第6話 秘密の部屋

 フォクシー侯爵家の書庫に入る許可は得られなかった。あそこには何か秘密が隠されている。それがギルム様にとって良くない物である可能性は大いにある。ここは皆が寝静まったあとにコッソリと確認するべきだろう。


 草木も眠る丑三つ時。抜き足差し足忍び足で書庫へと向かう。途中でギルム様の部屋にも寄る。耳をすますと、何度も大きなため息が聞こえた。どうやら起きているようだ。ここは見つからないように慎重に進むべきだろう。


 あのあと夫人から「そういうことはもっと仲良くなってからするように」と口を酸っぱくして言われた。どうやらあせりすぎたようである。夫人に認めてもらえるように、これからも精進しなければならない。


 問題の書庫へと到着した。扉は……開いている? 確か昼間は閉まっていたはずである。だれかが中にいるのだろうか。音もなく扉を開けて中に入る。明かりはないが人の気配がする。この香り。夫人だ。こんなところで一体何をなさっているのだろうか。


 気づかれないようにコッソリとその後ろに回り込む。夫人の手元には小さな明かりが握られていた。怪しい。これは声をかけるべきだろう。場合によっては尋問することも辞さない覚悟である。


「奥様」

「ヒッ! な、なんだ、ドロシーちゃんだったのね。どうしたのかしら?」

「それは私のセリフです。書庫の扉が開いているのが気になったので、調べていたのです」

「あら、そうなのね」


 沈黙。どうやら向こうから話すつもりはないようだ。それならばこちらから攻めるしかない。書庫に入ろうとしていたのはこちらも同じなのだから。


「奥様も旦那様の不審な態度に気がついていたのですね」

「……やっぱりドロシーちゃんも気がついていたのね。これまで特に気にはとめていなかったのだけど、何か隠しているんじゃないかと思って。女の勘ね」

「分かります」


 本当は顔の表情筋の動きや心音、血圧の上昇、声の変化から何か隠していると判明したのだが、細かいことは良いだろう。これで夫人が同志であることが確定した。仲間は多い方が良い。


「それならば私も一緒にお探しします。それがギルム様にとって悪い物であるならば、排除しなければなりません」

「ドロシーちゃん……分かったわ。一緒に探しましょう」


 夫人と手分けして書庫の中を探して回る。そしてそれを見つけてしまった。小さなそれは、書庫の天井にある明かりをつけても、見つけることはできなかっただろう。


「奥様、ここにスイッチがあります。どうやら隠し扉のスイッチのようです」


 どうやらこの本棚が動いて隠し扉になるようだ。壁に響く反響音から、本棚の後ろに空間があることが手に取るように分かった。とても怪しい。


「本当だわ。良く見つけられたわね。押してみましょう」


 夫人がスイッチを押すと、音もなく本棚が動いた。驚いた奥様が私の後ろに隠れた。そこにはポッカリと真っ黒な空間が広がっている。明かりとなるものは何もないようだ。


「ドロシーちゃんは怖くないのね」

「はい? ええ、そうですね」


 怖いという感情はまだ良く分からない。今のところ怖かったのは、笑っていない目をした夫人だけである。それに比べると、この暗い空間は全く怖くはなかった。

 奥様からスモールライトを借り受け、ゆっくりと部屋の中へと進んで行く。


「この部屋も本だらけね。何か秘密の本なのかしら?」

「そうかも知れません。調べてみましょう。これは……薄い本」

「……」


 奥様が手に取って確認している。隣にあった本も、その隣にあった本も、ずっとずっと遠くにあった本もである。その手が震えている。どうやらすべて薄い本のようである。

 ふむ、どうやらネコのような耳と尻尾の生えた女性が好みのようだ。その手の薄い本が多い印象を受けた。


「奥様、こちらにはスケスケの下着を身につけた物がありますね。どうやら趣味趣向は受け継がれているようです」

「スケスケ……」


 奥様は手に持っていた物を本棚へ戻した。瞳から色が失われている。怖い。なんだかとっても怖い。背筋がゾクゾクしてきた。

 これは良くない傾向のような気がする。フォクシー侯爵のためにも、奥様を正気に戻さなければならない。

 

「奥様も旦那様にスケスケの下着で迫ってみてはどうですか?」


 ハッとしたように目が大きくなり瞳に色が戻って来た。そのほほがほんのりと赤くなっている。どうやら正気に戻ったようである。計画通り。


 もしかすると夫人は、フォクシー侯爵との夜の生活に不満を持っていたのかも知れない。そしてフォクシー侯爵は妻よりも本を大事にしていたのでは? それはまずい。もっと夫人を大事にするように進言しなければ。


「そ、そうね。考えておくわ」

「それがよろしいかと思います。旦那様は真面目なお方ですから、自分からはそのようなことを言い出せないのではないでしょうか」

「確かにそうだわね。いつも私に気をつかって下さるもの。私にスケスケの下着を着てくれ、なんて、きっと言えないわ」


 うんうんと何度もうなずいている。どうやら納得していただけたみたいである。これでフォクシー侯爵家の夫婦仲は安泰だろう。ギルム様もお喜びになるはずだ。


 翌朝、朝食の席には眠い顔をしたギルム様しかいなかった。どうやらフォクシー侯爵夫妻はまだ寝ているようである。決断が早い。

 しきりにギルム様が首をかしげていたのが印象的だった。

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