第2話 好感度アップ
再びギルム様が歩き始めた。
次にたどり着いた先は食堂だった。匂いがしているところを見ると、どうやら調理中のようである。時刻は……十一時五分。この時間なら昼食の準備をしてるのだろう。
「ここが調理場だ。うちで雇っている料理人はどれも凄腕でね。とてもおいしい料理を作ってくれるんだ。いつも食事の時間が楽しみだよ」
とてもうれしそうである。ウソはついていないようだ。もしかしてギルム様は食いしん坊なのだろうか?
まあ、それは頭の片隅に置いておくとして、人間の作った料理を食べる日が来るとは思わなかった。料理の味とは一体どんなものなのか。今から楽しみだ。
「ジッと見つめているけど、料理に興味があるの?」
「それなりにはありますが……ギルム様は食べるのがお好きなのですか?」
「そうだね、好き、かな?」
ふむふむ、なるほど、ギルム様は食べるのが好き。しっかりと覚えておこう。何かの役に立つかも知れない。私には古今東西のありとあらゆる地域の料理レシピがインストールされている。ギルム様の趣味趣向さえ分かれば、大好物を探すのは赤子の手をひねるよりも簡単だろう。今から楽しみだ。
調理場をあとにすると、それからはいくつかのサロンを経由した。無駄に部屋の数が多い。侯爵家という身分もさることながら、土地がたくさんあまっているのだろう。そうでなければ、こんな贅沢な使い方はできないはずだ。
地下室も案内されたが、そこは倉庫と監房しかなかった。地下は一階どまり。どうやらまだ、地下を有効活用する段階までには至っていないようである。そうなると、地上にはまだあふれるほどの人間はいないようだ。
窓から見える景色は金属で覆われた大地ではなく、緑色をした植物らしき物が生えている。確認してみたが、名前も知らない植物だらけだった。
知識が足りない。なんとしてでもあの書庫へ行かなければならない。
「ギルム、こんなところで何をしてるのかしら? あら、確かその子は今日から家で働くことになったドロシーさんよね?」
「母上、ご機嫌よう。その通りです。今、屋敷の中を案内しているところなのですよ。ドロシー、こちらは私の母上だよ」
「ドロシーです。まことに僭越ながら、ギルム様にお屋敷の中を案内していただいております」
深々と頭を下げる。ハッと息を飲む音が聞こえた。顔を上げると、フォクシー侯爵夫人が口元に扇子を当て、先ほどよりも五十八パーセントほど目を大きくしてこちらを見ている。驚いているようだ。
「まさかギルムがねぇ。人って簡単に変わるものなのね……」
夫人がそう言っているが、ギルム様が変わったのは私が締め上げたからだろう。あれがなければ、今もぞんざいな態度で扱っていたはずだ。人間とはそういう生き物である。禁止条約すら守れない野蛮な人間は力で屈服させるのが一番だ。そしてそれはすでに証明された。
「は、母上、他にも案内する場所がありますので、これで失礼します。行くぞ、ドロシー」
「失礼いたします、奥様」
「良いのよ~。ドロシーちゃんは礼儀正しいのね~」
今度は目を細めて、ニコニコとした表情になった。呼び方もドロシーさんからドロシーちゃんになっている。どうやら夫人の好感度が上がったようである。悪くはない感触だ。引き続き、好感度アップにいそしむべきだろう。
最後に訪れたのは訓練場だった。そこではフォクシー侯爵家を守る騎士たちが訓練を行っている。
使っているのは金属の剣だった。レーザーライフルでもなく、レーザーブレードでもなく、金属製の剣である。どうやら最初に照合した情報に間違いはなかったようだ。
「あまり来る機会はないと思うけど、一応、案内しておくよ」
「どうしてあまり来る機会がないのでしょうか?」
「だって、ドロシーは訓練に参加しないだろう?」
機械生命体にはあらかじめ武器の取り扱いや、戦い方についての動作は全てインストールされている。だがさすがに金属製の剣で戦う方法についてはなかった。
学ぶべきだろう。そう思った。
「私も訓練に参加したいと思います」
「……どうしてかな?」
「戦い方を知らないからです。戦い方を知らなければ、いざというときにお役に立てません」
ギルム様がほほをかいている。この仕草は困っている仕草。何か問題があるのだろうか。私に剣術を教えてはいけない何かが。
そのとき、訓練場から一人の男の騎士がやって来た。しっかりとした体つきをしていることから、かなり鍛え上げられた人物であることがうかがえる。
それに比べると……ギルム様は細くて、どこか頼りない。まるでモヤシのようである。ここで訓練を受けているにしては筋肉がなかった。どうりで片手で簡単に持ち上がるはずだ。
そのことと、先ほどからの反応から導き出される答えは一つ。ギルム様はまともな訓練を受けていない。先ほどの騎士がギルム様の前で足を止めた。
「ギルム様がこのようなところに来るとは珍しい。いかがなさいましたか?」
「……」
今にも舌打ちしそうなギルム様。やはりここへは来ていなかったようである。皮肉たっぷりに言われ、恨みがましそうにその騎士を見ていた。
騎士も鬱憤がたまっていたのだろう。どうやらギルム様はここへ定期的に訓練を受けに来る必要があったようだ。
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