第2話 相棒
「で、あるからして、戦争のきっかけは」
歴史の授業は退屈だ。いつも耳から耳へと滑っていく。
開けっ放しの窓からは、ぬるい風と黒いススがかすかに吹き込み、肌に密着するシャツと一緒になって気持ち悪い。あくびを我慢もせずに時計の針ばかり見つめていると、担任の
「こら、氷澄! 集中しろ!」
井伊
「すんませーん」
「ったく。仕事を増やすな」
文句を言いながら井伊は黒板に向き直る。斜め前の席で
「ばか」
口パクで彼女は言った。何か言い返そうかと思ったが、口では女に勝てないとじいちゃんから教えを受けている。俺は東風を無視して新品同然のノートへ板書を写すふりをした。
東風からぶつけられる消しゴムのカスに耐えていると、ようやく授業が終わった。昼休憩を挟んでいよいよこの学園の目的、兵士を養う場が設けられる。
「格納庫に集合。その後演習を行う。各自準備を整えておけ」
井伊先生は指示だけしてさっさと演習場へ向かった。
「さ、頑張ろう」
のんきに東風は腕についたブレスレットに触れた。
「『
ブレスレットは当然のごとく明滅する。俺もそっと自分の首飾り触れた。無骨なドッグタグの隣に寄り添う真っ白な玉が不気味に光った。
『けっ』
俺を拒否するように鼻を鳴らして、すぐに声は聞こえなくなる。
格納庫にずらりと並ぶ二足歩行型の兵器。これが近代戦争の花形だ。
長方形の装甲板をいくつか取り付けた肢体に丸みのある頭部がくっつき、この巨人は少しだけ不恰好だ。全長十五メートル。これが日本では平均的な、量産された『精神感応甲冑・
俺たちはこれに乗り込み戦争をするのだ。最初の頃はその大きさに面食らったが、今では頼れる戦衣装である。
コックピットまで取り付けられた階段を駆け上る。胸のハッチが開いて、その青白く光る空間に滑り込んだ。
「ああ涼しい。気温調節機能さまさまだ。まったく教室にもクーラーくらい設置しろっての」
体を太いベルトで座席に固定し、一枚のタッチパネルに触れる。これは本人確認用の指紋認証で、あとは全て相棒がやってくれる。
「出番だ。コノミコ」
『はいよ。同調完了』
首飾りが発光し、それと同じくパイロットルームが一気に明るくなる。次々と現れる無数のパネルは一つ一つ生き生きと動き出し、外のカメラが周囲の景色を映し出す。肉眼と遜色ないほど視界はクリアで、俺はこの瞬間に魂鎧と一体化したと感じるのだ。
『それにしても、毎日飽きないのか』
凛とした響き。胸をくすぐるような、それでいて突き放すような物言い。少女のようでもあり、妙齢のようでもあるが、どちらにしても間違いなく女の声だ。巫女のような神聖さと好き嫌いの分かれる性格。だから俺はコノミコと名付け、彼女もそれを気に入ったのか、すんなりと受け入れた。
「飽きはしないよ」
魂鎧の動力源は電力や火力ではなく、他に類を見ない、目には見えないものを食い物にして動く。
それは人間の精神力。感情と意思、つまりは強い気持ちが作用し、心の強さがそのまま動作を活発なものにするのだ。
「それに、飽きても俺はやる」
魂鎧は精神力で動く。精神感知システムと呼ばれる核がパイロットの意思と行動を感知して、この鋼の塊は動くのだ。
さらに、人と鋼を繋ぐものがもうひとつある。それが俺がコノミコと呼ぶ
確かなことは、こいつがいれば俺は戦えるということで、それが全てだ。
「演習場に集合! 今日は楽しい実戦演習だ、武装のチェックを忘れるなよ!」
通信モニターの向こうでは井伊先生が悪そうな顔で微笑んでいる。
『あれで凄腕だったってさ。そうは見えないけどな。敵さんの程度が知れるね』
縁生には個性があるらしい。東風曰く、前転は素直で真面目だそうだ。比べて俺のはどうだ。
生意気で皮肉屋で、全然命令に従わない。自分を褒めるわけではないが、よくこいつとやってこられたものだ。
「あんまり悪く言うなって。あの人は才人だ」
敵は世界中央。ユーラシア大陸のほぼ全西を占める大国だ。奴らは大陸に貨物線を引いて、亜細亜連合の領地を横断し、海を渡って侵攻してくる。戦争の発端などは知らない。
とにかく中央の魂鎧、あっちではパンツァーというらしいが、それの撃墜数において井伊先生は記録を持っていた。一度の出撃で二十八機を破壊した。
「そんじゃあ、行くか」
俺の思い通りに魂鎧は動く。必要なのは意思だけだから、これほど簡単な乗り物はない。
登校時の最初の一歩よりも軽快に歩み出す。地響きを無視して整備士たちが進路を示した。
演習場は山を二つ切り出した平地である。そこにいくつかの障害物を立てて、市街での実践をシミュレートできるよう整備されている。
地響きと、かすかな魂鎧そのものの環境音、そして鋼の擦れるノイズ。ひんやりと冷たいコックピットではそれすら心地よく感じる。
『武装の確認はしたの?』
せっかちなやつだ。どうせ先生の号令でやらされるし、何より昼休憩の時に整備士とも確認しあった。
だが、俺はコノミコの性格というか、性質を知っている。こいつは言い出したら突っ走る癖がある。それを拒むことなどできない。縁生がその気になれば魂鎧との繋がりが切れ、俺たちはまともに戦うことができなくなる。
ご機嫌取りとまではいかないが、円滑な関係を築いておかなければならない。
しかし、それをうるさく思う俺がいる。
「……さっきした。井伊先生の前でもする」
彼女は人望厚く、慕う者は多い。ここは半分軍であり、その上下関係も凄まじく、点検をするといわれた時に「もうしました」などとはいえない。
『しろってば。やらねえと困ることになるぞ』
縁生は己を知っている。生まれ落ちた理由ではなく、自身がいなければどうなるかをだ。
私がいなければ、あなたは何もできないでしょう。そうやって俺を脅すのだ。
「わぁーかった。突撃砲一丁、弾薬百二十。軽突撃砲一丁、弾薬二百。予備の弾倉が二つずつ。長刀、短刀、一振りずつ」
量産型の標準的な装備だ。これだけが攻守のすべてである。
『よろしい』
それだけ言うと、コノミコは静かになる。話したい気分では饒舌に、それ以外はまるで石ころのように黙り込む。そういうやつなのだ。
演習開始は俺だけのために遅れていた。時間的には五分前だが、焦らずにはいられない。整列が完了し、井伊先生がモニターで叫んだ。
「これより実戦訓練を始める。まずは装備点検だ。不備のある者には罰走を命じる」
誰にも不備は見つからず、点検が終わると二つのチームに分けられた。紅白戦だ。これは毎回異なるチームで行われる。
今回東風とは敵同士だった。クラスには二十人在籍しており、十対十の小規模な戦闘訓練となるが、その迫力と緊張感はいつも相当の疲労を残す。
演習場の両端に整列し直し、チーム内での作戦会議が始まる。
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