首筋の刃

第6話 援軍

「騎手になる運命なのよ」


 記憶の少女、若松虎帯が俺に指を突きつけた。清楚なワンピースに麦わら帽子。あの夏の夢だ。


「きしゅ?」

「魂鎧の操縦をして、戦争に出る人のことよ」

「またそれ? 嫌だよそんなの」


 俺と彼女が仲良くなるのに時間はかからなかった。若松虎帯は俺の心のテリトリーなどおかまいなしに踏み込んできたが、どうにもそれが心地よかった。嫌味もなく正直で、時には感情的になる彼女は、不思議と俺と気があったのだ。

 断る俺の顔は多分笑っている。それが気に入らなかったのか、彼女はよく俺の頬をつねった。


「じゃあ、どうするの」


 そんなことが子どもの俺にわかるはずもない。今もそうだが、将来の夢なんてなかった。


「虎帯ちゃんは、そのきしゅになるの?」


 そういえば俺は彼女を虎帯ちゃんと呼んでいたんだ。夢とはいえなんだか恥ずかしい。


「もちろん。英雄になんてならないけど、きっと出世してみせるわ」

「そのあとは、どうするの?」

「決まっているでしょ? 戦争を――」


 ピピピピピ。ピピピピピ。


「……起きるってば」


 目覚めはどんよりとしている。台所へと向かうと、トースターからチンと気持ちのいい音がする。しかし、今朝だけは耳障りだった。


「なんて言ったんだろう」


 わざと声に出してみた。記憶の棚をどれだけひっくり返しても、その続きはなかった。

 祖父と飯を済ませ、もやもやしたまま家を出た。しばらく歩くと、また東風が背を叩く。


「おっす」


 いつも通りの日常。登校。平和。ささやかだが先人によって築かれた時間は、兵隊になってからかみしめることが多くなっていた。


 ウゥ――――――――


 サイレンが鳴った。すぐにアナウンスが騒ぎ出し、避難を伝える。


「大和」

「ああ」


 見えかけている学校まで走った。これから何が起きるのか想像することはしない。いつだって最悪な結果しか思い浮かばないのだから。


「急げ!」


 井伊先生が校門で叫んだ。格納庫まで駆け抜け、急ぎ魂鎧に乗り込む。東風は去り際に小さく「大丈夫」と俺に頷いた。


「出動員十三名。これより出動します」


 田中が外部に伝える。

 出動する人員は週ごとに変わり、出動係というものがある。実力を均等に分けたいくつかのグループで形成されているのだが、今週は俺や東風や田中がそうだった。


 学校から西に百キロ地点にある基地が世界中央に襲撃されている。相手の数は三十程度。こちらは軍と合わせて五十。数的有利ではあるが、奴らの魂鎧であるパンツァーには特殊な要素がある。


 奇跡の術を使うのだ。


 例えば火種なしに火炎をおこし、炎天下にもつららを発生させたり、快晴に雷を降らせたりする。確認されているだけでも無数の種類があり、尉官、佐官にはより多くみられ、日本では実例がいくつかあるだけで、研究は進んでいない。


 これを中央ではゼーレと呼ぶが、日本での名称はない。


 ゼーレパンツァーがいれば数的有利はあてにはできない。それに援軍とはいえ学生兵士だ、勝算は五分かそれ以下まで落ちる。


「味方の援護が俺たちのすべきことだ。でしゃばるなよ。いいか、安全を第一に考えろ」


 田中は念を押した。軍内部において唯一死者を出さないことを掲げられるのが学生兵だ。彼はそれに則り、後方からの支援を本軍に伝えた。


 現場に近づくにつれ、鎧越しでも感知できる。刃をぶつけ合い、砲を打ちまくり、砂煙をあげて疾駆する。そういう情景が胸を強く締め付ける。

 パンツァーは魂鎧よりも機動力で劣るがそのぶん耐久と攻撃力は上回っている。それらの優劣を命をかけて競い合う生臭さに舌が痺れるようだ。


「こちら046魂鎧部隊、吉永だ。応答願う」


 やたらに低い声だ。俺たち全員に話しかけているが、田中が代表して答える。


「こちらは会津国士学園の田中三等陸兵です。援護射撃の準備有り。数分後に到着予定です」


 田中はやや先回りして答えた。指定された配置場所は山の中腹で、戦場を見渡せる。

 吉永は轟音を背後に轟かせ、言う。


「残存鎧、二十。敵、二十六。援護は不要。直ちに引き返せ」


 横つながりの連絡線に悲鳴が混ざる。数的有利すら失ったのでは敗北は必至である。援軍は欲しいはずなのに吉永がそれを拒否したのは、俺たちを無駄死にさせないためだろう。


「そんな、ではどうするのですか」


 田中も金切り声だ。それ以外の面子はじっとおしだまり、吉永の返答を待っている。


「別な基地から応援が来る。心配するな。命令だ。帰投しろ」


 一方的に連絡は打ち切られる。コノミコが笑った。


『素敵な状況だ。やろうぜ』

「……ん」


 素敵ではないが賛成だ。にわかに血が熱くなる。ぞわりと身震いし、田中へと繋ぐ。


「援護すべきだ。こちらの数が少ないのであれば、なおさらだ」

「駄目だ。命令は降っている」


 田中は頭が固い。勉強はできるが、とっさのことには疎く、応用が利かない。杓子定規であり、それが目に見える形で災いしている。


「彼らは間違いなく全滅するぞ」

「そんなに金が欲しければ勝手にしろ」


 またも切られた。そして田中は機体を反転させ、ものすごいスピードで帰っていく。それに他のみんなもしずしずと従い、戦場からほど近い林に残るのは俺と東風と、他数名だけとなった。


「ど、どうしよう。大和は戻らないの」


 東風の怯えた顔がモニターに映し出され、なぜだかそれが無性に腹がたつ。彼女の弱気にではなく、こんな状況に陥ってしまったことに、だ。


 田中の定型的な態度。吉永の対応。そして必敗が予想される現状。それらが不快で、己の無力さが浮き彫りになっている。


「戻らない」


 ここで戻ってどうなる。おそらくあの部隊は全滅し、だからといって逃げるにはタイミングが遅すぎる。


「援護に向かう。少しは時間が稼げるだろうから、逃げる奴は急げ」

「ちょっと待ってよ」


 東風はやはり逃げたいのだろう。そして俺が逃げることを望んでいるのだ。

 それはそうだ。俺だって、彼女の立場であればそう願う。


「東風は逃げろ。鈴木も、岡田も、信楽も。急いだ方がいい」

「大和!」


 砲への装填を済ませ、モニターを閉じる。視界いっぱいに広がる緑と、たなびく黒煙に向かって駆け出した。

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