第18話 受け継がれるもの
その日、サロンへと移動している途中に、先代侯爵がどこかへと向かうのを見つけた。一人でどこへ行くのだろうか?
「ギルム様、先代様がどこかへ行くみたいですね。服装から、屋敷内のどこかだと思うのですが……」
「まさか……ドロシー、尾行するぞ」
どうやらギルム様には思い当たるものがあるようだ。そのまま見つからないように隠れながら跡をつける。
屋敷内のどこかだと思っていたのだが、先代侯爵は庭に出た。そしてそのまま倉庫らしき建物の中に入って行った。
「やはり……」
「ギルム様?」
「おそらくおじい様はあそこで魔道具を触っているのだろう。もしかすると、何か作っているのかも知れない」
なるほど、その可能性は高いかも知れない。先代侯爵は魔道具師を目指していたはずだ。爵位を息子に譲ったので、これまで我慢していた魔道具作りを再開していてもおかしくはない。
「スケスケ眼鏡でも作っているのでしょうか?」
「……ドロシーと一緒にするのは良くないと思う」
「まあ! あれはギルム様のために作ったのですわ」
「くれぐれも言っておくけど、もう二度と作らないように」
もったいない話である。ギルム様も心の奥底では熱望しているはずである。だって、男の子だもん。
コソコソと倉庫へと向かう。中からは何かをたたくような音が聞こえている。窓がないので中を確認することもできない。
「外からでは何をしているのか分かりませんね」
「そうだな。変な物を作ってはいないと思うけど、気になるな」
「やはりスケスケ眼鏡を……」
「いい加減にその発想から離れろ」
コツンと軽く頭をたたかれてしまった。てへぺろ。そんな私の顔を見たギルム様が大きなため息をついた。どうして。美少女のてへぺろを見てため息をつくとはこれいかに。ただの照れ隠しなら良いのだが、まさか。
「よし、中に入ってみよう。なに、怒られることはないだろう」
「そうだと良いのですが……」
ギルム様が慎重な手つきで扉を開けようとしていたが、どうやら鍵がかかっているようだ。ですよね。ここは私の出番だろう。スッと頭からヘアピンを抜いた。鍵がさびついていなければ良いのだが。
「ギルム様、私にお任せ下さい。……はい、開きましたよ」
「手慣れすぎじゃないか? まあいいか。行くぞ」
ガチャリ。扉を開けると同時に中へと滑り込んだ。それはまるで事件現場に踏み込む刑事のようであった。無駄な抵抗はやめて大人しくお縄につけ、と言いたくなった。逃がさんぞルパン。
「な、なんだこれは?」
「すごく、大きいです。見た感じ、コンバインのようですが……」
「お前たち、どうやってここへ入って来た! 鍵は閉めてあったはずだぞ」
そこには一台で刈り取り、脱穀、選別ができそうな大型の農機具が鎮座していた。それだけではない。どうやら土を耕すこともできそうである。詰め込みすぎなのではなかろうか。
「鍵はかかっていませんでしたよ。閉め忘れたのでは? それよりも、これは一体なんですか?」
サラッとウソを言うギルム様。まさかウソをつくことができるとは思わなかった。ここへ来て、貴族のしたたかさを身につけつつあるようだ。興味津々とばかりに眺めるギルム様を見て、先代侯爵がため息をついた。どうやら隠すことをあきらめたようである。
「これはな、領民たちの仕事を減らすべく開発している魔道具だよ。万能農機具という名前なのだが、うまく動かなくてな」
「万能農機具……なんだかすごそうですね」
「どうやら動力源の出力が弱いみたいですね。これではさすがに動かないでしょう。もっとパワーのあるものにしなければ」
次の瞬間、ガッと先代侯爵の顔がこちらを向いた。その目は大きく見開かれている。そんなに驚くようなことだろうか。どう考えてもエンジンが貧弱だと思う。
軸を回転させるだけではそれほどパワーは出ない。爆発させて、その反動を利用して軸を回す方がよっぽどパワーが出る。その分、うるさくなるのがネックなのだが、居場所を教えるためのアピールだと思えば悪くない。
「キミはこれが分かるのかね?」
「それなりには……」
「ドロシーは魔道具開発にも携わっていますからね。最近フォクシー侯爵家から発売された魔道具はどれもドロシーが発明したものなのですよ」
まさか、みたいな表情になった先代侯爵は流れるような美しい動きでキレイな土下座を決めた。どうやらギルム様のあの土下座は先代侯爵から教わったもののようである。
「先生、ぜひご教授下さい」
こうして万能農機具の改良が始まった。爆発力を利用した六つの気筒が力強い動力を生み出し、大地を進む。不毛な土地を耕し、小麦を収穫して進んで行く。
広大な面積を持っていたフォクシー侯爵領はこれによって国内有数の穀倉地帯へと変貌をとげ、多大な利益を得られるようになった。
もちろん私の評価も爆上がりだ。特に先代侯爵からの信頼が厚い。魔道具作りで何かつまずくようなことがあれば、すぐに手紙が来るようになったのであった。
こうしてフォクシー侯爵領での私の任務は完了した。予定通りに先代侯爵夫妻からの信頼を勝ち取ることができ、ギルム様の名もあげることができた。重畳、重畳。また一歩、夢が近づいたと言っても良いだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。