第17話 二度目の共同作業

 のっしのっしとゆっくりとした足取りで陸に上がった大きなワニをその場にいた全員が無言で見つめていた。まるで音を立てたら、すぐにでも襲って来るかのようである。


「なんだあの魔物は……」

「見たことがない魔物です。リバーアリゲーターの亜種でしょうか?」


 ギルム様の問いに、震えるような声で答える騎士。完全に戦意を喪失している。どうやらこれほど巨大な魔物とは戦ったことがないようだ。

 王都がスッポリと収まるほどの大きさの宇宙戦艦と戦ったことがある私にとってはなんとも思わない大きさである。むしろ逆に、的が大きくて魔法が当てやすそうだと思ったくらいだ。


「どうやらこちらを襲うつもりのようですね。水中ならいざ知らず、陸上なら大したことはないでしょう」

「ドロシーは冷静だな。だが、確かに動きは鈍そうだ」


 ギルム様が剣を構えた。他の騎士たちも剣を構える。こんなことなら私も剣を持って来れば良かった。今回の私はあくまでも癒やし手として参加しているのだ。貴重な癒やし手が前線で戦うのはおかしいだろう? と言われて、ぐうの音も出なかった。


「まずは我々が様子を見ます。ギルム様はそのままで」

「分かった。気をつけろよ」

「ハッ!」


 騎士たちが巨大ワニを囲む。巨大ワニも黙ってはおらず、かみつこうと大きな口を開けた。それをかわしつつ、騎士が剣で斬りつけた。しかし皮が固かったようで傷がつくことはなかった。


「なんて固さだ。うお!」


 間一髪で巨大ワニの尻尾による攻撃を回避した。だが、今度は大きな口が迫ってきた。


「ファイアーボール! くっ、魔法も跳ね返すのか」


 ギルム様が放った魔法も固い皮によって跳ね返された。しかしそのおかげで、騎士はかまれずにすんだ。だが、巨大ワニがこちらをロックオンしたようである。騎士たちの攻撃を無視してまっすぐにこちらへと向かって来た。


「こっちへ来た! ここは俺が食い止める。その間にドロシーは逃げるんだ!」

「ギルム様、むしろチャンスなのでは? こちらを狙うということは、それだけあの巨大ワニがこちらを危険だと判断したということになります。つまり、先ほどの魔法に身の危険を感じたのではないでしょうか」


 ギルム様を置いて行くわけにはいかない。ギルム様を守ると先代夫人に約束したのだ。その約束を守れないようでは信頼など勝ち取れない。それに実に良い考えが浮かんだところである。


「な、なるほど。だが魔法は跳ね返されたぞ。どうするつもりだ?」

「確かに皮には魔法が効かないかも知れません。ですが、口の中まではどうでしょうか?」

「口の中……だと? なんだか悪い予感しかしないんだが」

「私が巨大ワニの口をこじ開けます。ギルム様はそこに魔法を撃ち込んで下さい」

「やっぱり! いや、さすがにそれはいくらドロシーでも……」


 ギルム様が何か言っているようだが、気にせずに巨大ワニへと向かう。そして下顎を片足で踏みつけ、上顎を無理やり片手でこじ開けた。

 ふむ、開き具合が甘いな。もうちょっと……。


「アガガ……!」

「今です!」

「あ、ファイアーボール!」


 ギルム様の魔法が口の中に飛び込むと同時に飛びのいた。次の瞬間、巨大ワニの体が破裂し肉片が飛び散った。汚い花火である。


 飛びのきつつ風魔法でガードしたので、私とギルム様の服が汚れることはなかった。だがしかし、騎士たちの服は激戦をくぐり抜けたようになっていた。これはこれで死闘を繰り広げたみたいなのでヨシ。


「お見事です、ギルム様。あんな大きなワニを倒すだなんて」

「うん、まあ、結果だけを見ればそうだけど……」


 その後騎士たちの体を川で清めてから村へと戻った。証拠品は巨大ワニが残した大きめの魔石である。これさえあれば十分な証拠になるだろう。


 勝手なことをして怒られるかと思ったが、だれ一人として何も言うことはなかった。それどころか目を合わそうともしない。

 もしかして私におびえている? いや、そんなまさか。これでも容姿には自信があるのだ。そんなはずはない。


「さすがはギルム様だ。まさか巨大ワニが生息していただなんて」

「これだけ大きな魔石だ。相当手ごわい相手だったはずだぞ」

「みんな無事なのが信じられないな」


 反対方向へ向かっていた騎士たちと合流し一部始終を話した。その戦いを聞いて興奮する騎士たち。イイ感じにギルム様が活躍したところだけを取り出して話してくれているようだ。


 一方のギルム様は苦笑いだ。どうしてそんな顔をするのか良く分からない。権力者といえば、他人の手柄を横取りして、さぞ自分の手柄のようにするの生き物ではなかったのか。


「お気に召しませんか?」

「正直に言えばそうだな。だがドロシーがやったことを話してもだれも信じないだろう。それくらいは俺にも分かる。それに絞められたくない」


 最後の一言は気になるが、複雑な心境のようである。人間の心は分かっているつもりだったのだが、ギルム様の心は謎が多い。それだけに興味深いものがある。もっと良く調べたい。


 屋敷に戻ると、無事に戻って来た私たちを見て、先代夫人がとても喜んでくれた。ギルム様の活躍を話すと、涙を浮かべて何度もうなずいていた。私も「良くやってくれた」と褒めてもらえた。まずはワンポイントゲットだな。

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