第21話 嫉妬
微妙な空気が流れたものの、すぐにそれは霧散した。ギルム様が怒られることもなかったし、これで良かったとしよう。
王城での社交界はそのまま続き、サプライズで国王陛下が登場したりもした。
そんな中、とある貴族がご令嬢を連れてギルム様のところへとやって来た。
まるで子猫のような愛らしい顔立ちに、豪華絢爛な衣装を身につけている。立ち振る舞いもとても洗練されており、男女問わず、だれもが振り返っていた。
「フォクシー侯爵、久しぶりですな」
「バロム伯爵ではないですか。ミレーユ嬢も一緒でしたか。バロム伯爵夫人に似て、お美しいですな」
「そうでしょう? 自慢の娘ですからね。ギルム殿も、なんだかたくましくなられましたな」
「お久しぶりです、バロム伯爵。日頃から鍛えてますから」
無愛想にそう答えたギルム様だったが、その視線がご令嬢の豊かな胸を追ったのを私は見逃さなかった。これまでギルム様と共にいたが、女性に反応したのはこれが初めてである。
その事実に驚き、思わずギルム様を凝視してしまった。私の視線に気がついたギルム様がプイと目をそらせた。これは何かやましいことがあるときにギルム様が見せる反応である。
まさか、ギルム様はこのご令嬢のことが……?
バロム伯爵は最近特に勢いに乗っている貴族の一つである。確か先の魔物の討伐に参加し、多大な成果を上げたとか。それにより、国王陛下のみならず、王家からも厚い信頼を寄せられるようになっている。
その功績によって、近々、陞爵するのではないかと、もっぱらのウワサになっている。そんなバロム伯爵家と結びつきたいと思っている貴族は多いだろう。
現在、フォクシー侯爵家は当主の堅実的な統治により、飛ぶ鳥を落とす勢いではないものの、着実に力を伸ばしている家である。没落しつつある侯爵家が多い中で、唯一、力をつけている家なのだ。バロム伯爵家が結びつきを強めたいと思っていても不思議ではない。
バロム伯爵家だけではない。王族もその一つだ。だがしかし、王族には年頃の女性がいない。そのため、このように王家主催の社交界に呼びつけて、権力を示そうとしているようだ。当然のことながら、それを嫌う貴族もいる。
「お久しぶりですわ、ギルム様。メイドを連れているなんて珍しいですわね。ですが、このような場所に連れて来るのは、あまりよろしくないのではないですか? ギルム様の品位を問われかねませんわ」
「彼女は私の専属メイドなのですよ。今回は私が初めて社交界に出るので、その補佐を頼んでいるのです」
ミレーユ嬢にとって、私は目障りのようである。口元を扇子で隠したまま、蔑むような目でこちらを見ている。見た目は大変素晴らしいが、中身は少々残念なようである。
彼女についての情報が足りない。優先して情報を仕入れなければならないな。
「あら、そうでしたの。でも、ギルム様の補佐なら、私の方が適任だと思いますわ。学園で見たことない顔ですし、王都の学園に通っておりませんわよね?」
「確かに学園には通っていませんが、彼女の知識は豊富で、その解析力も素晴らし。とても頼りになりますよ」
どうしたのだろうか。やけにギルム様が褒めてくれる。これはもしかして、屋敷に戻ってから私のご褒美が欲しいというアピールなのだろうか?
良いですとも。とっておきの気持ちよくなるマッサージを施してあげようではないですか。
その後もあれこれ話していたが、ギルム様は相変わらず淡々と話していた。一瞬目が行ったものの、どうやらミレーユ嬢にはあまり興味がないようだ。そしてミレーユ嬢は私をいない者として扱うことにしたのか、その後一切、私の方を見なかった。
フォクシー侯爵とバロム伯爵も話し込んでいる。話の内容を盗み聞きした限りでは、二人はご友人のようである。自分たちの話だけでなく、貴族の動向についての情報も交換していた。
そうこうしている間にダンスの時間になった。メイドである私はギルム様と踊ることはできない。その一方で、ミレーユ嬢は私に見せつけるかのようにギルム様とダンスを踊っていた。それを見ていると、なんだかモヤモヤしてきた。今すぐミレーユ嬢を消滅させたい。
もちろん女性に大人気のギルム様はその後も何人かのご令嬢と踊っていた。うらやましい。だが、ダンスを踊るギルム様の顔は全然うれしそうではなかった。仏頂面で淡々と踊るのだ。
これだから学園では”氷の貴公子”などという名称で呼ばれるのだ。社交界の間くらい、作り笑顔を浮かべておくのが貴族である。フォクシー侯爵のように、常にほほ笑みを絶やさないべきだろう。
「ギルム様、お疲れ様でした。ぬれタオルです」
「ありがとう、ドロシー」
帰りの馬車の中で、ずいぶんと疲れた様子になっているギルム様にタオルを渡す。もちろん同時にフォクシー侯爵にも渡している。結構な人数のご令嬢と踊っていたので疲れたのだろう。まだまだ体力が少ないようである。これは冬の間も鍛えなければならないな。
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