第10話 新しい力
翌日の午後からさっそく魔法の練習が始まった。魔法の練習は十五時から一時間ほどかけて行われるようである。
「本日からよろしくお願いします」
「フォクシー侯爵夫妻から話は聞いております。ずいぶんと魔力が高いようですね。これは魔法を教えるのが楽しみです。ギルム様も負けてはいられませんな」
「そんなことは……」
そう言いながら苦笑いするギルム様。まさか同じ時間に一緒に習うことになるとは思っていなかったようである。私と言えば、あの夫人の含みのある笑いからこうなるのではないかと思っていた。
これはつまり、魔法を通じてギルム様と仲良くなるなれ、という夫人からのお達しなのではなかろうか。魔法についてはギルム様の方が私よりも何歩も前に進んでいる。ギルム様をヨイショして、たくさん甘えることにしよう。
「それではまずは魔力を感じるところから始めましょうか。ギルム様、ドロシーさんと手をつないで下さい。そして以前に教えたように、その手を通じてドロシーさんに魔力を送り込んであげて下さい」
「お、俺がですか? わ、分かりました」
一瞬、挙動不審になったギルム様だったが、すぐに気を取り直したようである。先生、グッジョブ。これで合法的にギルム様と手をつなぐことができるぞ。ほっそりとしたギルム様の手が私の手をにぎった。
「それじゃドロシー、これから魔力を送るぞ」
「はい。いつでも来て下さい」
「言い方! いくぞ」
つないだ手から暖かいものが流れ込んでくる。これが魔力なのだろうか? ギルム様の魔力が私の中に……。
「あっ」
「ちょ!」
ギルム様が魔力を流すのをやめたようである。暖かかったものが、スッと消える。なんだかちょっと、体の中に穴があいたような気がした。これが寂しいという感情なのだろうか。
「ギルム様、今のでは良く分かりませんわ」
「ドロシーが変な声を出すからだぞ。もう一回、行くからな」
「どうぞ。……あっ」
「色っぽい声を出すのをやめろ」
仕方ないと思う。だって気持ちが良いのだから。そんなやり取りを何度かやっている間に、だんだんと魔力を感じることができるようになってきた。
その後は先生に言われた通りにギルム様と魔力のやり取りをする。ギルム様の魔力が私の中に、私の魔力がギルム様の中に。
「……ドロシー、お前、変なことを考えてないだろうな」
「そのようなことは……もしかして、ギルム様も変なことを考えていました?」
「……」
どうやら考えていたらしい。ギルム様も同じ穴のムジナのようである。
そんな私たちの様子を見守っていた先生が次の指示を出した。
「それでは実際に治癒魔法を練習してみましょう。このナイフで指先を切って下さい」
「……それは俺がやろう」
「何を言っているのですか。小さいとはいえ、ギルム様にケガをさせるわけにはいきません」
「何を言っている。女性の体に傷をつけるわけにはいかない」
ぐぬぬ、ギルム様にナイフを取り上げられた。取り返そうとしたのだが、ナイフを持っている相手に強気に出ることはできない。どうすれば。
そうだ、私には武器があるじゃないか。
「ギルム様」
「お前がなんと言おうが……って、なんで服を脱いでいるんだ!」
慌てたギルム様が服を脱ぐのを阻止しようと、手に持っていたナイフをテーブルの上に置いた。
このときを待っていた。すかさずそれを伸ばす。だがしかし、ギルム様は私のもくろみに気がついたようである。そうはさせるかとばかりに、ナイフに手を伸ばした私の腕をつかんできた。
二人してもみくちゃになり、もつれたまま地面に転がった。これはこれで……。
「まったく二人とも、目を離すとすぐにこれなんだから。本当に仲良しね」
「母上!」
「奥様」
「先生が慌てて私を呼びに来たわよ」
青い顔をした先生が夫人の後ろに立っていた。まさかこんなことになるとは思っていなかったのだろう。夫人はあきれたような顔でこちらを見下ろしていた。
結局、夫人が屋敷に詰めていた騎士の一人を呼び、実験台になってもらうことになった。
「それでは治癒魔法の練習を始めましょうか。先ほども言ったように、魔法を使うのに必要な要素の一つはその現象の理解です。先ほど見せた治癒魔法をしっかりと思い出して下さい」
ケガが治る現象の理解については問題ないだろう。人間の体がどのように治るのかは良く知っている。実際に人間の手術をできるほどの知識と技術を持っているし、それどころか、人体構造についても隅から隅まで知っている。人間をサイボーグにすることすらできるのだ。
先生に教わった通りの呪文を唱えて魔法を使う。あっという間に先ほど騎士の指先につけられた傷が治った。
「え……? まさか、一回で治癒魔法を成功させたのか?」
「すごいわ、ドロシーちゃん。魔法の天才ね!」
「まさか、信じられません。もう一度、もう一度やってみて下さい」
言われるがままにもう一度、治癒魔法を使う。今度は先ほどよりも大きな刺し傷が手のひらにつけられていた。それを難なく治療する。
私からすると自然の摂理に反した、あり得ない現象のように見える。だが、そこだけ時間が加速するかのように傷が治っているのだと考えれば理解もできる。
「どうでしょうか?」
「完全に治っている。素晴らしい。ここまで治癒魔法に才能があるということは、もしかするとドロシー様は聖女かも知れませんな」
興奮する先生。そして私の呼び方が呼び捨てから様付けになっている。だがそんなはずはない。聖女はすでに存在するのだ。
聖女は一時代に一人。同じ時代に二人の聖女は現れないのだ。
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