第15話 領地に行く
「フォクシー侯爵領へですか?」
「そうだ。俺の正式な側仕えのメイドになったドロシーにも一緒に来てもらいたい」
「それは……結婚してくれということですか?」
「違うから。どうしてそういう解釈になるんだ」
ギルム様が頭を抱えている。違う……だと……? どう考えてもプロポーズです。本当にありがとうございましたと思っていたのに。
学園祭が終わり、社交界シーズンまではまだしばらく時間がある。この時期に自分たちの領地へ帰る貴族は多い。フォクシー侯爵家も例外ではなく、この期間を利用して領地へ戻るようだ。
フォクシー侯爵領は現在、お忙しいフォクシー侯爵に代わってギルム様のおじい様とおばあ様が領地を運営している。残念なことに、これまで私は二人に会ったことがなかった。
これはギルム様のおじい様とおばあ様にあいさつをするチャンス。この機会を逃してなるものか。
「ギルム様がお望みとあるならば、もちろん一緒に行かせていただきますわ」
「こう言っておいてはなんだが、ドロシーは実家に帰らなくて良いのか?」
「実家? 帰る必要はありません。私は実家を追い出された身ですから」
「……そうか。思い出したくないことを、思い出させてしまったな」
落ち込むギルム様。だが安心して欲しい。私もついさっき思い出したのだから。もはやどうでも良いことだったのだろう。実家がどうなろうと知ったことではない。
「それでは急いで準備をしなければなりませんね。どの薄い本を持って行きますか?」
「持って行かないから! 準備は自分でするから、ドロシーは自分の準備をしろ」
「それなら大丈夫ですわ。この身一つあれば大丈夫です。いつでもどこでもご奉仕できますわ」
「母上、母上ー! だれか母上を呼んで来てくれ!」
ひどい。どうしてそこで夫人を呼ぶのか。そしてすぐにやって来た夫人は私を連れて行った。どこへ行こうというのかね。
連れて行かれたのは衣装室だった。なぜここに? 私の部屋なら分かるが、ここには貴族用の服しか保管されていないはずなのだが……。
「さあ、これからドロシーちゃんが持って行く服を選ばなきゃね~」
「……ヨロシクオネガイシマス」
夫人の喜々とした目に、私は考えるのをやめた。
フォクシー侯爵領は王都から二日ほど馬車で進んだところにある。そしてそこからさらに二日、領都が見えてきた。
馬車での移動はとても快適とは言えなかった。フカフカのクッションがあるものの、それだけでは吸収しきれないほどの衝撃が下から突き上げてきた。
木でできた車輪はダイレクトに衝撃を車体へと送り込み、それを和らげるためのサスペンションはない。道はあるものの、当然、舗装などされていない。風雨によって削られたでこぼこ道が永遠と続くのだ。
「ドロシー、大丈夫か?」
「あまり大丈夫ではありません。お尻が二つに割れてしまったかも知れません。念のため確認して下さい」
「割れてるから! 最初から二つに割れいるから、わざわざ見せなくていい!」
「あら、せっかくのドロシーちゃんからのお誘いなのに」
「母上もあおらないで下さい。父上も何か言ってやって下さいよ」
「そうだな……セシリアのお尻も二つに割れているかも知れないな」
「キャ」
「ああもうむちゃくちゃだよ」
ギルム様も大変そうである。完全に頭を抱えてしまった。どうしてこの父親から、こんな生真面目な息子が生まれたのだろうか。もしかすると、これから向かう領地にいるおじい様とおばあ様の影響なのだろうか? ギルム様はおじいちゃん、おばあちゃんっ子だった?
ワイワイと馬車の中で騒いでいる間に領都へ到着した。王都には遠く及ばないが、ここまで通ってきた道沿いにあったどの街よりも大きかった。そして、緑豊かな場所だった。
見事に自然との調和が取れたその光景に、これがかつて人間が地球で見たと記されていた緑豊かな自然なのだと実感した。
そう思うと、なんだか胸が熱くなってきた。目元もなんだか熱くなってくる。
「ドロシー、そんなに尻が痛かったのか! えっと、そうだな、こうすれば少しはマシになるかも知れない」
アワアワした様子のギルム様が膝の上に私を載せた。完全にギルム様の勘違いなのだが、これはこれでヨシ。黙ってそこに収まっておくことにした。それにしても、どうして人間はこれだけ素晴らしい自然をその手で捨ててしまったのか。理解不能である。
「ようやく帰って来たか。あまりにも遅いから催促の手紙を出そうかと思っていたところだぞ」
領都にある屋敷に到着すると、そこでは前フォクシー侯爵夫妻が待っていた。
ちょっと皮肉めいたことを言っているが、顔は満面の笑みである。この日が来るのを心待ちにしていたことが手に取るように分かった。
「申し訳ありません。ギルムが学園の学園祭に参加していたものですから、その都合で少し遅くなりました」
「そうかそうか。学園祭に出る年齢になっていたか。月日がたつのは早いな。ギルムも元気そうで何よりだ。ところで、隣のお嬢さんはギルムの婚約者かな?」
「違います」
「そうです」
「ドロシー、お前は俺がしゃべって良いと言うまで黙っておくように」
「なんじゃギルム、照れておるのか? まだまだ若いな」
ハッハッハと笑う先代侯爵。どうやらギルム様の生真面目さはおじい様譲りではないようだ。それならおばあ様? おばあ様の動きには要注意だな。下手に動けば信頼を勝ち取れないかも知れない。
今回の訪問は外堀を埋めるための大きなチャンスである。無駄にはできない。
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