第12話 デートのお誘いですか?

「ドロシー、お前……」

「気がつかれましたか? ここはギルム様のお部屋ですわ。だれにも見られていませんからご安心下さい」

「ぜんぜん安心できない!」


 鼻に詰めておいたティッシュがポンポンと飛んだ。どうやら鼻血は収まったようである。良かった。さいわいなことに、服にも血はついていない。もし服についていたら大変な騒ぎになるところだった。


「……ドロシー、さっきの魔道具は?」

「ギルム様の胸のポケットに入っておりますわ。キャ」

「キャ、じゃない。早急に処分するように」

「こんなものを手放すだなんて、とんでもない!」

「命令だ。処分しろ」


 めったにしない命令が下された。ギルム様の命令は絶対。どうやらスケスケ眼鏡は処分しなければならないようだ。だが、第二、第三のスケスケ眼鏡が……。


「それから、二度と同じ物を作らないように」

「……承知いたしました」


 くっ、抜け目がない。フォクシー侯爵に渡せばポイントを稼げると思ったのに。残念だ。

 初めての共同作業で作った魔道具は闇に葬られてしまった。だが私はあきらめない。今度はもっと実用的な物を作るべく、色々とギルム様に提案した。


 その結果、扇風機だのクーラーだの冷蔵庫だの洗濯機だのの魔道具が世に送り出されることになった。ギルム様からは「どうして最初にこの発想が出てこなかったんだ」と頭を抱えられた。

 それはもちろん、ギルム様を喜ばせることを第一に考えたからである。




 そうして魔法を習ったり、魔道具を作ったり、ギルム様を厳しく鍛錬したり、書庫で情報を集めたりする日々を送っていると、ギルム様が一枚の紙を持って来た。


「今度、学園祭があるんだ。興味があるなら来るといい」

「これは……もしかしてデートのお誘いですか?」

「違うから」


 違ったようである。だが学園祭に女性を誘う。その行為がデートであることは間違いないだろう。夫人に尋ねてみると、間違いなくそうだと言われた。やはり照れ隠しだったか。どうやらまだまだ信頼されていないようである。


「ドロシーちゃんはその服で行くのかしら?」

「そうですけど?」

「せっかくドロシーちゃんのために服を用意したんだけど……でもそうよね。ギルムの隣にずっと一緒にいるのなら、その格好の方が良いわよね~」


 夫人が私のメイド服を見ている。一般的に売られている服なので、他の屋敷で働いているメイドも同じ物を着ていることだろう。代わり映えのしない服ではあるが、その分、目立つことはない。ギルム様の隣に立つのにはちょうど良いだろう。


「ギルム様は私がしっかりと守りますのでご安心下さい」

「うーん、本来は逆の立場だと思うんだけど、事実だからそうなるわね」


 夫人も私がギルム様よりも強いことを知っている。そのため、私の意見に反論することはなかった。学園祭には外部からも多くの人が学園を訪れる。その中にはギルム様のことを悪く思っている人物もいることだろう。


 そのような者たちからギルム様をお守りするのが今回の私の仕事である。魔法も使えるようになっているし、スカートの下にはナイフも隠してある。あとはレーザーガンでもあれば良かったのだが、まだ作ったことがなかった。こんなことになるのなら、あらかじめ作っておくべきだった。


 屋敷の前に止まっている馬車へ、ギルム様と共に乗り込む。こうして一緒に外へ出るのは初めてだ。なんだか心が弾んでいるような気がする。これがウキウキするという感情なのだろう。ギルム様も同じような感情をしているだろうか?


「ギルム様、クッキーを焼いてきました。学園に到着するまでには今しばらくかかりますので、よろしければどうぞ」

「これ、ドロシーが作ったのか? 良くできているな」

「ありがとうございます」


 クッキーをつまみあげた手が止まった。どうしたのだろうか。首をかしげていると、ギルム様と目が合った。


「変な物は入っていないだろうな?」

「変な物? もちろんそのような物は入っておりませんが……ああ、なるほど。媚薬を入れておくべきでしたね。うっかりしてました」

「入れないでね」


 クッキーを口に入れたギルム様のほほが緩んでいる。そうだろう、そうだろう。このクッキーはギルム様の好みにベストマッチさせて作ったものなのだ。気に入らないはずがない。地道に料理人たちに聞き込みを行った成果である。


「ギルム様」

「どうした?」

「今なら二人っきりですよ?」


 ギルム様の顔色が青くなった。これは危険信号だ。喉にクッキーが詰まったようである。どうやら口の中がパッサパサになってしまったらしい。急いで背中をたたく。


「ゲホッ、ゲホッ! い、一体何を言い出すんだ。ドロシーの頭の中は一体どうなっているんだ?」

「今すぐギルム様に尽くしたい? いや、今すぐギルム様に食べられたいでしょうか。ああ、ちゃんとスケスケの下着を身につけていますよ。見ますか?」

「見せなくていい! スカートをたくし上げるな! ああ、どうして母上はドロシーと二人っきりにさせたんだ。止める役がいない!」


 ついにギルム様が頭を抱えてしまった。悩む必要などないのに。

 いつ自分を解き放つのか? 今でしょ。

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