第16話 領地での初仕事

 フォクシー侯爵領に到着してから数日が経過した。その間に私はギルム様に領都を案内してもらった。これってデートですよね? と尋ねたらギルム様に頭を小突かれた。解せぬ。他の人に聞いても「どう考えてもデート」と言われたのだが、ギルム様はかたくなに首を縦に振らなかった。

 そんなある日。

 

 庭の散歩から戻って来ると、見慣れない格好をした男がフォクシー侯爵と話していた。その様子がどこかあせったものであったため、気になったギルム様がフォクシー侯爵に声をかけた。


「領内に魔物が現れた?」

「そうだ。現在調査中なのだが、もしそれが本当であるならば、近くの村に被害が出る前に対処しなければならない」

「どのような魔物なのですか?」

「聞いた話からすると、どうやらリバーアリゲーターのようだな」

「リバーアリゲーター……」


 通称川ワニと呼ばれているその魔物は、自分の不利を感じ取るとすぐに川に逃げる性質がある。そのため、討伐するのがちょっと大変だったりする。そこまで大きな魔物ではないので、陸にさえ引きずり出せればそれほど恐ろしい相手ではない。


「そうだな、この案件はギルムに一任することにしよう。学園を卒業すればここで領地運営を学んでもらうことになる。今から領民に顔を覚えてもらって損はないだろう」

「分かりました。フォクシー侯爵家の名に恥じないように精一杯やらせていただきます」

「頼んだぞ」

「ドロシーは……」

「もちろんついて行きますわ」


 ここへ置いて行こうとしたギルム様に先手を打つ。ギルム様の専属メイドなのだからなんの遠慮も要らないのに、どうしてそのようなことばかり考えるのか。ギルム様をお守りし、魔物を倒す。それがメイドの仕事だ。


 ギルム様が首を左右に振ったが、反論することはなかった。言っても無駄だと思ったのだろう。だいぶ私の考えが分かってきたようである。以心伝心まであと一歩といったところだろう。


 急いで出かける準備をしていると先代の夫人がやって来た。どうやらギルム様が対処するという話を聞きつけたようである。


「ギルム、なんだか大変なことになったみたいね」

「おばあ様、そのようなことはありませんよ。これもフォクシー侯爵家の嫡男としての務めですから」

「ギルムはしっかり者だから大丈夫だと思うけど……ドロシーさんだったかね? ギルムをお願いね」

「お任せ下さい。この命に替えてでもお守りします」

「……危なくなったらギルムを連れて逃げるんだよ」


 引きつった笑顔を浮かべる先代夫人。どうやら私の力をあまり信用していないようである。これは今回の任務を無難にこなして信頼を勝ち取らねばならないな。なんとしてでも目撃された魔物を血祭りにあげねば。待っていろ。すぐに行く。


 準備を終えた私たちは用意された馬車に飛び乗って、魔物の目撃情報があった村へと急行した。もちろん行くのは私たち二人だけではない。十人ほどの騎士が護衛としてついていた。彼らをうまく使えということなのだろう。


 村にはその日のうちに到着した。どうやら先触れが行っていたようで、その村で一番大きな村長の家に泊めてもらうことになった。もちろんギルム様と部屋は別々だ。チッ。

 到着するとすぐにギルム様は情報収集を始めた。学園での成績は優秀なだけあって、必要な部分だけをピンポイントに調べていく。


「目撃されたのは川のこの辺りだな。過去にこの辺りにリバーアリゲーターが出没したことはないらしい。どこか別の場所からやって来たのだろう。ただ通っただけなのか、ここに定住したのか……」

「現在、調査中です。ですが複数の目撃情報があるので、定住している可能性が高いと思います」


 確かに目撃情報はいくつかあった。だが、それらが現場を混乱させているという側面を持っていた。

 どうも目撃情報を照らし合わせると、リバーアリゲーターではなさそうなのだ。それよりも、もっと大きな何かの魔物のようなのである。


「大きさが違いすぎるな」

「見間違いではないのですか? 村人も突然現れた魔物に混乱していたでしょうからね」

「そうかもしれんが、別の魔物の可能性も考慮しておいた方がいい」


 騎士たちがそれぞれ意見を出しているが困惑している様子だ。実際にその目で確認するまでは決着しそうになかった。

 翌日からすぐに川の調査が行われた。五人一組で上流側と下流側に分かれて調査を行う。念のため、村人たちにはしばらく川へ近づかないように言ってある。


「何もドロシーまでついて来なくても良かったのに」

「何を言っているのですか。ギルム様のことを頼まれたのです。一緒に行くのは当然のことです。それに私は治癒魔法が使えます。十分に役に立つと思います」


 ここまで来て私を置いて行こうとするとは、なかなかギルム様も往生際が悪い。周りにいる騎士たちも温かい目で私たち二人のことを見ているというのに。

 そんな中、早くも川の中に怪しい気配を察知した。他の人たちはまだ気がついていないようである。


 それは川の深いところから陸上を目指しているようだった。大きさは想定していたリバーアリゲーターの約五倍。子供なら一口で丸のみされてしまうだろう。


「ギルム様、あれが探している魔物なのでは?」


 指し示した先には巨大なワニの姿があった。

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