第7話 メイドのお仕事?
ギルム様が朝食を終えてもフォクシー侯爵夫妻はダイニングルームに現れることはなかった。
昨日解散したのは夜も遅い時間だった。あの時間から実行に移せば、午前中に起きてくることはなさそうだ。
心配するギルム様に「たまには昼まで寝たい日もあるのでしょう」と言ってごまかしておいた。なんというできるメイドだろう。これでフォクシー侯爵夫妻からの好感度もさらにアップすることができるはずだ。
昨日と同様に、ギルム様を連れて訓練場へ向かった。今の時刻は八時四十八分。今日はタップリと時間がある。さあ、始めようか。地獄のトレーニングを。
「おはようございます、マルコ隊長」
「おう、おはようドロシーちゃん。おはようございます、ギルム様」
「ああ、おはよう」
ギルム様の表情が硬い。どうしてそんなに訓練をするのが嫌なのか。それが分からない。ここは思い切って聞いてみた方が良さそうだ。
「どうしてギルム様は訓練がお嫌いなのですか?」
「それは……あまり必要性を感じられないからかな」
「自分の身を守る力は必要だと思いますが……」
「それはそうなんだが」
なんとも歯切れの悪い回答である。何か隠しているのだろうが、それがなんなのかは分からない。
だがここで「はいそうですか」と言うわけにはいかない。なんとしてでもここでギルム様に訓練をしてもらって、騎士たちからの好感度をアップしてもらわなければならないのだ。そのためなら鬼にでもなろう。
「ギルム様、昨日と同様に私と手合わせをお願いします」
「……ドロシーには勝てないよ」
「勝ち負けの問題ではありません。これはギルム様ご自身との戦いなのです」
「自分との……戦い?」
「そうです」
ギルム様は弱い。だが、昨日のギルム様よりかは強くなっている。あとはそれを毎日地道に伸ばしていくだけである。対象はあくまでも昨日の自分。
そのようなことを言うと、ようやくやる気になってくれたようである。一合、二合と剣を打ち合わせた。
「限界だ~」
ギルム様が剣を落とした。どうやら握力が限界に達したようである。足下もふらつき、姿勢も悪くなっている。他にも色々と限界だったようだ。
剣術を学ぶ前に、ギルム様には体力と筋力が足りない! これまでの無精が大きくたたっているようだ。これはギルム様が悪い。情けない姿だが、反省してもらいたい。
「剣術も大事ですが、ギルム様はその前に体作りをする必要がありますね。それでは……まずは訓練場の外周を百周するところから始めましょうか」
「百! ちょっと……」
「……まさか、できないのですか?」
「な……で、できるに決まっている!」
こうして始まったブートキャンプ。残念なことに二十三周でギブアップすることになってしまったが、頑張った方だと思う。マルコが「良く頑張りましたよ!」としきりに褒めていた。私もあとで褒めてあげなくては。
他にも腕立てに腹筋、バーベルを使ったトレーニングも行う。まんべんなく体を使っているので、このままだと明日は全身筋肉痛になることだろう。だが、そうなる前に全身マッサージをする予定である。これさえやれば、筋肉痛など起こらないし、起こさせない。
ついでにギルム様も私も気持ちよくなれるので、一石二鳥である。
「ギルム様、あとで全身マッサージを施しますわ」
「全身マッサージ! ドロシーの腕を疑っているわけじゃないが、大丈夫なのか、それ?」
「大丈夫です。ギルム様の部屋は立ち入り禁止にしてからやりますので」
「悪い予感しかしない」
ギルム様が頭を抱えた。まさか私の腕を信じてもらえないとは思わなかった。これは必ず、ギルム様に分からせないといけないな。そんなギルム様をマルコがどこか楽しそうに見ていた。
昨日と比べても、明らかに明るい雰囲気になっている。周りで見ている騎士たちも含めてだ。それだけギルム様が連日で訓練場に来ることがうれしいのだろう。ギルム様の好感度アップ間違いなし。良くやった、私。
****
ギルム様が久しぶりに訓練場へやって来た。実に三ヶ月ぶりだろうか? だが、やって来たのは一人ではなかった。隣に眼鏡をかけたメイドを連れている。かわいらしい、というよりかは美しいと言った方が良いだろう。それを見た騎士たちは鼻の下が長くなっていた。その気持ち、理解はするが顔に出してはダメだろう。
メイドの名前はドロシーと言った。近頃、思春期で手がつけられなくなっているギルム様をここに連れてきたのは、どうやら彼女の功績のようである。確か、ドロシーの前にメイドになった子は三日でやめたはず。
触るものみな傷つけるようなギルム様の態度に耐えられなかったようである。メイドとはいえ、どこぞのご令嬢なのだ。そんな態度を取られたら、簡単に心が折れてしまうだろう。
その点、ドロシーは逆にギルム様の心を折っているような気がする。気のせいかも知れないが。
そんな、見る人が見れば、どこか仲がむつまじいように見える二人を見ていると”もしかしたら”という思いがこみ上げてくる。
ギルム様はとても優秀なのだが、どうも自分と旦那様を比べすぎる傾向になる。そのせいで、常に自分にも他人にも厳しいのだ。
訓練場に来なくなったのも、剣術に才を持っている旦那様と比べてしまったからだろう。
そのようなことはないのだ。旦那様が強いのは、ギルム様よりも長く剣術をたしなんでいたからにすぎない。
そんな中、ドロシーがギルム様を訓練場へ連れて来てくれたことは僥倖だ。ただちょっと、ギルム様への思いが強すぎて厳しい訓練内容になっているが。
ああ、なるほど。厳しい訓練をして、そのあとにマッサージをするのが目的か。それを断ろうとするとは……さすがはギルム様だな。頭が固い。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。