第5話 夜のお仕事

 使用人がギルム様のお風呂の時間を告げてきた。人間はお風呂に入ることで、心身共にリフレッシュできると聞いている。アンドロイドも体を水で洗い流すことはあるが、そのときは特に何も感じることはなかった。どのような気持ちになるのか、今から楽しみだ。


「ギルム様、お風呂の準備が整ったようです。参りましょう」

「分かった」


 ギルム様と共にお風呂へ向かう。一階の奥まったところにあるお風呂は、庭にある井戸からそれほど離れていない場所にある。もしかして毎回、井戸から組み上げているのだろうか。ここはポンプの提案をするべきなのかも知れない。


「ドロシー? どこまでついてくるつもりだ?」

「どこまでと言われましても、ギルム様の背中をお流ししなければ……」

「そんなことしなくて良いから! だれにそんなことを習ったんだ?」

「えっと、『これでご主人様もメロメロ! できるメイドのお仕事丸わかり図鑑』からです」

「だれだ、そんな怪しい本をドロシーに読ませたやつは……」


 ギルム様が頭を抱えている。おかしい。動画つきでとても分かりやすかったのに。もちろんそこには背中の流し方もあった。


「とにかく、一緒に入るのはナシだ」

「どうしてでしょうか? 胸を使うと喜ぶと図解してあったので、試そうと思ったのですが……」

「ダメだダメだ! 絶対ダメ!」


 ギルム様に断固拒否された。まさかここまで拒絶されるとは。私の胸には魅力がないのだろうか。

 標準的な人間の女性よりもはるかにオーバースペックな胸を両手で持ち上げる。ギルム様の目が一瞬、くぎづけになったが、すぐに顔を背けた。顔だけでなく、耳まで赤くなっている。ふむ、どうやら興味はあるようだ。少し安心した。


 私とギルム様は出会ったばかりなのだ。少しあせりすぎたのかも知れない。夜の時間はこれからだ。ギルム様と親睦を深める時間はまだまだある。

 脱衣所へ向かったギルム様を見送ると、すぐに部屋へと戻り準備を整えた。


 メイドに限らず、この屋敷で働いている人間はお風呂に入ることはない。お風呂に入ることができるのはフォクシー侯爵家の者だけである。他の者は水で体を拭くだけである。そしてそれはすぐに終わる。


「お風呂に入るのは次の機会になってしまいましたか。まあ良いでしょう。チャンスはまだあるはず。それまでの楽しみに取っておきましょう。それよりも……」


 服を着替えると、ギルム様の部屋へと向かった。部屋には鍵がかかっていたが、ピッキングによっていともたやすく開けることができた。

 扉の向こうから足音が聞こえて来る。どうやらギルム様が戻ってきたようだ。すぐにガチャリと扉が開いた。


「お待ちしておりました、ギルム様」

「な、な、な、なんて格好をしてるんだ!」

「おや、お気に召しませんでしたか? ギルム様の好みの下着を身につけているはずなのですが……」

「ちょ、おま、えっと、これを着ろ! 命令だ!」


 バタンと扉を閉め、ギルム様が身につけていたガウンを投げつけてきた。どうやらお気に召さなかったようである。解せぬ。スケスケの下着を身につけてきたのだが。


「申し訳ありません。もっと透けている下着が良かったのですね」

「違うから! どうしてこうなった……」

「それは本棚に隠してある薄い本から……」

「それ以上は言わなくていい!」


 ドタドタドタと扉の向こうから大きな足音が聞こえて来る。それも複数である。どうやらかなり急いでいる様子だ。何かあったのだろうか? すぐにガチャガチャとドアノブが回る。

 だが、ギルム様が鍵をかけたのか、扉は開かないようである。


「ちょっとギルム、すごい音がしたけど、何かあったのかしら?」

「母上? 何もありません!」

「それならこの扉を開けなさい」

「それはちょっと……」

「まさかあなた……鍵を持って来てるわよね? 開けてちょうだい!」

「は、はい、奥様!」


 ガチャリと扉が開く。目をまん丸にした夫人と目が合った。その顔はすぐに笑顔になった。だが、その目は笑っていなかった。


「ギルム、これはどういうことなのかしら?」

「ち、違うのです、母上!」

「何が違うのかしら? まずは服を着なさい。それからちょっとこちらへ来なさい。ドロシーちゃん、もう自分の部屋に戻っていいからね~」

「承知いたしました」


 この顔をした夫人に逆らってはいけない。頭の中でアラーム音がけたたましく鳴ったような感じがした。これが危険を察知したという現象なのだろう。

 夜のお仕事はできなかったがここは立ち去るしかない。次の機会までのおあずけだ。


 ****


 まったく、ドロシーのやつめ。あのメイドのおかげで、部屋に隠しておいた、薄い本の話まで母上にすることになってしまった。


 だがそのかいあってか、俺に気をつかったドロシーが部屋まで押しかけてきたことを証明することができた。ドロシーには母上がしっかりと言い聞かせてくれるようなので、同じことはもう二度と起こらないだろう。


 ちょっともったいなかったかな? いいや、違う。これで良かったんだ。それにしても、めっちゃ透けてたぞ。ほぼ見えてた。もしかしてあの姿で廊下をうろついていたのか? よく他の人に見つからなかったものだ。


 他の男があの姿のドロシーを見ていたかと思うと、どこか胸がモヤモヤしてきた。いかんいかん、何を考えているんだ俺は。寝よう。寝てすべてを忘れよう。

 ベッドに潜り込むと、普段は嗅いだことがない匂いがした。この匂いには覚えがある。


「これはドロシーの匂い……まさか部屋を掃除するときに潜り込んだのか?」


 ギルムはその日、朝方になるまで眠りにつけなかった。

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