第20話 社交界デビュー

 王城のダンスホールにはきらびやかな装いをした女性たちであふれていた。天井からつり下げられたクリスタルでできたシャンデリアがランプの魔道具の光を乱反射し、部屋の天井から壁、床までを幻想的に照らしている。


「まさか最初に参加する社交界が、王城で開催されるものだとは思わなかった。普通なら、最初はもっと小さな規模の場所から始めるものなんじゃないのか?」

「ギルム様がそうおっしゃるのも分かります。ですが、大きなカエルと小さなカエルを飲み込まなければならないとき、大きなカエルを先に飲み込むと良いと聞いたことがあります」

「なるほど。言わんとしていることは分かる。だが、俺はカエルを飲み込むつもりはないぞ。だからカエルを用意しないように」

「残念です」


 上を見上げるギルム様。今日の服は普段とは違い、社交界用に仕上げた見事な騎士服だった。鍛え上げられた筋肉が静かにその姿を引き立てている。あのモヤシのようだったギルム様がここまで成長するとは。感慨深いものがある。


「ギルム、モンブラン伯爵だ」

「おお、ずいぶんと立派に成長したものですな」

「お久しぶりです。モンブラン伯爵。ええと……」

「ギルム様、モンブラン伯爵家はこの国にアイスを広めた方ですわ」


 ギルム様にしか聞こえない声で、その耳に息を吹きかけるかのように話しかけた。風魔法の応用である。これならギルム様がカンニングしているとはだれも思わないだろう。


「夏の間、モンブラン伯爵が考案したアイスが恋しくて仕方がなかったですよ」

「ハッハッハッハ、これはうれしいことを言って下さる。今、アイスを作る魔道具を開発しているところなのですよ。苦戦していますがね」

「完成すれば、いつでも食べられるようになるのですよね? その日が来るのが楽しみです」


 その後はフォクシー侯爵と共に和やかな雰囲気で話は進んで行った。つかみは良さそうだ。この調子で進めて行けば問題なさそうである。

 何人か相手をしていると、怪しげな表情をした貴族が近づいてきた。これは何か良からぬことを考えているな。


「これはこれは、フォクシー侯爵ではないですか」

「ボルク辺境伯ではないか。王都まで来るとは珍しいな」


 ボルク辺境伯領には質の高い鉄鉱石を産出する鉱山がいくつもある。それにより多額の利益を得ているのだが、ボルク辺境伯家の一族は金遣いが荒いことで有名だ。

 そのお金で領内を豊かにしていればどれだけ辺境が潤っていただろうかと、もっぱらのウワサである。


「実は領内で新しい鉱山が見つかりましてね。今、その鉱山を共に運営するための出資者を集めているところなのですよ。フォクシー侯爵もどうですか?」

「ううむ、鉱山か。産出量はどのくらいになる予定だ?」

「はい、年間に……」


 怪しい。ボルク辺境伯の顔が一瞬、醜くゆがんだのを見逃さなかった。この話には何か裏があるはずだ。産出量は問題なさそうである。となれば、鉱石に含まれる金属の含有率が低い可能性がある。


 フォクシー侯爵はその新しく見つかった鉱山も、他と同様に良質な鉄鉱石が採れると思い込んでいるのかも知れない。これはまずい。


「ギルム様、これはボルク辺境伯の罠かも知れません。今すぐ、鉱石に含まれる金属の含有率を尋ねるべきです」


 私のささやきを受けたギルム様がこちらを向いて、一つうなずいた。


「ボルク辺境伯、一つ聞きたいことがあるのですが、その鉱山から採れる鉄鉱石に含まれる鉄の量はどのくらいなのですか? 他の鉱山で採れる鉄鉱石と同じくらいの割合なのでしょうか」

「そ、それは……」


 言いよどんだボルタック辺境伯を見て、フォクシー侯爵の目がギラリと光った。先ほどまでとは違う、貴族としての顔である。ギルム様も年をとれば、このような凜々しいお顔になるのは間違いない。今から楽しみだ。


「おお、ギルム、なかなか良いところに目をつけたな。そういえば聞いていなかったな。当然のことながら、他の鉱山で産出される鉄鉱石と同等の含有率なのだろう?」


 ボルク辺境伯の顔が青くなった。勝負あったな。この話はフォクシー侯爵を通してすぐに広がることだろう。ボルク辺境伯が鉱山開発という名目で不当な利益をむさぼろうとしている。

 これで当分、ボルク辺境伯のことを信用する人はいなくなるはずだ。


「さすがはギルム。良く気がついたな。もう少しで大きな損害を受けるところだったぞ」

「え? あ、いや、はい」

「なんだ、煮え切らない返事だな」

「実は、ドロシーが……」


 そう言ってこちらを見るギルム様。なんてバカ正直な人なんだ。正直に言わずに、自分の手柄にしておけば良いのに。貴族という生き物はずる賢くなければ生きていけないのだ。これではフォクシー侯爵も安心して当主の座を任せられないだろう。


「そうか、ドロシーがそう言ったのか。そうかそうか」


 意味深に何度もうなずくフォクシー侯爵。どうしたのだろうか。まさか危険人物として認識された? これは困ったことになりそうだ。もしかすると、フォクシー侯爵家からお暇が出されるかも知れない。


 そのときはギルム様をさらって地の果てまで逃げるとしよう。なに、私の知識と魔法があればどこでも生きていける。困ることなど何もない。

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