扉は全て白く、目がチカチカする。女中さんが扉の前まで向かったので、俺も後に続いた。その先は階段になっていて、これも赤い絨毯が敷いてあり、踊り場には彫刻が飾ってあるなど、とてもじゃないけど落ち着かない。
三階まであり、まるで山頂にある神社まで来たような気分だった。廊下の突き当たり、凄まじく豪華な扉がある。どんな大男だって背を伸ばしたまま入れる大きさで、花弁の意匠が見事だが、無造作に打ち付けられた金属のプレートが際立って浮いている。
『立ち入り禁止』
扉が不憫なほど適当にくっついていて、そのプレートも適当な大きさの金属板に、油性ペンでそう書いてあるだけ。あまりにお粗末なものだった。
「こちらでお嬢様がお待ちです」
俺は唾を飲み込んで頷いた。女中は、そう躾けられているのか、石畳に似た微笑みで去っていく。
ノックの習慣などないが、そうすべきだと思い、しかし正式な作法など知らない。適当というわけにもいかず、二回だけ小さくノックした。
「入れ」
その声はかろうじて聞こえた。音量の問題ではなく、俺の心臓の高鳴りでうまく聞き取れなかったのだ。
「失礼します」
不本意ながら財力というものをこうも見せつけられると、庶民としては縮こまるしかない。胸を張ることが唯一の虚勢だった。なぜ虚勢などはったかというと、ビビっていると思われたら格好悪いからだ。
『誰も思わないって』
今まで黙っていたくせに。お前だって緊張していたんだろ。
『違うよ。寝ていただけ』
完全な嘘だが彼女は悪びれもしない。こういうところが、彼女らしさであり、俺が好んでいるところだ。
「遅かったな」
屋敷がこれほど豪華なら、部屋はどれほどのものかと思ったが、拍子抜けした。
勉強机とキャスターのついた椅子、ベッド、二つの本棚。蔵書の量は多いが、どれも会津の歴史資料や戦術書、魂鎧に関するものばかり。あとは片付けられた雑貨だけが全ての家具だった。スペースは一人部屋なら十分に広く、家具の質の高さと壁を一面抜いた窓の採光も素晴らしい。
この部屋を四分の一ほどに小さくして、いくつかの家具を捨てれば、まるっきり俺の部屋と変わらない。
「……虎帯ちゃん?」
キャスターをコロコロと前後させながら、若松虎帯は何をするでもなくそこにいた。軍服のボタンを全開に、かなりラフに着こなして腕組みをしている。
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