第3話 初仕事

 気まずい空気が流れた。これ以上、二人の関係を悪くするのは良くないだろう。ここはギルム様のメイドとして私がなんとかしなければ。


「お初にお目にかかります。ドロシーと申します。ギルム様のご厚意でお屋敷の中を案内していただいております」


 深々と頭を下げる。

 ハッと息を飲む音がした。本日二回目である。そんなに驚くべきことなのか。ギルム様はこの屋敷の人たちに、一体どのような目で見られているのか。あとで詳しく調査する必要がありそうだ。場合によっては”ギルム様好感度アップ大作戦”を計画する必要がある。


「頭を上げてくれ。フォクシー侯爵家の騎士たちを率いているマルコだ。もしかすると、これから俺たちも世話になるかも知れないな」


 私が仕えるのはギルム様だけ。マルコは一体何を言っているのか。無意識のうちに首が傾きそうになったのを慌てて押さえる。これが首をかしげるという動作か。どうやら体が勝手に動くようだ。不思議な感触だ。


「一つだけうかがいたいことがあるのですが、よろしいでしょうか?」

「一つでも二つでも三つでも構わないぞ」


 どうやらマルコは明るい人物のようである。そのマルコに嫌みを言わせるとは。ギルム様の好感度をこれ以上落とすわけにはいかない。なんとしてでも、ギルム様が訓練を受けるように仕向けなければならない。


「ここでの訓練に私も参加することはできますか?」

「本気で言ってるのか、お嬢ちゃん?」

「もちろんです。私も剣術を習いたいのです。ギルム様と一緒に」

「え? ちょっとドロシー?」


 ギルム様がうろたえている。気にせずにニッコリとマルコに笑いかけた。マルコが片方の口角を上げてほほ笑んだ。悪代官の悪巧みに乗った悪徳商人のようなあくどい笑顔である。


「もちろん構いませんよ。我々はいつでもお待ちしております」

「ありがとうございます。ギルム様、昼食までにはあと二十三分ほど時間があります。せっかくここまで来たのですから、少し訓練を受けていきましょう」

「今から?」

「はい」


 ニッコリと笑いかけると、ギルム様がガックリとうなだれた。それを見たマルコが愉快そうに笑う。


「断れませんなー、ギルム様」


 先ほどの鬱憤は晴れたようである。これで二人の関係も少しは良くなることだろう。

 ギルム様と共に騎士たちの輪の中に入ると、ざわめきが生まれた。


 なんでこんなところにギルム様が? とか、ギルム様がここへ来るのはいつぶりだよ、とか、ギルム様をここに連れて来るとは何者だよ、などといった声が聞こえて来る。

 やはりギルム様は訓練を受けていなかった。これは実に良くない傾向だ。ギルム様の評価をおとしめるだけである。


 ここはギルム様に使えるメイドとして、私がなんとかしなければならない。これから私の初仕事が始まるのだ。剣術訓練と言う名の初仕事である。


「この中で一番強い方が戦っているところを拝見したいのですが、お願いできませんでしょうか?」

「一番強いやつ? それなら俺だな。そうか、お嬢ちゃんは戦いってやつを見たことがないのか。それなら一度見ておくのも良いかも知れないな」


 マルコが自信たっぷりにそう言った。どうやら騎士たちを率いているのは実力があるからのようである。統率力が高くて任命されたわけではなさそうだ。

 すぐに模擬戦が始まった。使う武器は鉄の剣。だがどうやら刃はついていないようだ。それでも当たると人間の骨くらい簡単に砕けることだろう。


 マルコは五戦して、すべて勝った。どうやら一番強いというのは冗談ではなかったようだ。だが、そんなマルコの動きは見させてもらった。動作一つ一つを完全にラーニングしてインストールした。


 ついでに他の騎士の動きもチェックし、使えそうな部分をピックアップしてアップグレードしている。今の私ならマルコに負けることはないだろう。


「ありがとうございました。それではギルム様、訓練を始めましょう。まずは模擬戦でギルム様の腕前を確認させてもらいます」

「おいおい、大丈夫か?」

「大丈夫です。遠慮なくどうぞ。私も遠慮しませんから」


 ザワザワとざわめきが起こる訓練場でギルム様との模擬戦が始まった。そして開始から約三秒で決着がついた。私がギルム様の剣を跳ね上げて終了だ。ガキンという金属と金属がぶつかり合う音が鳴り響く。


「も、もう一回だ、ドロシー!」

「何度でもお相手いたしましょう」


 その後、マルコが終了の合図をするまで模擬戦は続いた。当然のことながら、私の全戦全勝だった。ギルム様はその事実に落ち込んでいるようだ。だがしかし、現実は非情である。こうでもしなければギルム様は自分の弱さを受け入れない。


「あらギルム、どうしたのかしら? ずいぶんとくたびれているみたいだけど……」

「なんでもありません。ちょっと運動をして疲れただけです」

「あらまあ、訓練場へ行ったのね。良いことだわ。あなたが剣術の訓練を受けてくれないとマルコがいつも嘆いていたもの」

「そ、そうでしたか。マルコには悪いことをしてしまいました」


 ここはダイニングルーム。同じ席についていた夫人がうれしそうにそう言った。どうやら、ギルム様の運動嫌いを気にしていたのはマルコだけではなかったようである。この感じだと、屋敷中に広まっていたのだろう。

 訓練に参加させることで、少しはギルム様の好感度が上がってくれると良いのだが。

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