第4話 メイドのお仕事

 午後からは家庭教師が来るそうである。さすがに家庭教師から勉強を教わっているときにギルム様のそばについておくわけにはいかない。その間にギルム様の部屋や身の回りを片づけることにした。だがそれをギルム様は嫌がった。


「ドロシー、俺の部屋は掃除しなくて良い。自分でできるからな。他にも仕事はあるのだろう? そっちを優先してするように」

「そうはいきません。ギルム様の部屋をキレイにするのが、ギルム様の専属メイドとしての役目です」

「それでもダメだ」


 ギルム様の瞳を下からのぞき込むと、小さくうめいて目をそらした。どうやら見られたくないものが部屋にはあるようだ。思春期の人間が隠しておきたいものなど、高が知れている。そんなものでメイドとしての仕事ができないのは困る。


「ギルム様、ベッドの下から薄い本が出て来てもなんとも思いませんし、掃除が終われば元の位置に戻しておきますから安心して下さい」

「な、なな、そんなもの隠してないぞ!」


 心音が高くなった。発汗作用も見られる。挙動不審な目と体の動き。ギルム様はウソをついている。だが、そのように言い訳するのであれば都合が良い。こちらはそれに従うだけである。


「それでしたら、別に私がギルム様の部屋に掃除をするために入っても構いませんわよね?」

「う、そ、それは……」

「それとも、やはり薄い本が隠してあるのですか?」

「な、ないぞ! 好きにすれば良い」

「そうさせていただきます」


 深々と頭を下げる。言質は取った。好きにさせてもらうとしよう。すでに先ほど部屋を訪ねたときに、どこに何があるのかは把握してある。探すのも、元の位置に戻すのも、造作もないことである。


 ギルム様は家庭教師が来る前に、必要なものがあるからと言って部屋へと戻った。当然のことながら、私にはついてこないように命令した。例のブツを隠すつもりなのだろう。そんなことする必要はないのに。


 その間に、私はメイドとしての仕事をすることにした。下っ端メイドとしての掃除や洗濯の仕事である。だが、私にかかればそのような雑務は児戯に等しい。軽くこなしているとメイド長に褒められた。そしてこれからもギルム様のことを頼まれた。良いですとも。


 ギルム様が家庭教師からの授業を受けている間に、ギルム様の部屋の掃除をする。部屋の鍵はメイド長からすでに受け取っていた。もしそれがなかったとしても、ピッキングによって簡単に扉を開けることができただろう。私にかかれば、この時代の鍵などあってないようなものだ。


「さて、掃除を始めるとしましょう。ギルム様が自分で掃除しているとはいえ、限度というものがありますからね」


 確かにギルム様の言う通り、自ら掃除はしていたようだ。床はそれなりにキレイである。だが、棚や、部屋の隅など、細かい部分はホコリだらけだ。

 こんな部屋にご令嬢が訪ねて来たりしたらどうするつもりだったのか。百年の恋もあっという間に冷めるに違いない。


 棚の上から下へと掃除をしていく。どうやら薄い本はベッドの下から、本の後ろへと場所を移したようである。先ほどよりも本が前に少しだけ出ているのですぐに分かる。

 ……なるほど、ギルム様はこのような格好をした女性が好みなのか。どうやら生地の薄い服を着た女性が好きなようだ。全裸だと魅力に欠けるのかも知れない。気をつけなければ。


 そのままの流れでベッドを掃除する。ベッドの下はあからさまにキレイになっていた。なんとも分かりやすい。机の上も掃除する。もちろん引き出しの中もである。特にめぼしい物はなかった。残念、無念。


 部屋の中は見違えるほどキレイになった。くすんでいた窓もキレイに拭きあげてある。汚れていたカーテンも取り替えて、今では心地良い風が入り込んでいる。残すはベッドメイクだけだ。


「これがギルム様が寝ているベッド」


 なぜだろう。なんだかそのベッドに無性に寝てみたくなった。さいわいなことに、ギルム様は今、勉強中である。この部屋に戻って来ることはしばらくないだろう。それならば、ちょっとくらい横になっても良いのではなかろうか?


 ちょっと横になって満足した私はベッドメイクを終わらせた。これでミッションコンプリートである。ちょうどギルム様も授業が終わったようである。お茶を用意し、サロンで休憩しているとすぐに夕食の時間になった。


 おなかを刺激する匂いに何度もヨダレが出そうになったが、なんとか耐えた。無意識に反応するとは。まさに人間の神秘である。

 ギルム様たちの食事が終われば、使用人たちの食事が始まる。食べる場所は違ったが、出された料理はギルム様たちが食べていた物に近かった。


 初めて食べる食事。しびれるような舌の感覚に酔いしれた。ギルム様が食べるのが好きだと言った理由が良く分かる。これは癖になる。だが、長く堪能するわけにはいかない。素早く食事を終わらせると、ギルム様の部屋へと戻った。


「すまない、ドロシー。父上から書庫の利用の許可をもらうことができなかった」

「謝る必要はありません。私のわがままのためにご助力していただき、ありがとうございます」


 フォクシー侯爵から書庫の利用許可は下りなかった。あのフォクシー侯爵のあせりよう。間違いなく書庫にはフォクシー侯爵が集めた薄い本があるのだろう。人体反応がギルム様と全く同じだった。さすがは親子。


「まさか父上があそこまでかたくなに拒むとは思わなかったな。母上も首をかしげていたし」


 ギルム様は気がついていないようだが、夫人は気がついたのではないか。あの書庫には何かある。まさかとは思うが、薄い本以外にも危険な本があるのかも知れない。

 人間社会には”禁書”と呼ばれる禁断の書物があった。そのどれもが危険な思想を記したものである。


 もしかすると、その危険な思想をフォクシー侯爵が持っているのかも知れない。これはギルム様の身を守るためにも調べておかなければならないだろう。

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