第24話 告白
今日はバロム伯爵家のミレーユ嬢がフォクシー侯爵家へやって来る日だ。この日に向けて、フォクシー侯爵家ではいつもよりも気合いを入れての掃除が行われ、床も壁も天井もピカピカに磨かれていた。
「でも意外よね~。私は絶対、ドロシーを選ぶと思っていたのに」
「あら、あなたも? 私もそう思っていたわ。旦那様も奥様もそのつもりだと思っていたのに」
まだ掃除中だというのに、キャッキャと根も葉もないウワサで盛り上がるメイドたち。いや、根も葉もないわけではないか。実際、そのような話もあったと聞いている。
ウソなのか本当なのか、当の本人に聞くことができなかったので、真意の程は不明だが。
「ドロシーもガッカリしているでしょう?」
「いえ、そんなことは……」
「あるわよ。婚約者の発表があってからずっと元気がないもの」
「いつも通りだと思いますが……」
フォクシー侯爵が婚約者の話をしたとき、私はギルム様の隣にいたのだ。どうしてそうなったのかの経緯も聞いている。ミレーユ嬢のことはどうあれ、フォクシー侯爵家にとっても、ギルム様にとっても悪くない話なのだ。納得はしている。
納得はしているつもりなのだが……。
「ギルム様も元気がないわよね。あのトゲトゲして飢えた狼みたいだった雰囲気がせっかく和らいで来たと思ったのに、また元に戻ってるわ」
「ほんと、ほんと。また近寄りがたくなっちゃったわ。これは婚約者のミレーユ様が苦労するかも知れないわね」
確かに最近のギルム様はどこか元気がない。私が冗談を言わなくなったのが原因なのかも知れないが、婚約者が決まった相手に向かってそのようなことをするのは差し障りがあるだろう。
それが巡り巡って婚約破棄にでもなったら、目も当てられない。即座に首になるだろう。そうなれば、永遠にギルム様と離れ離れになってしまう。今はメイドの身でも、いつまでもそばにいられるようにするべきだ。
ミレーユ様がやって来た。他の使用人と並んで頭を下げる。会話をすることは許されない。ギルム様と何か話しているようだが、聴覚を遮断して聞こえないようにしていた。話の内容によっては我慢できなくなるかも知れない。
ギルム様がミレーユ様を連れてサロンへ行くのを見送った。ホッとするのと同時に、なんだか胸が痛い気がする。
「ドロシーちゃん、大丈夫かしら?」
「奥様、私は大丈夫です」
「そうかしら? それなら手の力を抜きなさい」
気がつくと、ギュッと握りこぶしを作っていた。手を緩めると、くっきりと爪の跡ができていた。まさか自分の体の制御ができなくなっているとは。いつの間にこんなポンコツになってしまっていたのだろうか。
「ほらドロシーちゃん、こちらへいらっしゃい。一緒においしいものを食べましょう」
「ありがたいお話ですが、これから仕事が……」
「良いのよ。そんなものなんて放っておいても」
強引にサロンへと連れて行かれた。これからまだ仕事があるというのに。メイド仲間からは白い目で見られることになるだろう。自分のせいで周りに迷惑をかけるのは本意ではない。
いっそのこと仕事を辞めて旅に出るか? 冒険者として働くのも良いかも知れない。リミッターを解除して気の向くままにデストロイをするのも悪くないだろう。
「まったく。こんなに良い子を放っておくだなんて、ギルムも見る目がないわね」
「奥様?」
「あら、こっちの話よ。気にしないで」
気にしないでと言われても、ハッキリと聞こえたのだが。奥様は私のことを認めて下さっている? ただのメイドにすぎないこの私を?
ギルム様たちには他のメイドが付き従っているようである。当然、私の出番はない。こうやって離れて行くことになるのだろう。ちょっと苦しいかも知れない。
そんな日が続き、今年の社交界シーズンが終わりを迎えようとしていた。初めてミレーユ様がフォクシー侯爵家を訪れてから、私とギルム様との距離はどんどん開いていくばかりだった。
ミレーユ様はどうやらメイドが嫌いなようで、ことあるごとに追い出されているようだった。そういった愚痴をメイド仲間から何度聞いたことか。フォクシー侯爵家でのミレーユ様に対する評価は下がっていく一方だった。
「ドロシーちゃん、最近、ギルムの元気がないのよ。社交界でもうまくいっていないみたいなの。ミレーユさんが一緒についているみたいだけど、ギルムをフォローすることもないみたいで……旦那様が嘆いていたわ。ドロシーちゃんがそばにいてくれたらって」
「ありがたいお話ですが、今、私がギルム様の近くにいれば、お二人の関係が悪くなるかも知れませんわ」
「そんなこと気にしなくても良いのに。ドロシーちゃんは本当に真面目ね~」
奥様が苦笑している。真面目? 自分の中ではかなり好き放題生きていると思っているのだが。とにかく、今の話が本当なら、ギルム様はかなり評価を落としていることになる。せっかく積み上げて来た功績が台無しである。
なんとかしなければ。そう思うのだが、なぜか足がギルム様の方へと行きたがらないのだ。これには私も途方をくれるしかなかった。
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