第13話 学園祭

「いいか、ドロシー。絶対に俺から離れないように」

「分かりました。一生ついて行きます」

「分かってないよ……」


 ギルム様が顔に手を当てて天を見上げた。おかしい。何も間違ったことは言っていないはずなのに。

 学園の門の前には臨時の停車場が設けてあり、そこから先は歩きである。今も次々と馬車が到着している。


 このままここにいるのは他の人の邪魔になるので、ギルム様に連れられて中へと入って行く。それなりに人は多いようである。それでも、かつてのメガロポリスに比べると比べるまでもないが。


「さすがに学園祭なだけあって人が多いな。はぐれないように注意しろよ」

「心配はいりません。はぐれたとしても、匂いでギルム様を追跡することができますから」

「……そ、そうか」


 ギルム様が引いている。そして自分の匂いを確認していた。大丈夫、いつのもようにおいしそうな良い匂いがしているから問題ない。


 それにしても、カップルが多いようだ。それも、学生同士の。私たちのように、学生とメイドのカップルは今のところ見当たらない。観察させていただこうと思っていたのに残念である。


 学園内を知り尽くしているギルム様があちこち案内してくれた。学園祭では、生徒たちによる演劇や、演奏会も催されている。チューニングが甘いようだったが、プロではないのでこんなものだろう。


「ギルム様は何かの催し物に参加していないのでしょうか?」

「参加していないよ。演劇の王子様役で出ないかと言われたが断った」

「そうですか。残念です」


 ギルム様ならオレ様系王子様の役を素のままで演じられそうなのに。

 それにしても、先ほどから敵意に満ちた視線を感じる。主に女性からだが、男性の視線も感じる。


 学園にはギルム様のことを敵視している人物がいるとは思ってたが、これほどまでとは思わなかった。ギルム様が学園へ行きたがらないわけだ。


「どうしたんだ、ドロシー。なんだか顔がこわばっているぞ」

「ギルム様に敵対する者を排除しようかと思いまして」

「しないでね」


 どうして断るのか。もしかして、私の実力を信じていないのだろうか? 実に心外である。この辺りにいる人間に負ける気などまったくしないのに。

 魔法を習得した私は、ギルム様を片手でつるし上げたときよりもはるかに強いと思ってもらって結構だ。強化魔法を使えば、城壁さえ一撃で破壊することができるだろう。


 ギルム様と一緒に学園祭を堪能していると、とある建物の前でギルム様の足が止まった。どうやらお手洗いに行きたいようである。


「ドロシー、少しここで待っていてくれないか?」

「ギルム様、お供いたします。ギルム様はおっしゃいましたよね? 離れないようにと」

「確かに言ったけど、トイレにまでついてこなくていいからね?」

「お拭きしますよ?」

「いいからここで待っているように」


 強い口調でそう言われた。これ以上ここで粘っていると、ギルム様がお漏らししてしまうかも知れない。先ほどから感じる殺気が気になるが、ギルム様にトラウマを与えるわけにはいかない。ここは引くべきだろう。


「分かりました。気をつけて行ってらっしゃいませ」


 頭を下げてギルム様を見送る。

 見送るとすぐに怪しげな三人の人影がこちらへと向かって来た。背の高さや体つきからして学園の生徒だろう。殺気の正体はこの三人だったようである。まさか向こうから鴨が葱を背負ってくるとは思わなかった。


「お前、ギルムのところのメイドだよな?」

「そうですが何か?」

「実はギルムにサプライズプレゼントがあってな。それを渡すのを手伝ってもらえないか?」


 ニヤニヤとした笑い顔をこちらへ向けて来た。断ればどうなるか分かっているよな? とでも言いたそうである。ますますを持って都合が良い。このまま体育館裏にでも連れて行ってくれるなら、何をか言わんやである。


「喜んでお手伝いいたしますわ」

「さすがはギルムのメイドだな。こっちだ」


 三人のうち、二人が一緒に来るようだ。

 チッ、一人残ったか。まあ良い。二人を始末したあとに速攻でここへ戻って来てから、ジワジワとなぶり殺しにすれば良いだけの話だ。


 ****


 まったく。ドロシーの言動には振り回されてばかりだ。どんな思考回路をしているのか、ぜひ、医者に診せたいところだ。


 一生ついて行きますって……あれ、本気じゃないよな? いつものドロシージョークだよな? いや、待てよ。ドロシーが冗談を言ったことがあったか? いつも本気だったような気が……。


「よう、ギルム」

「ネッカーか。なんの用だ?」

「ハッ、相変わらずすかしたやつだ。まあ、その余裕がいつまで続くか見物だなぁ」

「……どう言う意味だ?」

「フッ、気がつかないのか?」


 気がつく? 何を……まさか、ドロシーか? 慌てて周囲を確認するがドロシーの姿は見つからない。ドロシーがこの場にいれば、真っ先に俺へ話しかけて来るはずだ。


「ドロシーはどこだ?」

「ハッハッハッハ! 教えてやるとでも思っているのか?」


 こいつは何も分かっていない。そういえば、いつもネッカーと一緒にいる二人がいない。まさかそいつらがドロシーに連れて行かれたのか? 二人が危ない!

 ネッカーの襟首をつかんだ。


「早く居場所を教えろ! お前の友達がどうなっても知らんぞー!」

「は?」

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