第3話 演習
「さて、作戦だが」
クラス長の田中信二がチームに無線での音声を飛ばす。映像も出力できたが、田中はそれを無駄だと考えているのではなく、くたびれたように垂れる目じりがコンプレックスらしくあまりしない。
「両端にある
俺に作戦立案についての知識はほとんどない。昔の戦術書だってあまり読まないし、授業だって不真面目だ。それにしても田中の作戦はそれほどうまいものだとは思わなかったが、代案もない。無言を数秒だけ確認し田中は作戦を決定した。
「右方突撃は俺、桜庭、船川でする。反対側には」
つまりは奇襲だろう、中央はそれを意識させないために派手に攻め立てなければいけない。
『どうする?』
コノミコはなぜか楽しそうだ。だから、彼女の楽しさに乗っかることにした。
「田中、真ん中は俺が行くよ」
誰がやってもいいのなら、俺がやってもいいだろう。
「わかった。堀田と鈴木も一緒にいけ」
作戦と役割が決まった。与えられた十分の時間をかなり余らせて、田中は先生にその旨を報告した。
「五分後に戦闘開始だ」
新しく連絡が入る。堀田早苗と鈴木道正だ。画面にはテキストだけで簡単に、よろしく、頑張ろう。と、そうあった。俺は返事をし、持ち場についた。
早速カメラが敵を補足する。視認できるのは四機だ。
『敵さん、真ん中ぶち抜くつもりだ』
コノミコはのんびりと言う。彼女には勘が鋭いところがあって、そのせいかどうかはわからないが、よく次の日の天気を当てる。
「なんでそう思うんだ」
つまりは中央に人が多いということだ。コノミコがそう発言した理由を俺は一応聞く。いつも答えは同じであることを知っていながらも。
『勘』
こんなものを当てにしたくはないが、頭に留めておかなくてはいけない。何かあってからでは遅いし、何が起きるかわからないからだ。
「田中、中央が厚そうだ。展開はせず、密集させたらどうだ」
開始一分前。これを田中は無視した。
『へっ』
それすらも面白がり、鼻を鳴らした。コノミコは人を小馬鹿にすることが好きなのだ。
「よし。始まるぜぇ」
勢いよく銃弾が空に飛び、長く色付きの煙を残した。それが開始ののろしである。
「行くぜコノミコ! 状況は細かく口頭で伝えろ!」
『おうよ!』
進めと思えば進む、握れと思えば握るこの戦衣装。自分の体と同じように、その反応速度は各機でまちまちだが、それでも自由自在に近く動く。
障害物を避けながら、視認できる四機に突き進む。稲妻型のジグザク移動により、少しでも襲いかかる銃弾からの被害を減らす。
長刀を抜き、速度に拍車をかけた。援護に回った堀田が弾幕に切れ間を作った。そこに突っ込んでいく。
「おおぉああ!」
こんな風に吠えていることをクラスの奴らは知らない。ただ全身の熱を放出しているだけのつもりだが、
『熱血漢め』
と、コノミコはからかうのだ。
目の前には三機。少し離れたところに一機。
手前は間宮加奈子だ。長刀を振り下ろすと肩のプロテクターに食い込み、抜けなくなった。腰のホルスターから砲を抜き、確認もせずコノミコの勘が察知した方向へ撃ち込む。
『着弾確認!
コノミコには癖が多い。言葉を縮めるのもそのひとつだ。つまりは距離の近い右方向から刀剣での攻撃がくるということである。目の端で捉えると、短刀の突撃が見えた。横島ひろみだ。
長刀を力ずくで押し込むと、間宮の肩から鈍い音がして、その腕が落ちた。悲鳴が聞こえた気がするほど、よろめいて倒れた。
刀を跳ね上げて横島の腹に叩きつける。火花眩しく鋼が裂かれた。
『砲だ! 三機左前方、やっぱり大勢いやがった!』
標準装備に盾はない。しかも学校に支給されているものは軍の型落ちである。
これは九八年式でキュウハチなんて呼び方をするが、十年前の旧式だ。
「耐える! 鎌草を落とす!」
瞬間、強烈な振動がパイロットルームを襲った。しかし所詮は心の持ちようだ。どんなに苦しくても動かせる限りは動かす。それがベテラン井伊の教えであり、戦いにおける一つの要点だ。
短刀に持ち替え、片手で軽突撃砲をばら撒く。牽制しながら一度引いて、堀田と持ち場を入れ替わった。
『前面装甲が三割損傷。左腕が死んだ。だが足回りはイケる!』
軍人たるもの冷静であれ。自ら定めたルールに則り、田中に連絡を飛ばした。
「左方に敵有り。時間を稼ぐ。急ぎ右方を攻められよ」
「了解した」
短いやり取りの後ですぐに戦場は騒がしさの渦に飲み込まれる。
『鎌草の機体に絞ったんだ。絶対あいつを落とすぞ』
どうしてお前が指示するのだ。とすら問える時間がない。
堀田が突撃し始めた。おそらくは田中から何か指示が出たのだろう。
レーダーには最初二十人分の名前が列挙されている。そのうちの何人かは黒く染まり、行動不能となっていることがわかる。
こちらは四人が消え、あちらも四人が消えている。活動が見込める数が半分になると終了が告げられることになっている。
狙いもつけず、砲を撃ち込んだ。幸運にも鎌草の足にあたり、大きく転んだ。
その首もとに銃口を突きつけたところで、終了の合図である赤く尾を引く煙が立ち上る。引き金から指を離し、鎌草を引き起こした。
動けるものは整列し、そうでないものには整備班が駆け寄る。俺は一番乗りで先生の乗る魂鎧、これも型落ち九八年式の前に並んだ。
整列できたのは十機程度で、あとは大きな貨物車に乗せられ倉庫に向かう。
勝敗はというと、俺たちは負けた。田中たちが攻め込んだ先で大敗したらしい。
「ご苦労。格納終了後、速やかに教室に戻れ。解散」
実習は終わった。汗が下着を濡らし、口内が乾ききっている。筋肉は痙攣するほどに疲労し、しかしどこか清々しい。
教室に戻る途中で東風が声をかけてきた。疲れの中にも晴れやかさがある顔つきだ。
「今回は私の勝ちだったね」
「お前のじゃなくて、全体の勝利だろう」
「いいじゃん。勝ちは勝ちだもん」
俺の背中を叩いて軽快に笑う。
東風とは中学で知り合った。気さくな彼女は友人も多く、人間関係において敵がいない。俺は彼女とは反対で、あまり友人がいない。それは今でもそれほど変わっていないが、当時一人で飯を食っていた俺を見かねて東風がおにぎりを持って近づいてきた。
「おい。一緒に食おうぜ」
妙な男言葉は、後で聞いたところ、「舐められたくなかったし、物騒な顔をしているから、話しかけ方がわからなかった」そうだ。
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